第4章−10
(10)
「君がガールディーと最後に会ったのはいつのコトかね?」
サースルーンは海鮮スパゲッティをフォークに巻きつけながら尋ねた。
「そーですねぇ…ガールディーの家を出たのが、私が十三か十四のときで…それから…あぁ、そー言えば前回の王都の魔道大会を見物に行ったときにちょっと顔を合わせたかな」
「魔道大会か…そう言えば、君があの大会に出場したという噂をまったく聞かないのはどうしたワケかね?
ヴァシルもトーザも優秀な成績をおさめているというのに」
「いやぁ…出場者のレベルがちょっと違い過ぎるんですよ。私が出たら…見物客はそりゃ面白がるでしょうけど、出場者にとっては単なる弱い者イジメしに来たととられちゃいますからねー。…で、王様は?
ガールディーに会いました?」
「うむ、最後に会ったのはもう八十年ほど前の話になるが…」
「そりゃあんまり関係ないな…」
「そのときガールディーの様子におかしなところは?」
チャーリーは、はまぐりをスプーンに載せようとフォークでつつきながら少し考え込む素振りを見せた。
「…と言われても分かんないな…大体、計画性ゼロのあのガールディーが何年も前から今回のことを考えてたとは思えない。考えついたとしたら、ここ数週間のことだと思うけど…」
「ふむ…そうかもな」
チャーリーとサースルーンは話しながらも食事を続けているが、何も言うことがないにも関わらずサイトは止まってしまっている。
それに気づいて、
「どうした、サイト? 早く食べないとせっかくの料理が冷めてしまうぞ」
「あ…は、はい…」
父親に促されてもう一度ナイフとフォークを持つ。
確かにサイトの前に置かれたローサリーチキンの香草焼きは冷めかけていた。
これでは腕によりをかけて作ってくれた料理人に失礼だ。
「サイトはガールディーに会ったことってあったっけ?」
「いえ…噂だけはうかがったことがありますけど…」
「どんな噂? ガールディー・マクガイルは魔法の腕は確かに超一流だけど、大酒呑みで浪費家でギャンブル好きで無責任で自分勝手でどーしよーもない男だって噂でしょ?」
「いや、その…」
どうしてチャーリーはこんなに返答しにくい言葉の遣い方をするんだろうか、とほんの少しだけ理不尽さを感じてしまうサイトだが、彼女の言葉を即座に否定出来ないことから彼が聞いたという噂の内容も推し量れようというものだ。
「まぁどうでもいいけど。それより王様、ガールディーよりも邪竜人間族の方はどうなんですか?
不穏な動きとかはなかったんですか」
チャーリーがサースルーンにそう言ったとき、奥のドアが開き、新しい料理の皿を載せたワゴンを押してさっきの男が入って来た。
「さあさあ、どんどん食べて下さいよ。そろそろ最初の皿が空く頃でしょう」
言われて目を落とすと、いつの間にやらクラムチャウダースープはほとんど食べ尽くされている。
海鮮スパゲッティも同様だ。
ローサリーチキンの香草焼きはまだ大分残っているが。
「いいですねぇ、昼間っからこんな豪勢な食事が出来て」
「君の食生活はどんなものなのかね」
グラスに残っていた葡萄酒を飲み干してから問う。
「食生活と言うほどちゃんとしたモンじゃないですよ。とりあえず飢え死ななきゃいいって程度で…村のパン屋さんのパンと、携帯食の干し肉とか木の実とか生野菜…時々は見かねたのか何なのか、ヴァシルやトーザのお母さんがあったかい物を差し入れしてくれるんでありがたくいただきます。三食そんなモンですかね…よっぽどヒマなときは自分で料理もしますけど」
料理をするといつの間にかナベ一杯のビーフシチューが出来上がっているのだということはとりあえず言わずにおいた。
レパートリーがそれだけというワケではもちろんないのだが、何故だか…。
「そうか…貧しいのか?」
「人並みです。同情のこもった目で見ないで下さい」
「ヴァシルやトーザは元気にしているかね」
「相変わらずですよ。良くも悪くも相変わらず」
チャーリーは回って来たワゴンの上から新しい皿を取り上げてテーブルの上に置いた。
サースルーンも手を伸ばして別の皿を取る。
サイトは首を振って別の料理はいらないと意思表示をした。
男は一礼してワゴンを押して出て行く。
「で、どーなんです? 王様が気づいたコトはなかったんですか」
「ゲゼルク島の様子は常に監視するようにしていたが…魔界の霧があの島を取り囲んだのはまったく突然のことだったんだ。その前に何人かの邪竜人間族が島を出たという報告はあるが、いくら我々でも正当な理由もなしに邪竜人間族をあそこに閉じ込めておくことは出来ない。それに、最後にゲゼルク島を出て行った邪竜人間族が戻って来たという知らせは入っていない…」
「んなモン、転送魔法でエルスロンム城に直接戻るに決まってるでしょーが。…そーか、やっぱりガールディーの所に邪竜人間族が訪ねて行ったみたいだな…」
チャーリーはフォークを手に持った。
今度取った料理は、俗に『狩人のスパゲッティ』と呼ばれているものだ。
ハムやサラミやバジリコソーセージ、赤や緑や黄色のピーマンとパスタをオリーブオイルでからめたボリュームたっぷりの一品。
色鮮やかでヘルシーだ。
「やっぱり、とは?」
「実は…」
チャーリーはガールディーの小屋であったことをまとめて説明した。
部屋中に散乱していた金貨と酒瓶、赤髪の魔道士レフィデッド。
残されていたおびただしい数の金貨はゲゼルク大陸のもので、ガールディーがそれに魔力を込めいったこと。
「それがこれなんですけど」
チャーリーはグリフを振り返った。
とっくにフルーツを食べ終わっていたグリフはチャーリーがそっちを見るや、翼の所から小さな布袋をくわえ出して差し出された手の平に載せた。
サースルーンはナイフとフォークを皿の上に置いて手を出し、コインを一枚つまみ上げ、観察し始める。
「あの金貨にガールディーの魔力が込められていたんですか…?」
サイトがちょっとだけ弱気な声でチャーリーに言う。
「なに、サイト、気づいてなかったの?」
「はあ…」
「…まっ、無理もないか。でも、このコインはこれだけで十分…攻撃魔法の巻物の代用にだってなる、結構なマジック・アイテムになるんだから。思いっきり投げつければ、普通にコインをぶつけたときの十数倍の威力を発揮する飛び道具になるんだ」
「そうだったんですか…だから、あのとき持って行くように言われたんですね」
「武器になるだけじゃないよ。このコインを握り締めれば、精神力を補給することも出来る」
「そうなんですか」
「…確かにゲゼルク大陸の物…ガールディーと邪竜人間族との間に取引があったということかね?」
「多分そうなんじゃないかと思うんです。…でも、もしそうなら、ガールディーが金をほったらかしにしとくワケないんですよ。がめついヒトですから。なのに、まるごと残してあるみたいだから、変に疑わしいんですよ…」
「そうだな…ふむ、こんな推理はどうだろう。邪竜人間族は最初ガールディーを金で味方に引き入れようとしたが、ガールディーは頑として首を縦に振らなかった。そこで、今度は酒を飲ませるだけ飲ませて酔い潰れさせて、正常な思考能力を奪ったところで彼を丸め込んで連れて行った…」
「本気で言ってるんじゃないですよね」
「…そうだな」
「それじゃコインに魔力が込められていた理由が説明つかないし…大体、小屋にあった酒瓶全部に口まで溢れるほどの世界で一番強い酒が入ってて、それを全部ガールディーが一人で飲んだと仮定しても、到底ガールディーをそこまでぐでんぐでんに酔わせることは出来ませんよ。あの人をそこまで酔わせようと思ったら王都にあるような規模の酒屋が五十軒は潰れます」
「そんなにアルコールに強い方なのか?」
「酒好きで潰れないって最悪でしょ」
「大変だっただろう」
「ところが、酔っても乱れないヒトなんです。かえって真面目になっちゃうんですよ。難しいハナシとかいきなり始めるんです。それを一人で朝までやってますからね」
「…まぁ、その辺のハナシはどうでもいいな。ところで、チャーリーはガールディーがそういうコトをする人間だと思っているかね?」
「私ですか? …金をほったらかしにしていくなんてコト、考えられませんよ。そりゃ守銭奴ってワケじゃないですけど、お金があれば酒も呑めるし賭け事も出来るでしょ。考えられません。…それから、彼は天性のものぐさですから…全世界を巻き込むような…今回のような大それたコトをしたがるかどうかも、分からないトコです」
「あの、チャーリーさん」
それまで黙々と食事を続けようやくローサリーチキンを食べ終わったサイトが会話に入る。
「あのことは話さないんですか」
「? …あのこと、とは?」
「『闇』のことです。ガールディーが『闇』に憑かれて、『破壊者』に選ばれたんじゃないかという意見が出てるんです」
「…そうか、有り得るかもしれんな」
サースルーンは冷静に言った。
チャーリーは続けてコランドに聞いた三つの宝石の話をして、ヴァシル達が今海辺の洞窟へ行っているところだと付け足す。
「あそこには少し前まで花の妖精が住んでいたものだが…」
昨日のことを話すような口調で呟くサースルーン。
人間にとっては一昔前の話だが、善竜人間族にとってはほんの少し前のことだ。
「もう妖精は滅んでしまったんでしょう?」
「まだ一人残っていたような気もする」
「残っていましたよ。ユリシアというまだ小さな妖精でした」
「おお、そう言えばそんな名前だったな」
「…まあ、妖精のことはこの際いいでしょう」
チャーリーはバジリコソーセージをフォークで突き刺した。
「王様はそういう宝石の話を聞いたことありませんか」
「う〜む…聞いたことはないな…しかし、この城にも幾つか宝石はある。何か変わった宝石はないか後で調べることにしよう」
「そうしましょう。見て分かるものなのかどうか分かりませんけど…」
「それで…君はどうなのかね」
サースルーンがチャーリーに視線を据えた。
「私? 私が…どうなんですか?」
「ガールディーと敵対することになった場合、勝つ自信はあるのか、ということだ」
「……正直に言うなら、難しいところですね…実戦経験は向こうの方が積んでますし、一応私にとっては育ての親ですからね、感情的な問題も考慮してもらえるでしょう?」
ソーセージをぱくっと口に運ぶ。おいしい。
「それはもちろん、十分分かるが…」
「でもまぁ、本当に戦闘になったら分かりませんよ。ええ…結構、頭に来たら何するかわかんないタイプですからね、私は…」
サースルーンを励ますような口調で続ける。
それからさらに言葉を重ねる。
「邪竜人間族の方は、今どんな状況なんですか」
チャーリーはあくまでガールディーのことよりも邪竜人間族全体の動きの方が気にかかるらしい。
「今のところ、目立った動きはないような感じなのだが…何しろ、霧に覆われて島の様子を見ることもままならない状態で…」
「でも、ガールディーがエルスロンム城にいるんならいくら見張ってても結局ムダでしょう。転送魔法で、どれだけの人数でもどこへでも一瞬で送れるんだから」
「…言われれば確かにそうだが」
チャーリーの言葉はだんだん独り言に近くなってくる。
受け答えをする人間を必要としない言い方で、意見は常に自己完結している。
自分の考えを口に出しながらまとめようとしているのかもしれないが、サースルーンやサイトを困惑させる程にキツい口調になってきたのは誰が聞いてもハッキリしている。
彼女なりに苛立っているのだろうか…。
「…ま、何をしてくるかは今のところ誰にも予想は出来ないでしょう…私としては『闇』を払う宝石の力に賭けてみたいと思ってます。私とガールディーがぶつかり合うことになれば、それは膨大な魔力の激突ですから、絶対世界のバランスを崩す結果につながると思うんです。だから、穏便に済ませたいところですが…もしそれが単なる伝説で、ガセネタだったとしても、その時はその時で…。一気に突っ込んでカタをつけるしかないでしょうね」
「バハムートとドラッケンの総力戦になる可能性があると?」
「…そーですね。そうならなけりゃ一番いいんでしょうけど…。そうなる可能性が今んトコ非常に高い。王様達にも、そういう覚悟をしておいてもらわないと」
「邪竜人間族と戦う覚悟なら、我々はいつでも出来ているが…」
「もしそんな事態になったら、ガールディーは私が一人で引き受けますよ。多分…戦えるでしょうから」
自分に言い聞かせるように、チャーリーは言う。
「これからどうするつもりでいるのかね?」
「…一応、宝石捜しをします。海辺の洞窟へヴァシル達を拾いに行って…そうだ、王様、いわくつきの宝石がありそうな場所教えてもらえませんか。どこでもいいんです」
身を乗り出すようにして尋ねる。
サースルーンはしばし考え込んだ後、
「王家の洞窟はどうだろう…」
と小さな声で言った。
「えっ?」
いつもよく通る大きな声で喋るサースルーンが不意に小声で言ったので、チャーリーは目を細めるような表情で聞き返した。
「王家の洞窟だ。ラゼット大陸の、北東にある洞窟…あそこには色々貴重な宝物があると聞くが、その中にもしかしたらあるのではないかと、思うんだが」
「なるほど。王家の洞窟ね…ありそうですね。行ってみます」
「現時点で我々が手伝えることは何かないかね?」
「今のところは…あ、それじゃ、サイトを貸してもらえますか?」
「何?」
お金を貸して下さいと言うときほどの真剣さもなくあっさりとさりげなく言ってのけたチャーリーの様子に、サースルーンは半ば意表をつかれたように驚きの声をあげた。
サイトもビックリした顔でチャーリーの方を見ている。
「ヴァシルもトーザも、新しく知り合ったコランドッてシーフも、邪竜人間族と戦うのは難しい奴ばっかりですから…善竜人間族が一人でもいると助かるんですよね」
「そうだな…サイト、お前はどうだ?」
「わ、私はもちろん…その、皆さんのお役に立てるのでしたら…」
「そうか。それでは、サイトを連れて行くといい。少し頭は固いが、責任感の強い奴だ、何かと役に立つだろう」
「じゃあ決まりだね。それから…一晩お世話になっても構いませんか」
「ああ、もちろんいいとも。部屋を用意させよう、ゆっくりして行くといい」
「どうもありがとうございます。え〜と…最後に、グリフの傷を治してくれた女の子も、もし良かったら貸してもらえませんか」
「ノルラッティを?」
「はい。回復魔法を使える人間がトーザしかいないんで」
チャーリーはサイトが回復魔法を使えるということを知らない。
「わかった、伝えておこう。…しかし、彼女は友人が明日ここに来るとか言っておったのだが」
「もちろん、それは待ちますよ。一曲二曲なら聴いて行ってもいいし…バードは旅慣れた人種ですから、何だったらノルラッティと一緒に連れてきゃいいんですよ」
軽く言い放つ。
どこか自分勝手だ。
そうしているところへ、ドアが開いて、婦人が銀色のトレイにカップを三つ載せて入って来た。
「食後のコーヒーをどうぞ」
ワインを注いだのと同じ順序でカップを置いて行く。
ミルクも砂糖も入れないブラックのままだ。
それから、床に置いてあったカゴを持って出て行く。
入れ替わりに空っぽのワゴンを押した男が入って来て食べ終わった皿を回収し、退出する。
☆
「…しかしまー、大変なことになりましたね」
カップを両手で包むように持って口に近づけた姿勢のままで、チャーリーがぽつんと呟いた。
「そうだな…私もこんなことになるとは思ってもみなかったよ」
「ええ…まさか食後にブラックコーヒーがたっぷり出て来ようとは…」
「…そっちかね」
「私、苦いの嫌いなんですよね…」
「あの、取り替えさせましょうか?」
「いや、いい。せっかくこんなにあったかいんだから飲む」
よくわからない理由を口にしながら、カップの中のコーヒーをぐいっと流し込む。
顔をしかめて、カップをテーブルに戻す。
せめてミルクがあれば。
ううむ。
「この後、城にある宝石を見に行きますか?」
平気な顔でコーヒーを飲んでいたサイトが尋ねる。
チャーリーは視線を合わせ、ブラックコーヒーをあんな涼しい顔して飲めるなんてきっとサイトはもう大人なんだ、とかなんとかワケのわからない事を考えながらうなずく。
考えてみればヴァシルもトーザもコーヒーをブラックでは飲めない人間だった…。
どうでもいい。
とにかく改めてコーヒーカップを持ち上げ、
「見て分かればいいんだけどね…」
また口をつける。
嫌いなんだったらやめとけばいいのに、どうも性根が意地汚い。
出された物は全部消費しなければ損だとでも思っているのだろうか。
サイトもカップを持ち上げた。
「ところで、ヴァシルとはうまくいってるのかね?」
唐突に過ぎるサースルーンの言葉に、チャーリーは思いっきり吹き出した。
吹き出しただけではおさまらず、とりあえずカップをテーブルに置いてからごほごほと咳き込む。
咳き込みつつも、
「な、何を言い出すんですか、突然…」
「おや? トーザの方だったかな?」
「だから、何なんですかッ!?」
「ん? どっちかと付き合ってるんじゃなかったのか?」
「どっから出たんですか、そんなおそろしいハナシ…どっちもタダの仲間です。付き合うなんてとんでもない!
なんで人生棒に振らなきゃなんないんですか!」
ひどい言いようである。
「そうかそうか、いや、それは申し訳ない」
「何をまた、いきなりそんな話題を持ち出して来なきゃならんのですか?」
「いや、もし決まった相手がおらんのだったらサイトにもらわれてくれんかと思ってな」
今度はサイトが吹き出してむせ返った。
「ち、父上、何てコトおっしゃるんですか!」
「しかし、こんないい相手は他におらんぞ、サイト。お前達がくっつけばクレイバー家も安泰なのだが…お前は多少決断力とリーダーシップに欠けるところがあるからなぁ」
椅子に深くもたれてしみじみと言うサースルーン。
彼は彼なりに息子のことを思いやっているようだ。
しかしあまりにも言動に脈絡がない。
それに、決断力やリーダーシップというものを女性のチャーリーに求めるのもどんなもんだろうか。
「だからと言っていきなりそういうコトを口に出されるのは…チャーリーさんに失礼ではないですか!」
何故か必要以上に突っかかるサイト。
サースルーンは不思議そうな目で自分の息子を見返す。
「まあまあ、サイト。王様も年とって気が弱くなっちゃったんだよ」
なだめたのはチャーリーだ。
それにしても一種族の王にひどい表現をするものだ。
「ふむ…年のせいかもしれんなぁ」
サースルーンは気を悪くした風もなく納得顔でうなずいている。
「…すいません」
サイトはどちらにともなく謝って、椅子に座り直した。
「いや、悪かった。何しろ、お前の母親とチャーリーがあまりにも…」
「似ているんですか?」
サイトが父親の顔を見つめる。
サースルーンの妻、つまりサイトの母はサイトが生まれてすぐに病気で亡くなってしまっていたので、サイトは母親のことをまったく覚えていない。
古参の家来達から話を聞いたり肖像画を見たりすることで得られるだけの知識はあったが、父親から見た母親の姿というのはほとんど知らなかった。
サースルーンがサイトの母のことを話したがらなかったからだ。
思い出すと辛いのだろうか。
…そのサースルーンが珍しいことに母のことを口に出した。
だからサイトは思わず顔を上げて口を挟んでしまったワケだ。
「いや。あまりにも正反対なので、かえって思い出してしまうんだ」
「…どーいう意味ですか、それは」
今は亡きサイトの母親と言えば、世界に並ぶ者のない美貌を備え、そのうえ上品で優雅で心は優しく落ち着きがあって知性に溢れていて…という、貴族の女性の典型みたいな人物として有名なのだ。
誠実な人柄で、純愛の持ち主。
病弱ゆえに短く終わらせることになってしまったその生涯を通してサースルーンただ一人を愛し抜いたという、いかにも詩や伝説のテーマになりそうな人物である。
彼女の愛に応えて、サースルーンも今まで再婚せずにきたのだ。
それはともかく…彼女と『あまりにも正反対』とは。
「聞いた通りの意味だよ」
あくまで朗らかに言い放つサースルーン。
「私…ガールディーの味方しちゃおっかな」
「チャーリーさん、そんなこと言わないで下さいよ…父上も、さっきのお言葉はひどすぎます!」
「しかし、あながち的外れとも言えんだろ」
澄ました顔でサイトを見る。
そこで思わず言葉に詰まってしまう、咄嗟に口から出まかせを言えない正直者のサイトであった。
「そ、それはですね…」
「あーッ! サイトもそーなの?! いーよいーよ、私なんか邪竜人間族の仲間になって世界の破滅に手を貸すんだから!」
「そうじゃなくてですねッ…」
「───などとやっとる場合ではないな」
「ですね。早速、宝石の方見せてもらえますか。コーヒーもいつの間にか飲み終わっていたことですし」
チャーリーの性格がつかみ切れていないのは浅い付き合いだから仕方がないとしても…百年以上息子をやっておきながら、サースルーンの性格すら理解しきれないサイトである。
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