第4章−7
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「なあなあ、何なんだよ、一体」

 トーザに背中を押されて歩きながらもヴァシルはまだ分かっていない。
 人間としての普通の推察力が備わっていないとしか思えないカンの鈍さだ。

「ホンマに分かってないんでっか? …小さな初恋っちゅうヤツですがな。シーリーはんはユリシアはんのこと好いとるんですわ」

 コランドが振り向かずに言う。

「へえっ、そうだったのか! 全然気づかなかったけどなあ…」
「…それはちょっと鈍すぎますて…」
「ヴァシルはこーゆーコトにはまったくもってうといでござるからなァ」
「男はそれでいーんだよ。───でも、それならシーリーにちゃんと言っといた方がよかったんじゃないのか? 人間と妖精とじゃ、所詮はかなわぬ恋ってヤツだろ?」
「まあいきなり現実を突きつけんでもえーですやろ。二人もいずれ自分達で気づくやろーし…それに、大体初恋は実らんものと相場が決まっとりますし」

 いつになくしみじみとした口調。
 ヴァシルとトーザは歩きながら顔を見合わせた。
 ヴァシルが無遠慮に尋ねる。

「お前は初恋に破れたクチか?」

「なんちゅーコト聞くんですか。…まあ、人間誰でも、切ない思い出の一つや二つありますわなァ」

「…お前に関しては想像出来ん」

「何言うてはるんでっか! ワイを見かけで判断してもろたら困りまっせ、ホンマのワイはごっつナイーヴで繊細でろまんちすとで…初恋ゆーたら、そらもう大悲恋ですわ。なんかくれるんでしたら話してもええですけど」

「そーゆー思い出をネタに稼ごうとするから信じらんないんだよ」

「コランド殿、前見て歩いた方がいいでござるよ」

「あっ、こらどーも。…ところで、あのお子はこんなトコに残って大丈夫なんでっか? 親とか家族が騒ぐんやないですか?」
「ああ…いや、シーリーは…アイツ、親も兄弟もいないから」
「…?」

 コランドが首だけ振り向ける。

「詳しいことは拙者達も知らんのでござるが、何でもまだ赤ん坊の頃に強盗の一団に家族を皆殺しにされたとか…強盗は何故かシーリー殿には手を出さず、たった一人生き残ったシーリー殿はカーシーの孤児院に引き取られてそこで育てられたんでござる。親類は見つからなかったとかで」

「…へえ、孤児でっか」

 コランドが呟く。
 ヴァシルはうなずいた。

「他にも色々あったみたいなんだけど、あんまり話したがらねーんだ。オレ達も別に無理してまで聞き出そうとはしなかったけど…やっぱ、一人で寂しかっただろーなァ…」

 トーザもコランドもあえて何も言わなかった。
 それ以上何と意見を言うことが出来ただろう?
 下手な同情や慰めを口にするのは、三人ともぞっとするほど嫌という性格だった。

 通路は真っすぐに伸びている。
 空気は冷たく澄んでいて、少し黴臭いように思える。
 かつてこの道を何人もの妖精が行き来していたハズなのに、今ではそれを想像することすら難しいような寂しい道だ。

 妖精はどうして滅びたんだっけ…?

 聞き忘れていた疑問がまた蘇った。
 答えは…少なくとも、ここには、なさそうだ。

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