第4章−2
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 繰り出された槍の穂先を、上半身を捻ってかわす。
 続いて振り下ろされる剣の刃を屈んで避ける。
 視界の片隅で、目標を失って空を切った剣が、右側にいた兵士の腕を切り裂いた。
 傷を負っても顔色ひとつ変えない兵士の様子は三秒と見ていられない。
 背後を除くあらゆる方向から、息をつく間もないくらいに連続した攻撃が浴びせかけられてくるからだ。

 そうであっても、防戦ばかりはしていられない。
 刃の合間を縫って手刀を放ち、近づきすぎている相手には肘打ちを食らわす。
 ヴァシルの肘は相手の脇腹の少し上部、鎧に包まれていない場所にうまく入り、肋骨の折れる感触が確かに伝わって来た───が、攻撃をモロに食らったハズの兵士は苦痛に顔を歪めるでもなく。
 一秒半ほど動きを止めただけで、何事もなかったかのように攻撃を再開する。

「うわッ、マジかよ?!」

 思わず自分の感想を声に出して言ってしまいながらも、ヴァシルは突き出された槍の柄の部分を外側から掴んで止め、相手の方へ突き返す。
 押されて後ろへ下がった兵士の背中に、後ろで待機している兵士の持った剣が突き刺さる。
 その感触にビックリして手を放す。
 兵士は前に踏み出すようにして背中から刃を引き抜くと、再び槍を構えた。

「くそッ…」

 これではヴァシルにはどうにもしようがない。
 この分だと、背骨を折ろうが首の骨を折ろうが頭を叩き潰そうが奴らには効果がないかも…確かに、無敵の兵士には違いねーな。

 呪文の詠唱時間は魔法の種類にもよるが、最長でも十五分以上になることは絶対にない、とチャーリーが言っていた…ような気がする。
 十五分というのがどこから出て来た数値なのかは分からないが、とりあえずその言葉と、自分の記憶に間違いがないことを信じて、しばらく戦い続けるしかない。

 ヴァシルの左側を抜いて祭壇へ駆け寄ろうとした兵士がいた。
 その動きを見逃さず、手近にいた奴の手から引ったくった槍を素早く持ち替えて、投げつける。
 槍は兵士の大腿部分の真ん中に突き刺さり、勢い余って貫通し、二本の足を縫い止めた。
 彼はその場に棒のように倒れる。
 が、無表情なまま、自分の両脚を貫いている槍の柄にすぐさま手をかけ、引き抜こうとし始める。
 容易に抜けるハズがない。

 血が溢れる…鮮やかな赤ではなく、どろりと濁った紅色だ。
 体内から腐り始めているのだろうか…。
 などと考えている間にも、相手の攻撃をかわし、しても無駄と分かっている反撃を繰り返す。

 一方のトーザは、ヴァシルよりは遥かに目に見える戦果をあげていた。
 最初の一撃では最も効果的だろうとみて兵士の首を撥ね飛ばしたが、アンデッドというのは生者の常識を超えた力で動かされているワケだから、頭を飛ばされたぐらいではどうにもならない。

 すぐに気づいて、刃の高さを変える。
 まず腕を落として武器を持てなくしてから、足を斬り払って動けなくする。
 両手両足をなくした兵士の身体が、どんどんトーザの足元に積み重なって倒れる。
 粘液質になった紅色の血がどろりと床に流れ、トーザの足を汚した。

 生きているものを斬ったときのように吹き出す血飛沫を浴びることはないので着物は汚れなかったが 返り血で全身が真っ赤に染まったときよりもずっと嫌な気分だ。

 押し寄せて来る兵士に向かって狂ったようにカタナを振るい続けるトーザの目が、次第に異様な殺気を帯びてくる。
 戦闘時の真剣さというだけでは片付けられない、一種独特の気迫。
 剣速に磨きがかかる。
 五分程で、二十人は倒しただろうか。
 その勢いに、ヴァシルの方に行っていた兵士が何人か流れて来る。
 目つきがますます鋭くなってくる。

 と。

 左上方に、何か刃物ではないものが迫って来る気配がした。
 反射的に斬り伏せる。
 …騒々しい音をたてて床に落ちたのは、真っ二つに割れた鉄兜だった。

「……!」

 はっと、トーザの表情が変わる。
 瞳から狂気じみた殺意が抜ける。
 視線を上げる───一瞬だけ、ヴァシルと目が合った。

 あんまり本気になるなよ。

 彼の瞳はそう言っていた。

 …危うく、忘れるところでござったな…。

 トーザは軽く息をつくと、カタナの柄を握り直した。

 カタナというものは、連続使用に耐えない武器である。
 相手を斬る度に刃こぼれし、血が刃にまとわりつく度に切れ味が落ちていく。
 大体五人も斬ったら新しい物に替えなければ、攻撃力は下がる一方。
 大勢の敵を相手にして使うのに適さないのが、カタナの欠点だ。

 一般に使われている両刃の長剣は『斬る』よりも『叩く』ことや『突く』ことに用いられることが多いのでカタナほどにはダメになるまでの時間が短くない。
 戦闘ごとに買い替えなくてはならない不経済な武器に、次第に人々が見向きもしなくなり、一時期は世界のあちこちで作られ使われていたカタナが急速に姿を消してしまったのも、無理はない。

 しかし、トーザの使っているものは普通のカタナではない。
 相手を斬れば斬るほど、相手の血を吸えば吸うほど、切れ味を増し剣速を上げる特殊なカタナだ。

 父の形見であり、一族の宝だった。
 いつ、どこで、誰が、どのようにして手に入れて今に伝えたものなのかは今となっては誰も知らなかったが、不思議な武器だ。
 トーザが十七の若さで世界に名高い剣士となれたのも、彼自身の天賦の素質もさることながら、このカタナに宿った何物かの力に因るところが大きい。

 剣に、動かされてはいけない。

 左側から斬り込んで来た剣先をカタナで弾く。
 鋭く澄んだ金属音に、誰かの声が重なった。
 戦いの最中、折に触れて聞こえてくる誰かの声。
 トーザがカタナから溢れ出て来る殺意の虜になることがないように、常に白熱した一瞬に響く声。

 剣が戦うのではない。
 お前が戦うんだ。

 薙ぎ払う。
 槍を握り締めたままの腕が、落ちる。
 床を蹴って、前に出る。

 サラマンダー召喚の呪文詠唱には何分かかるのだろう…?

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