第4章−4
(4)
「召喚! テジャス・サラマン…」
「きゃあ───ッ!!」
ユリシアの絶叫。
最後の最後で、シーリーの集中が破れた。
呪文が途切れる。
思わず視線を動かしてしまった。
マズイッ!
シーリーは慌てて杖を強く握り直した。
が、もう遅い。
大気の温度は急激に上昇を開始した。
炎の精霊の怒りを買ってしまったようだ。
やがて、気温は生体が(もちろんアンデッドの体も)自然発火するレベルにまで高まるだろう。
そうなったら、助かる見込みはない。
アンデッド兵士達は確かに全滅するだろうが、シーリー達もまた同じ運命を辿ることになるのだ。
シーリーは青ざめた。
やっぱりオレは、半人前以下だ…!
ユリシアを、守ろうと思ったのに…!
絶望と恐怖に彼が立ちすくんだとき。
祭壇の上からまばゆい緑色の光がほとばしった。
同時に、薄緑色の膜がシーリーの身体を包む。
視線を上げると、トーザの身体も緑色に輝いている。
───熱気が遠去かった。
この光がサラマンダーの熱を防いでいるのだ。
これは一体…?
『サラマンダー、この者達を傷つけてはなりません』
不意に、柔らかい声が部屋の中に響いた。
どこから出ているのかは判別がつかなかったが、とても優しい声だ。
『呪文の途中に気を散らすような無礼なサマナーを許しておけと言うのか?』
重い声が応じる。
サラマンダーの声だ。
契約の儀式のときに聞いたことがあった。
気のせいか、怒りは感じられない。
『それも友を想ってのこと。当然の反応でしょう。罰するのはあまりにもひどい仕打ちかと思いますが』
『…わかった、彼の無礼は咎めぬことにしよう。あなたに言われては強くも出られない。彼はあなたを守ろうとしたのだな』
『ええ…正しくは、ただ一人になってしまった私の小さな友人を』
『それでは、此処に相応しくない不浄の者どもを始末することにしよう』
サラマンダーの声が一瞬途切れる。
『タルウィ・ザリチュ』
短い、しかし強力な呪文。
ごうッ、と大気が唸った。
目の前でアンデッド兵士が炎上する。
凄絶な光景だ。
目を背けることが出来ない…何故だろう、とても美しい。
不浄のものを焼き清める太古の炎、テジャス・サラマンダー。
最も荒々しく最も雄々しい精霊。
召喚士そのものが少なくなってしまった今では四大の世界から出て来ることは滅多にない。
あっと言う間にアンデッド達は燃え尽きた。
鎧も、武器も溶けてなくなる。
骨さえ残らなかった。
サラマンダーの力がこんなにすごいものだったなんて…!
実を言うと、シーリーはサラマンダーの力をよく知らないままに召喚の契約をしていたのだ。
相手を黒焦げにするぐらいだと思っていたのに…それどころの話ではない。
相手を蒸発させてしまっているではないか…!
もしかしたら自分もああなっていたかもしれないのだと思うと、ぞーっと背筋が寒くなった。
『サマナーよ』
唐突にサラマンダーがシーリーに呼びかけてきた。
「あ…な、何だ?!」
胸を張って大声で答える。
召喚士と呼び出した魔物・精霊とは、どんなに力の差があろうと、対等…もしくは召喚士の方が上という力関係である。
召喚士の方が下手に出てはいけないのだ。
虚勢でもいいから、偉そうにする、そのことが必要なのだ。
『今回は呪文詠唱をしくじったことを見逃してやろう。だが、この次失敗すれば、そのときは命はないものと思え』
「…………」
あんなこと言われて、どう偉そうに返せばいいのかシーリーには分からなかった。
だから、とりあえず…黙っておく。
どこか下手である。
『それでは、さらばだ』
それきり、サラマンダーの声は聞こえなくなった。
緑色の膜が身体のまわりから消える。
気温が元に戻ったのだ。
───オレ達を守ってくれたのは宝石の精霊…?
シーリーはしばしボーッと立ち尽くしてしまう。
その横をトーザが走り抜け、階段を上がって行く。
シーリーはハッと我に返った。
そうだ、ユリシア!
シーリーは慌てて駆け出した。
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