第4章−3
(3)
「よーやりますなぁ、二人とも…」
祭壇の上からコランドがヴァシル達の戦闘の様子を見下ろしている。
ユリシアは台座のそばに立って、祈るように目を閉じていたが、コランドの声を聞いてそちらを見た。
「私達も、何か出来ないでしょうか」
「へ? …何か、言いましてもなァ…見ての通りの無力なワイですし」
四つん這いになって祭壇の縁から顔を出すようにしていたコランドは、言いながら立ち上がり、台座に近づいた。
「あんさんも攻撃魔法は使えまへんのやろ?」
「ええ…」
「せやったら、見とくしかありまへんな。召喚士のあのお子が何やら呪文唱えてますし、すぐ決着はつくと思いまっせ」
楽天的に言う。
「だといいんですけど…」
不安を隠せないまま言いかけた彼女の言葉を、突然下から聞こえて来た大声が遮った。
「しまった! 危ねーぞッ!」
ヴァシルの声だ。
コランドは素早く前に出てユリシアを後ろに隠す。
その目の前に登場したのは、あの全身鎧の男−ゲイルスだった。
がしゃん、と重々しく金属が触れ合う音。
「うげッ…」
思わず後退って逃げようとしてしまうコランド。
「コイツは戴いて行くぞ」
ゲイルスはゆっくりと台座の方へ近づいて来る。
戦闘開始から五分ほどしか経っていない。
もとから、あの兵士達で戦えるメンバーの足止めをしておいて、その間にこれを奪うつもりだったのだろう。
簡単に予想はつくが…だからと言って、コランドとユリシアにそれを阻止出来るかと言うと…。
「ダメ!」
ユリシアが台座に駆け寄る。
ゲイルスと台座との間に果敢にも割って入り、進路を塞ぐ。
「これを動かすと世界がとんでもないことになるのよ!
あなた達だって生きてはいられないようになるんだから!」
恐怖のため真っ青になりながら、それでも震えてもいないしっかりした声で叫んで、ゲイルスを睨みつける。
「そこをどけ、消え損ないの妖精風情が」
「あなたなんかにこれは渡せない!」
「どうしてもどかないと言うのなら殺すぞ」
ゲイルスの右手には一振りの長剣が握られていた。
鉄の輝きを見て、ユリシアの瞳に絶望の色が浮かぶが、それでもそこを動こうとはしない。
きっとゲイルスを見上げ、断固たる意志でもって踏みとどまる。
もともと花の妖精はこの宝石を護るために存在しているのだ。
ユリシア達がこの世に生を受けたのも、この宝石があったからこそ。
これは自分の命に代えても護り抜かねばならない一族の宝なのだ。
逃げ出すわけにはいかない。
今、ここで自分が命を落として、結局はゲイルスの手に宝石が落ちてしまうことになろうとも…。
「…殺せばいいでしょう…」
ユリシアは静かな声で呟いた。
ゲイルスがニヤリと唇の端を歪めて笑い、剣を振り上げる。
「ならば、望みどおりに殺してやるッ!」
ユリシアがぎゅっと目を閉じる。
───と。
「うおッ!?」
いきなり、ゲイルスがそんな声をあげた。
ユリシアはすぐに目を開けて何が起こったのかを確認する。
ゲイルスが両腕で顔を覆うようにして何やら苦しんでいる。
咄嗟に、コランドの方を振り向く。
コランドはユリシアには構わずに、祭壇の縁に走り寄って下に声をかけている。
「何してまんのや、早よ誰か何とかしてくれんと困りますがな!」
「くそッ…トーザ!」
倒しても倒してもしつこくすがりついてくる兵士をもて余し気味のヴァシルは、反対側で自分に向かって来た分をあらかた斬り伏せ終わった相棒の方を見る。
トーザは軽くうなずくと、一旦カタナを腰の鞘に収め、ヴァシルの方に向き直った。
一呼吸の後、跳躍する。
それより少し遅れて、自分にしがみついていた兵士を強引に引きはがしたヴァシルが、さっきまでトーザの立っていた所へ向かって跳ぶ。
トーザは着地するや否やカタナを抜いて自分の周囲を鮮やかな身のこなしで払った。
膝の少し上の部分から脚を切断されたアンデッド兵士達が地面に崩折れる。
腕の骨をすでにヴァシルの攻撃で粉々に砕かれてしまっている者は、トーザの足首を掴むことすら出来ず、不気味に動き続けるだけになる。
そうでない者の腕を、トーザは冷静に落としてゆく。
同時に新手にも注意を向けながら。
一方のヴァシルは、着地と同時に祭壇の方へ走り出した。
「格闘家がアンデッドを倒せるワケねーだろ」等と呟きながら。
上からコランドが叫ぶ。
「どーにか出来るんでっか!?」
「サラマンダーが出て来るまで押さえててやるよ!」
階段の前で、シーリーの様子に目を留める。
難解な呪文を小声で淀みなく唱え続けている。
額には汗の玉が浮き、眉間には深い皺が刻まれている───かなり苦しそうだ。
強力なエレメントを召喚するからそうなるのか、それとも祭壇にゲイルスが上がってしまったことでコンセントレーションを乱されてそうなっているのか、どちらかは分からないが…。
その横を通って、階段を上がり始める。
壇上では、顔を覆って行動不能になっていたゲイルスがようやく気を取り直し、剣を持ち直した。
コランドの投げつけた目潰しの粉をマトモに食らったおかげで涙が止まらなくなっているが、かろうじて視界は確保出来ているようだ。
「貴様…ナメた真似をしおって!」
刃はコランドに向けられた。
後退ろうとしたコランドだったが、祭壇はそれほど広いものではなく、もうほとんど後がない。
これ以上退くと足を滑らせて落ちてしまうかもしれない。
自分一人だったらさっさと飛び降りて逃げてしまうところだが、ユリシアを任されている手前そうするわけにはいかない。
ゲイルスの注意を自分に引きつけておかねばなるまい。
「ワイから注意を反らしたそっちが悪いんでっせ」
「ふざけたコトを…貴様から始末してくれるわッ!」
ゲイルスが剣を振りかざして突進してこようとした。
コランドがどうかわそうかと考えかけた瞬間、ヴァシルが後ろからゲイルスの足に飛びついて両腕で抱え込んだ。
全身鎧の男は剣を持ったまま転倒する。
目潰しにやられたショックのせいでヴァシルとコランドの会話を聞いておらず、コランドに気をとられていたせいでヴァシルが上がって来るのにも気づいていなかった。
戦士としてはかなり間抜けな部類だろう。
ゲイルスは腕を振って急にタックルをかけてきた相手を殴りつけようとした。
ヴァシルはそれを予測して、早々にゲイルスから離れている。
相手が立ち上がり自分の方を向き直るのを待ってから、側面から再び背中に回り込み、羽交い締めにする。
脇の下から腕を差し込んで固めるのではなく、相手を両腕ごと抱き込んでしまうやり方だ。
当然、相手は激しく抵抗するが、いくら暴れてもそれだけではヴァシルを振りほどくことなど到底出来ない。
がっちりと締めつけられて、上半身はほとんど動かせない。
コイツ、大層なのは鎧だけだな。
ヴァシルは頭の片隅で考えた。
訓練を積んだ戦士なら、たとえ酔っ払っていても後ろから抱きつかれたら相手の下半身をかかとで狙ってくるのに、そんなコトは思いつきもしないらしい。
鎧を着こなす怪力があるだけで、頭の中身は全然ッてタイプか。
何割かは自分にもあてはまってしまうことを知ってか知らずか。
突然、下からシーリーの声が聞こえ始めた。
「古の掟に従う我が朋友よ!」
いよいよ召喚が最終段階に入ったらしい。
呪文を音声化し、大気の震動に変換することで言葉の持つ力を何倍にも増幅させる。
どんな魔法でも、呪文を声に出した方が成功しやすいし、幾分かは威力も増す。
「全てを焼き尽くす大いなる紅蓮の四大よ!」
ゲイルスはヴァシルの腕の中でまだもがいていた。
コランドは何となく台座の方へ歩き出す。
ユリシアはさっきから同じ所に立ったまま、ヴァシルに押さえられているゲイルスを見据えている。
「契約を思い出せ! 我を護る破邪の力となって現れ出でよ!」
そのとき、ゲイルスが思わぬ行動に出た。ストンピングの要領でヴァシルの足を思いきり踏みつけたのだ。
下半身への攻撃はしてこないだろうと少し気を緩めていたヴァシルは、予期せぬ打撃によってもたらされた激痛に思わず腕の力を抜いてしまった。
その隙をついて、ゲイルスはヴァシルの腕を振りほどく。
そして、剣を構えて台座の方へ駆け出した。
「!」
コランドが足を止める。
ユリシアはそこから動かない。
ヴァシルが慌てて立ち直って腕を伸ばし───。
「邪魔だッ!!」
ゲイルスがユリシアに向かって長剣を突き出した。
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