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 洞窟の外へ移動して来ると、外気の冷たさがジュナ・ミルールの全身を包む。
 山の中腹に位置する盗賊の洞窟、昼間はともかく夜中は冷え込む。
 両手で自分の身体を抱くようにして一つ身震いしたところへ。

「よう、ジュナ」

 後ろから声をかけられた。
 反射的に向き直り、相手の姿を視界にとらえるより早く深く頭を下げる。

「申し訳ありませんッ!」

 短い声を聞いただけで話しかけて来た相手はわかっていた。

「あたくしとしたことが、二度どころか三度までも失態を…! この上はいかなる罰をも受ける所存で───」

「おいおい、落ち着けよ。罰がどうとかそういうのはいいからよ」

 思いがけない台詞に恐る恐る顔を上げて見つめる先、黒髪の魔道士が立っている。
 長い髪を夜風に揺らしてジュナを見下ろしているのはガールディー・マクガイル。
 彼にいつも影のように付き従っている白髪の魔道士はここにはいない。

「そんなにビクビクすんなよ、俺は別に…」

 苦笑混じりに続けるガールディーがふと言葉を切った。
 何事かと思うよりも早く、青白い閃光が走ってドリューク・ティフルが姿を現した。

「あっ」

 真紅のマントで全身を隠した青年はガールディーの姿を見て素直に驚きの表情を浮かべる。

「ドリュークも来たか。お疲れさん」
「どうしてこんな所に…、…と言うよりはおれ達がしくじることを予想してたようなカンジですねえ」

「ドリューク!!」

「落ち着けって。まあ実際その通りだ」
「そんな…」

 お前達が失敗することはあらかじめわかっていたのだとハッキリ言われたも同然のガールディーの返答に、ジュナはがっくりと肩を落としてあからさまにしおれ返ってしまった。

「何もそこまで落ち込むコトはないんだが…」

「で、ガールディーさんはおれ達が出て来るのを待ってたんですか?」
「そうだ。…お前達ばかり使って悪いが、他に頼みたいことが出来てな…」

「あ…新しい任務、ですわねッ?!」

 力を取り戻してここぞとばかりに身を乗り出すジュナ。

「そうだな、新しい任務だ。頼めるか? 何なら他の連中を動かしてもいいんだが…」
「いいえ! あたくし達がやりますわ! やらせて下さい!」
「熱意は買う。だから冷静になってくれ」

「次は何をすりゃいいんですか?」

 今のところ命令されたことを一つとして満足にこなせていないおれ達なんですけれどと微かな自嘲の念を込めてドリュークが尋ねる。

「いや、別に難しいことじゃないんだ。…そう、難しいことじゃないんだがな」

 二人から視線を外すと、ガールディーはまるで自分自身に言い聞かせるように同じフレーズを二度口にして、それでも自分を納得させられなかったらしく考え込むようにうつむいた。

「どんなことでもいたしますわ、ガールディー様!」

「…じゃあ、頼むことにしよう」

 ゆっくりと顔を上げると、ガールディー・マクガイルはジュナ・ミルールとドリューク・ティフルの顔を等分に見回した。
 十数秒の沈黙を挟んで、ようやく決心がついたように静かに口を開く。

「まずドリュークからだ。今夜メール・シードが戻る。予定通り二人でサイト・クレイバーのところへ向かってくれ。皇子の居場所はメールが知っている」

「それは、つまり…そういうコトで?」

 淡い緑色の瞳を鋭く細めて、ドリュークがほのかに笑む。
 彼の声は相変わらずのんびりとしていて真剣さのかけらも感じさせないようなものだったが、顔つきは劇的に変化していた。

「俺はそういうつもりだ。───しかし、メールの奴には他に目的があるらしい。何か言い出したらそっちに協力してやってくれ」

「わかりました」

 短くうなずく。

 何故メール・シードの行動を優先させるのかと問うたりはしなかった。
 好奇心はあるが、ガールディーが自分から理由を説明しなかったのだからこの場で尋ねてもはぐらかされるだけだろうと判断して口を閉ざす。
 必要な事柄であればガールディーは何も言わなくとも解説するだろうし、そうでないならどのように訊いても答えを得られず終わるだろう。
 余計な口を出して面倒な奴だと思われるのは気が進まなかった。

「次にジュナだが…明日の夜だな。ウォズニーが戻ったら、…ヴァシル・レドアのところへ」
「わかりましたわ。…ですが、これからすぐではいけませんの? 何か不都合でも?」
「まあな。今ウォズニーは氷の洞窟の方へ行ってるし…」
「それならばあたくし一人でも」
「それにヴァシルは今俺達が追って行けない場所にいる。ジュナ、お前が熱心なのは有り難いが、そう焦るな」
「も、申し訳ありません…」

「…まだ時間はある。危ないと思ったら退いてくれ。お前達の力を信頼していないワケじゃない。これは命令だ。退却することはあってもお前達が生命を落とすことはあってはならないんだ。少し面倒なコトになっちまうからな。…指示された『標的』を確実に仕留めることだけを考えろ。いいな」

 ジュナとドリュークがそれぞれに了解の返事をするのにうなずきで応じてから、ガールディーは何の脈絡もなく夜空へ視線を向けた。

 目の前に立っている二人の存在を綺麗に忘れてしまったかのような熱心さで、白い月の光に満たされた薄青い空を、遠い夜空を見つめる。

「…ガールディー様?」

「───わかったら、行ってくれ。気をつけてな」

 高い空を見上げたまま、ガールディーは思いがけないくらい穏やかな声でそう言った。
 優しい口調に戸惑いつつも、二人は移動魔法でエルスロンム城へと引き上げた。


 ジュナとドリュークが消えてからも、ガールディーはしばらくそうして誰もいない空間に一人佇んでいた。

 先刻自分が下した命令の意味を考えながら。

 それが本当に自分にとって正しい決断だったのか───間違いのない選択だったのかと、いつまでも自分自身に問い続けながら───。

第20章 了


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