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 細い通路に自分達の足音だけが響く。

 同じ場所を同じように歩いているはずなのに、自分の足音だけがやけに大きく聞こえる気がして、ティリア・シャウディンは黙々と歩き続けながらも居心地の悪い思いをする。

 少し前を行くコランド・ミシイズの足元に注意を向ける。
 気のせいでも錯覚でもなく実際に本当に、彼はほとんど足音を立てていない。
 その背中をずっと見ていなければ次の瞬間にも彼の存在を感知出来なくなってしまいそうなぐらい静かだ。
 特別な歩き方をしているとも、ブーツの底に特殊な仕掛けがしてあるとも思えないのに。

 これが一流の盗賊(シーフ)の身のこなしというものなのだろうか。
 知らずため息が漏れた。

「どないした?」

 途端にコランドが振り向いた。
 いかにも人当たりの良さそうな雰囲気を持つ黒い瞳が無遠慮にティリアを見つめる。

「疲れたんやったら、ちょっと休もか?」

 ティリアは慌てて首を振った。

「べっ、別に、疲れてなんかないわよ。それに休憩してるような場合じゃないでしょ」
「せやけど、なるべく休めるうちに休んどかんと」
「いい、全然疲れてないんだってば。さっさと行ってよ!」

 無意識にキツイ口調が出てしまった。

 コランドは気分を害した様子もなくひょいと肩をすくめると、前方に向き直り再び歩き出す。

 コランドは気遣ってくれたのに、何もあんな台詞で返すことなかったのに。
 ティリアは情けない気分になった。
 どうして私はこんなに余裕をなくしちゃってるんだろう。
 私自身はまだ何にもしてないのに、それどころかコランドの足手まといになってるだけなのに…。

「なっ、せやからゆーたやろ?」

「───え?」

「ワイは遊びに行くんとちゃう、って。ついて来たコト後悔しとるんやろ」

 進行方向を向いたまま歩みを止めぬまま、コランドは軽い口調で言った。

「これにこりたら大人しゅうフェデリニに引き上げるコトやな。今はあっちも大変な状況になっとるやろうけど…まっ、ワイらにくっついて来るよりは安全やと思うで?」

 ティリアからは彼の表情はまったく見えなかったが。

「とりあえずここを出るまでは面倒見たるさかい安心しぃや。お前に何かあったら師匠に申し訳立たんもんなー」

 こういうことを言い出したときのコランドはすごく微妙なカオをしている。
 無責任に茶化しているような、それとも心の底から本気で説得しようとしているような…。

「そう言えば…」

 それがわかってしまうから、ティリアは無理矢理話題をすり替えた。

「アンタ達ってさ、何しにここまで来たの?」
「…へ?」

「何かドラッケンの皇子と一緒だし、さっきの追っ手の数とかとんでもなかったし…ずいぶんややこしいコトになってるみたいだけど、一体何しでかしたワケ?」

「…説明、してへんかったっけ」

 立ち止まったコランドが首だけで振り返る。
 ティリアは彼を見返しこくりとうなずいた。

「あー、せやったな…そう言やここまで来るんで必死になっとって、詳しいハナシしとる暇なかったもんなァ…」

 今初めて気づいた風に呟いて、腕組みしどうしたものかと首を捻る。
 それからコランドは体ごとぐるんとティリアに向き直った。

「しっかし、それを今んなってようやく指摘してくるお前もお前やな」
「何よ、そっちが訊かせてくれなかったクセに!」
「いやホンマ盗賊としてそれはちょっとどうかと思うで?」
「いいからちゃんと説明しなさいよ!」

 食ってかかるティリアを愛想の良い笑顔であっさりかわすと、コランドは組んだ腕をほどいて話し始めた。

「ここまで巻き込んだ以上お前には説明したるけどな、他言は無用やぞ? このネタが不用意に広まってしもたら世界中が大混乱に陥りかねんのやからな」
「そ、そんな大事件に関係してるの? アンタが?」
「そうでもなかったらワイなんかがアシェス皇子と一緒に行動しとるワケあらへんやろ」
「そ…それもそうよね」

「師匠から聞いたコトあるやろ? 『光』と『闇』の…」
「『光』と『闇』?」
「『闇』が人にとり憑いてこの世界を滅ぼす、言うハナシや」

「…、…ええッ?!」

 思わずあげた大声を慌てて自分で抑え込む。

「アレッて単なる言い伝えじゃないの?」
「それがどうもホンマらしいんや。ほら、今ウワサになっとるガールディー・マクガイル、おるやろ?」
「ドラッケンの味方をしてるって魔道士?」
「そのガールディーが、それなんや」
「それって…『破壊者』ってコト? 嘘ォ!」
「真面目なハナシ、ワイはじかにこの目で見たんや。バルデシオン城でガールディーが暗黒魔法を使うんを」

 嘘だと繰り返そうとして、コランドの真剣なまなざしに気づきティリアは口を閉じた。
 にわかには信じられない話だし信じたくもない話だったけれど、コランドはこんなカオで嘘や冗談を口にするような人間ではない。

「まあ、信じられんのは当然やな。正直なトコ、ワイもチャーリーはんに進言して宝石を探そう言うた時点ではまだ半信半疑やったもん」
「宝石?」
「ほら、師匠がよう言うとったやろ? 世界のどこかに三つの宝石があって、揃うと『闇』を封じる位のものすごい力を発揮するって」

「アンタ、アレ信じてなかったの?!」

 急に責めるような語調で発言したティリアを、びくりと身を引いて見返すコランド。

「な…何や? お前かて『闇』が世界を滅ぼす言うハナシは信用しとらんかったクセに」
「だってそれはタダの言い伝えじゃない」
「三つの宝石の話も同じようなモンやないか。しかもアレ微妙に間違っとったし。ホンマは『3』やのうて…」
「間違ってたって、そんなワケないじゃない! だっておじいちゃん、あのハナシは『大賢者』アレス様のノートから仕入れて来たのよッ?!」

「なッ…ええ───ッ?!」

 先程までのティリアとは比較にならないぐらいの大声をコランドが張り上げた。
 これまでに彼が一度も見せたことがないようなその驚愕っぷりにティリアまでビックリしてしまう。
 敵に居場所を悟られてもおかしくない大声を自分が発してしまったことには気づいてもいない様子でコランドはティリアに詰め寄ってきた。

「だ、『大賢者』って、あの『大賢者』か?」
「他にどの『大賢者』がいるって言うのよ」

 少々たじたじとなりつつも答える。

「いやでも『大賢者』のノートなんかどうやって見たんや? 見ようと思うて見られるモンとちゃうやろ?」
「その辺の事情は私にはよくわかんないけど。でもおじいちゃん、情報の出所で嘘ついたりしないよ。コランドだって知ってるでしょ」
「そりゃ知っとるけど…せやったんか、ワイもそこんとこを質さんかったのは迂闊やったなぁ…『大賢者』アレスの、ねぇ…善竜人間族が誇るセージ…アレス・ロードリング…───ロードリングッ?!」
「なっ、何なのよ、さっきからうるさいなァ! 一人で驚いてないでちゃんとわかるように話してくれる!?」
「ああもう───ッ! なンで自己紹介ンときにそれを言わんのかなあの姉ちゃんはッ! うわ何かすッごい裏切られた気分?」
「何で疑問形なのよ。私にはハナシが全然見えないんだってば!」

「とっ…とにかく、話を元のトコに戻すと、宝石を探し始めたもののワイもまだ半信半疑やったっちゅうコトやな」
「それはわかったわよ」
「せやけど一つ目の宝石を探しに行った先で大地の四大に会うてな。あの伝説も宝石の力もホンモノやとわかったワケや。四大なんて大物が実際に出て来たんやもん、そりゃ信じるしかあらへんやろ?」
「まあ、そんなコトがあったら信じるよね」
「で。今ワイらは手分けして残りの宝石を探しとる最中なんやけど、その宝石の一つがこの洞窟にしまってあるワイの猫目石らしいんやな。それでそいつを取りに来たんや」
「アンタがここでそれを手に入れれば、三つの宝石のうちの二つが揃うのね?」
「いや、実は『3』やのうて『8』やったんやけどな」
「何ソレ」

「つまりこの『罠の洞窟』までやって来たんは、大雑把にまとめると世界を救うためっちゅうコトやな」
「ふぅん…なーんかコランドに言われると信用出来ないけど…」
「なッ…?! ワイがここまで一生懸命説明してきたんを全否定するような…ッ?!」
「でも、それならアシェス皇子がいたり追っ手がかかってたりするのにも説明つくわね。そっか、そんな大変なコトに首突っ込んでたんだ、アンタッて」
「まあ関わったっちゅうか、よう考えてみたらワイが始めたようなモンなんかなぁ」
「だったらなおさら、早くアンタの宝石を取って来て他の人達と合流しなきゃいけないんじゃない? こんなトコでグズグズしてる暇なんかないでしょ!」

「その通りやな。よっしゃ、そしたら行こか」

 短く言って、コランドは再び歩き出した。

 その後ろについて歩き始めて…ティリアはふと気づく。
 結果的にこうして話していたことで少し身体を休められたこと、そして先刻までの沈んだ気分がいつの間にかどこかへ吹き飛んでしまっていることに。

 人懐こそうだけれど軽薄で頼りなく見える外見からはとてもそんなことにまで気が回る人間には見えないのに…。

 久しぶりに顔を合わせた幼なじみは、結構色々変わってしまっていて、ティリアはやけに戸惑ってしまう。

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