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 ティリア・シャウディンにこれまでのいきさつを語って聞かせたその場所からいくらも行かないうちに。

「お待ちしておりましたわ」

 コランドとティリアの前に立ち塞がる人物。

 ゆるくウェーブのかかった柔らかいピンク色の髪を胸へ垂らし、白を基調としたデザインの上等な布地で仕立てられた法衣に身を包んだ、一目でキツそうな性格だとわかる顔立ちの女性。
 彼女の赤い瞳は邪竜人間族のものに間違いない。

 女性の後ろには金糸で縁取りをした真紅のマントで全身を覆った人間族の青年が控えていた。
 明るい栗色の髪に淡い緑の瞳。
 少し離れた場所からコランド達を眺めている青年からは親しみのようなものさえ感じられる。

「初めて見るカオやと思うんやけど…どちらさん?」

 用心深く距離を保ったまま、それでも警戒心を感じさせない愛想の良い声で、コランドは目の前の二人に問いかける。

「これは失礼致しましたわ。あたくしの名はジュナ・ミルール」

 法衣の裾を少し持ち上げて優雅に一礼して見せる。

「おれは…」
「こっちはドリューク・ティフル」
「…おれの台詞…」
「あたくし達二人、あなたにお願いがあって参りましたのよ。コランド・ミシイズさん?」
「自己紹介ぐらい自分で…」

「お静かになさい!」

 ぶつぶつとうるさいドリュークをジュナがぴしゃりと叱りつける。
 コランドとティリアまで首をすくめて後退ってしまったほど恐ろしく険悪な叱声。

 今がジュナと初対面のコランド達にはもちろんわからぬことだが、本日の彼女は行く先々で失敗続きのため非常に気が立っているのである。
 実のところこの洞窟でコランド達と接触するのは別の人間の役目だったのだが…このままではあまりにも情けないからと志願して−ドリュークはただ何となくついて来ただけなのだが−ここへやって来たのだ。
 故にジュナはこの任務達成に全力を尽くすつもりでいた。
 常でさえキツくて怖いと評判の口調がいつもよりさらに尖ってしまうのも仕方のないこと。

 ジュナに睨まれて小さくなっているドリュークを見てそういうキャラなのかなと相手に対する理解を呑気に深めつつも、コランドはさりげなく目線だけ動かして逃走経路を探している。

 途中に身を潜めるところのない一本道のこの通路、ジュナ達に背中を向けてマトモに逃げたのでは到底逃げ切れない。
 相手が魔法を使って来なければあるいは振り切れる可能性もあるかもしれないが、ドリュークはともかくジュナの格好はどう見ても魔道士だ。
 ならば隙を突いて二人の脇を抜けて、前方にある罠の一つを…。

 表向きゆるんだ笑顔を見せつつも頭の中では目まぐるしくこれからのことを算段する。
 算段しつついつもと変わらぬ愛想の良い声で尋ねてみる。

「お願い? 何ですのん?」

 コランドが何を考えているのか具体的にはわからないハズだが、ジュナもにこやかな微笑で油断のない光を押し隠した赤い瞳を慎重にコランドに向けて来た。

「それは……」

《あっれー?! センパイじゃないですかぁ〜?!》

 ジュナ・ミルールが用件を切り出そうとしたまさしくその瞬間。

 通路の天井付近からひどく能天気な声が響き渡った。

 その場の四人、ビックリして上方を見回すがもちろん人影はなく、平らな石で出来た無表情な壁と天井があるだけだ。

《やっぱりセンパイだ! ボクですよ、ボクッ!》

「んん? その声…ひょっとしてオーシィか?!」

 コランドがはっと思いついたようにその名を呼ぶと、姿の見えぬ声の主はいかにも嬉しそうに言葉を続ける。

《覚えててくれたんですねッ! 感激ですよー!》
「ってか…お前今ドコにおるねんな? ワイらからお前の姿は…」
《ああ、失礼しました、そうでした、見えないッスよね。えっと、今制御室の方へお招きしますんで。…で、『四人』ッスか?》

 コランドとティリアは一瞬顔を見合わせ、声を揃えて同時に叫んだ。

「「ふたり!!」」

《ですよね。そんじゃまァ、ご招待します〜》

 直後、コランドとティリア、二人の足元の床が青白く光り始める。

「ちょ、ちょっとお待ちなさい! こっちのハナシはまだ終わってませんのよッ?!」

 ジュナが慌てて駆け寄ろうとするが。

「スンマセンなぁ。せやけど、どーせ穏便な話題とはちゃいましたやろ?」

 それよりも一瞬早く、移動や転送の魔法が放つそれにそっくりな閃光が走って、コランドとティリアの姿はその場から消え去った。

 後に残されたジュナは誰もいなくなった空間を見つめて呆然と立ち尽くす。


「逃げられた…んですかねぇ?」

 ドリュークはジュナの背中に話しかけてみた。
 あまりにも深刻さの感じられない声だと思われたのか、ジュナは今にもつかみかかってきそうなくらいの怒りを浮かべた顔でこちらに向き直った。

「こっ、これは、おれのせいじゃ…!」

「不愉快ですわッ!」

 吐き捨てるように叩きつけるようにそう言ったジュナの姿が不意にぼやける。
 そのまま空気ににじむように消えてゆく。

「あっ、ちょっ、ちょっと! 帰っちゃうんですか? もう?」

 ドリュークの呼びかけにも答えずジュナもその場からいなくなった。

「やれやれ…ま、無理もない、か」

 小さく肩をすくめて一人呟いて、『罠の洞窟』から迅速に脱出するべくドリューク・ティフルも移動呪文の詠唱を始めた。

 この通り与えられた任務には見事に失敗…と言うかもはや失敗以前の状況であることは疑いもないが、それでも多分これはこれで良かったのだし、ガールディー・マクガイルももしかしたらこうなることを予想していたのかもしれない、と大した根拠もなくドリュークは思った。

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