第7章−9
(9)
ノルラッティとマーナはビースト達を連れて城の中庭へとやって来た。
中庭の一方はガールディーから外れたチャーリーの雷撃魔法に芝生をえぐられ無残な地面をさらけ出していたが、幸いにもノルラッティが丹精込めて育てている花が咲き誇る一画は無事に済んだ。
ノルラッティは手入れの行き届いた、自分の自慢でもある美しいその花壇を遠来の友に見せようと、マーナを連れて来たのである。
「わあ! すっごくキレイ…これ、ノルラッティが育ててるの?
全部?」
マーナは弾んだ声をあげて花壇の柵の所まで駆け寄り、咲き乱れる花々をもっとよく見るためにその場にしゃがみ込んだ。
「一人でってワケじゃないけど…一応、責任者は私ってコトになってるみたい」
マーナの少し後ろで立ち止まり、眩しげに目を細めるようにして花壇を見やる。
溌剌とした生命力を周囲の大気にまで振り撒いているような、元気いっぱいの色とりどりの花達。
どれも、彼女が毎日欠かさず世話をしていることに対して礼でも言っているように、美しい姿を見せてくれている。
「…旅に出るなら、代わりに世話をしてくれる人を探さないとね」
マーナがくるりと振り返った。
ノルラッティはうなずき、マーナの隣まで歩いて行って同じように屈み込む。
「メルかディアーナに頼んでみるわ」
「でも、きっとノルラッティのようには花を可愛がれないね」
「そんなことないわ。二人ともとても優しいんだから」
「そうかな。…そうだよね」
マーナは少し微笑むと、ノルラッティに向けていた視線をすぐそばの赤い花に移した。
「この花、何ていうんだっけ」
「どれ? …ああ、それはシャルメーヌ」
「じゃあ、こっちの薄紫のは」
「メルシ・シェリ」
「そっちの水色は?」
「エストレリータ」
「この真っ白な花は?」
「それは…華麗なる賭け」
「何それ? そんな花の名前ってあるの?」
問うマーナの表情が、何故か一度にぱっと明るくなったように見えた。
「さあ、あるんじゃないの? 現にここにあるんだし。…とは言っても、間違って花言葉の方を覚えちゃってるのかも」
「きっとそうだよ。華麗なる賭け、なんておかしな名前の花、あるワケないもん」
「そうよね…そんなコトよりマーナ、私はチャーリーさん達について旅をすることになったけど…あなたはどうするの?」
「え? …どうするのって、冷たいなぁノルラッティは。…もちろんついて行くに決まってるじゃない。だって面白そうだもん」
「マーナ、あなたがついて来てくれるのは私としても嬉しいんだけど、これは遊び半分の旅じゃないのよ?」
ノルラッティは真剣な眼差しで親友を見据えた。
「…大丈夫、わかってるよ、ちゃんと。わかってるから、余計に何かお手伝いしたいと思ったの。あたしに出来ることがあるなら、ね」
あたしは宝石の勇者じゃないし、特別に強くもないけれど、世界の危機だとなったら黙ってられないよ。
言外にそう付け足すような口調で答え、マーナはノルラッティを見返した。
二人の視線がしっかりと同一線上を辿り、示し合わせたワケでもないのに、二人は同時にうなずき合った。
世界の為に、出来ることがあるのなら。
その思いはチャーリー・ファインの惨敗ぶりを目にしたときから次第に胸の中で強くなっていった。
自分に出来ることがあるのなら、何だってしたいと思う。
ガールディーの手の平の上に生じた『闇』の昏さがふと思い出される。
あの力には、誰であろうと一人だけでは対抗出来ない。
皆が力を合わせなければならない。
宝石に触れるか触れないか、最早そんなことはどうでもいい。
誰もが、自分に出来ることをやるべきときなのだ。
ノルラッティはふと振り向いた。
自分を呼ぶ声がする…?
見回すように視線を泳がせると、右方向からノルラッティと同じような服装をした女性が歩いて来るのが目に入る。
深い緑色の髪の毛を胸の下まで伸ばした、濃紫色の瞳の女性。
善竜人間族ではもちろんない。
バルデシオン城下の街で生まれ、善竜人間族に対する帰属心が人一倍強かった…故に、善竜人間族として生きることを選んだ女性だった。
レフィデッドやゲイルスと同じような立場にある。
彼女の姿を認めると、ノルラッティは立ち上がってそちらに向き直った。
マーナもそれに倣う。
女性は静かな足取りで二人のそばまでやって来た。
「花壇を見てたの? …こちらがお友達の…」
澄んだ紫の瞳がマーナの方に向けられる。
「あ。バードのマーナ・シェルファードです」
マーナは慌てて名乗る。
それから、このヒトは誰? という視線をノルラッティに送る。
「この人がさっき言ったメルよ。メル・ティロル…『夜の司祭』なの」
「『夜の司祭』…?」
反復して首を傾げるマーナを見て、メルは微笑み、落ち着いた声で言う。
「簡単に言えば夜勤専門の僧侶ってこと。…ところで、さっき私のことを何か話してたの?」
その瞳は今度はノルラッティに向けられた。
「はい。私が旅立った後のこの花壇の世話は、メルかディアーナに頼もうって言ってたんです」
「花壇の世話…そうね。あなたがいない間は私とディアーナとで責任をもってやっておくわ」
「本当? だったらお願いします。…それで、メルは何の用で?」
「ああ。あなた、長旅に出るんだったらそれらしい装備が必要でしょ?
花と別れを惜しむのもいいけど、ちゃんと支度をしておかないと。午後のお茶の時間には皇子達が戻って来られるんでしょう?」
「そうですけど…それからすぐ出発するでしょうか?
もう一泊ぐらいして行かれるのではないかと思いますけど」
反論するようにではなく、純粋に自分の意見を述べる口調で言う。
メルはちょっと首を傾けて沈黙したが、すぐに優しく静かな声で、
「何にしても、支度は早く済ませておくに越したことはないと思うわよ。今ゴールドウィン王も来られているの…もしかしたら急ぎの用が出来るかも」
「ゴールドウィン王が?」
驚いた声をあげるノルラッティ…の横から、身を乗り出すマーナ。
「じゃあ、王様の飛竜も一緒に来てるの?」
瞳を輝かせて無邪気に問う。
メルが微笑して首を小さく縦に振ると、マーナはいかにも嬉しそうな様子でぱんっと両手の平を打ち合わせ、
「わぁい! 早速会いに行こーっと! 行こっ、ガブくん、スバル!
グリフも…ノルラッティ、また後でねッ」
弾んだ声で言い置いて、一陣の春風のような爽やかさで駆け去って行ってしまった。
その後ろ姿をぽかんと見送るノルラッティ。
やがてふッと息をつくと、メルと連れ立ってマーナが走って行ったのとは反対方向に歩き出した。
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