第7章−4
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 最近退屈な毎日が続いていたけど、ちょっとしたことからえらく面白そうなことになってきたな。

 食堂に向かう廊下を歩きながら、ラルファグは考えるともなく考えていた。

 彼が故郷のロガート村を出て来たのはもう一年以上前のことになる。
 剣の腕を磨くため、武者修行のつもりで意気揚々と旅立った頃の決心はいつの間にか薄れ、初心と目的とを半ば忘れかけてただ時間の流れるままに日々を浪費している自分に嫌気が差してきたとしてもそろそろ不自然ではない。

 これまでの旅の中で、『狼人間族きっての剣士』の通り名とそれに相応しいと自分で認められるだけの力量は手に入れたことだし、この辺で一度ロガートに戻ろうか…。
 そう思っていた矢先に、酒場でのあの乱闘に巻き込まれたのだ。

 世界を『闇』から救うための旅、か。
 コイツはちょっと、スゴイんじゃないか?

 知らず笑みがこぼれる。
 特に酒好きというワケでもない自分が、昨夜あそこにいたのはまったくの偶然だった。
 何か運命的な必然というものを感じてしまったりもする。

 昨日の話からすると、少しばかり残念なことに自分はこの旅のメインの役割を演じる『八人の勇者』の中には入っていないようだったが、そんなことはさしたる問題には思えなかった。

 なんせあのチャーリー・ファインが八人の中に入っていなかったんだ。
 オレが入っていないのもある意味当然だろう。
 重要なのは、世界の命運を左右するに違いない旅の顛末を、当事者の視点から見守ることが出来るということだ。

 極上の芝居を最上の特等席で観るのにも匹敵する体験になるかもしれない。
 シナリオがどんなものになるのかはまだわからないが−役者の顔触れなら超一流だ。
 いずれも世界中にその名を知られた有名人揃い。
 いやがうえにも期待は高まろうというものだ。

「おはよーございまぁす」

 不意に後ろから声をかけられた。
 思わず足を止めて振り向く。
 軽い足どりでやって来たマーナがラルファグの横に並んで立ち止まった。
 頭の上にはスバル、足元にはガブリエルがいる。

「ああ、おはよう」

「今日もお天気で気持ちいいですよね」
「そうだな、最近雨が降ってないよな」

 当たり障りのない言葉を交わしながら、ラルファグとマーナは再び歩き出す。

「けど、チャーリーさん達、今日は聖域の洞窟のある島に行くんですよね。だったら晴れてよかったって言うべきでしょーね」

「だろうなぁ。剣を使うときにはもちろん、魔法を使う場合にだって天気は晴れの方がいいだろうし…」

「格闘家もやっぱりそうなんでしょーね?」

「えッ? …そうだろうな、何にしろ視界は確保されてた方がいいには違いない…とは一概に言えないかもなァ。ヴァシルぐらいの格闘家になると、目隠ししたままでも普段とまったく同じように戦えるって聞くし」

「目隠ししたままで? どうしてそんなことが出来るんですか?」

「いや、オレは出来ないから知らないけど…格闘家ってそんなモンなんだろうなァ」

「へえ〜…なんかカッコイイですね〜。よく言う『心眼』ってヤツですよね」

「オレにしたら心眼云々よりモンスターを手なづける手腕の方がよっぽど貴重だと思うけどな。いくら小さな頃から育てて来たからって、モンスターとしての野性が消えたワケじゃないんだろ?」

「う〜ん…よくわかんない。でも、ガブくん達があたしの大事な友達だってコトに変わりはないですよ」

「そうかな…?」

 これから先サーベルタイガーやダイブイーグルの野性が目醒めたりなんかしたらそんなことも言ってられなくなると思うんだが。
 …けど、成獣になったモンスターを手に負えなくなったビーストマスターが手放したという話はついぞ耳にしたことがない。
 一個の職種を割り振られている以上、自分がビーストにしたモンスターの野性を抑える特別な適性を持っているのかもしれない…。

 そうする内に、二人は食堂に着いた。
 特別寝坊をしたとは思えないから、まだ朝食の支度は整っていないかもしれないが、早く行っておいて損をすることもないだろう。

「ラルファグさんって、多分ビーストマスターに向いてますよ」

 扉を開ける直前、マーナがふと思いついたように言う。

「どうして?」

「だって、カオが似てるんだもの」

「………」

 やっぱ、ビーストマスターになるような人間はちょっと違うのかもしれないなァ…。
 心の中で呟きながら、ラルファグは食堂の扉を開けた。

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