第7章−8
(8)
会議を一つ終えて、サースルーンは謁見の間にやって来た。
ふと見ると、修繕の為に呼ばれて来た職人達がどこから手をつけて良いものやら分からずぽかんと立ち尽くしている。
サースルーンはそんな職人達の様子におかしそうに表情を和らげると、張りのある若々しい声で彼らに呼びかけた。
「どうだね、作業の進み具合は?」
職人達がビックリして一斉に振り返る。
ぼんやりしているところへ突然王様に話しかけられたのだから驚きもひとしおだ。
慌てふためいて居住まいを正す。
それから、サースルーンの一番近くにいた最年長らしい男が、すっかり恐縮しきった様子で口を開いた。
「ど、どうも陛下、気づきませんで…」
あがってしまってうまく言葉にならない。
来客の予定はないと言われていたのでサースルーンはここに来ないと思っていたのだろう。
「いや、そんなことは構わんよ。それよりどうだね?
この壁、何とかなるだろうか」
「はあ…まあ、壁は何とでも出来ましょうが」
今にも俯きそうに視線を落としながら、それでも下を向いてしまうことは無礼にあたるだろうとかろうじて顔を正面に向けている彼の様子を見ると、今にも吹き出してしまいそうにおかしかったのだが…特に珍しくもないいつものことだったし、何より今笑ってしまうのは彼に失礼だと分かっていたので、サースルーンは何でもないような口調でさらに続けた。
「そうか…何とでも出来るなら、どうだろう、ここに一つ大きな窓を作りたいんだが。展望台にあるような」
「大きな窓…ですか? そうですね、ここは眺めもいいし、謁見の間ももっと風通しがいい方が居心地がいいでしょうから…城の強度に影響を及ぼさない範囲で作ってみましょう」
「よろしく頼む。それにしても厄介なものだ、魔法というのは…何もかもを一瞬で破壊してしまうのに、それを修復するものはないんだからな。回復魔法は生き物にしか効き目がない…面倒な話だよ」
「はあ…物を修復する魔法、ですか。そうおっしゃられると、なるほど確かにないようですが…」
曖昧に語尾を濁す年かさの職人の方をふと見やって、サースルーンはふと思い至った。
「ああ、悪い悪い。そんな魔法が出来ると君達の仕事がなくなってしまうな」
「いえ、そんな」
「魔法というものはまったく使い方が難しい。剣や槍を手にする方がどれだけ気がラクか知れんよ」
タメ息をつくようにそう言ったとき、謁見の間の入り口に駆け込んで来る足音を耳にして、サースルーンは顔だけそっちに振り向ける。
ちょうど戸口の所に据えられた視線の先に現れたのは、ひどく慌てた様子のセレイスだった。
ひどく慌てた−と言っても、深刻な事態に切羽詰まったような慌て方ではない。
それほどシリアスではないけれどもまるで予想もしていなかったことが勃発して、それで動転しているといった風だ。
王の視線にビックリしたように立ち止まり、背筋を伸ばして姿勢を正したセレイスよりも先にサースルーンは口を開く。
「どうした、何かあったか?」
「いえッ、あの…陛下、国王陛下が…じゃなくて、その」
「少し落ち着くまで待とうか?」
「いや、その…人間族の指導者、ゴールドウィン・レッドパージ陛下が王に謁見を求めて来られています」
「何?! すぐにお通し…いや、待て。それは本物のゴールドウィン王だろうか?」
「…と、おっしゃいますと」
「普段でさえあまりここに来られたことのないゴールドウィン王が、こんな時に、どんなに重大な理由があるにしろご自分で来られるハズがない。…かと言って、王の名を騙る者がいるとも思えんし…?」
首を捻って考え込む。
ゴールドウィン王がバルデシオン城に絶対来るワケがない、とは言い切れない。
何をしでかすかわからないといういささか不名誉な評判をその行動でもって自ら率先して世界中に広めている年若き国王陛下なら、ひょっとしたら来るかもしれない。
しかし、何の為に?
よもや周囲の意表をつく為、というのではあるまいが…。
「何を悩んでおられる、サースルーン王?」
不意に響いた声に、サースルーンはハッとセレイスの背後に注目した。
セレイスも驚いて体ごと振り返る。
二人の前、謁見の間の前の廊下に立つすらりとした長身の青年。
その姿を一目見るなり、セレイスは無意識のうちに彼に道を空けるように脇に退き、サースルーンは自らのつまらぬ疑問を恥じた。
彼がここに来るのは至極当たり前のことのように思えた…そして、彼の名を騙れるような者が世界にいるワケもなかったのだ。
「これはゴールドウィン王…失礼を致しました、どうぞお入り下さい」
微笑んで促すと、ゴールドウィンは小さくうなずいて謁見の間に入って来た。
力に満ちた確かな足取り、自信と誇りに満ちたゆっくりとした動作でサースルーンの前に立つと、ゴールドウィンは片膝をついて慣習に則った挨拶の言葉を述べようとした。
「何をなさいます、あなたらしくもない…そういう儀式を不必要なものだと広言してはばからなかったのはあなたの方でしょう」
サースルーンは笑いながらゴールドウィンを立ち上がらせた。
「そう言えばそうでしたか。なんせしつけの厳しい家に育ったものですから」
ゴールドウィンは悪戯っぽく瞳を光らせて応じる。
そうして改めて向かい合った二人は、どちらからともなく手を差し出してがっしりと力のこもった握手を交わした。
「お元気そうで何よりです、サースルーン王」
「ゴールドウィン王も。 ところで、このような折にこのような所へ一体どうして来られたのです?
…もしや、王都に何か異変が」
「いえ、王都の方は今のところ平穏無事…心配無用です」
手を放す。
サースルーンはゴールドウィンの格好をざっと観察する。
鋼鉄の薄板で作られた蒼いプレートメイル、厚手の生地の赤いマント、腰に提げたロングソード。
軽装ではあったが、『国王陛下』の普段着とは程遠い。
プレートメイルの下に着ている衣服はもちろん上等のものだったが、ブーツは相当にくたびれていて履き潰される一歩手前、といった感がある。
もっともそれはここに来るまでにそうなったのではなく、放浪好きな彼の性質がかなり昔にそうさせたのに違いなかった。
短い金色の髪に、何物にも屈することのない頑強な意志を宿した灰色の瞳。
全体に彫りが深く整った顔立ちは、人間族というよりは善竜人間族により近い。
髪の色も同じだったし、だからサースルーンは少なからぬ親近感を抱いてゴールドウィンに接することが出来た。
大体どの種族の誰とでも別け隔てなく付き合うサースルーンではあったが、やはり彼にも好き嫌いとか気に入る入らないとかの別はある。
人間族にはわりと気に入ってる者が多かったが、その中でも特にと言われれば、かつて幼なじみの友達のように親交を深め合ったガールディー・マクガイルや、命の恩人でありまたその傍若無人な性格を個人的に大いに気に入ってもいるチャーリー・ファイン…そして、自分の十分の一程度の時間しかまだ生きていないにも拘わらず自分よりよっぽど確固とした立派な態度で人間族を統率している、ゴールドウィン・レッドパージの名を、順番には少し迷いながらそれでもこの三つの名をためらうこともなく挙げるだろう。
「…それでは、どうして」
「いえ、ね、魔道士チャーリーがここにいると聞きつけたものですから。彼女に話したいことがあって、飛竜を急がせてやって来た次第です」
「なるほど、チャーリーですか…しかし、でしたら一足遅かったですな、チャーリーはサイトやおなじみの二人と一緒に聖域の洞窟のある島へ行ったところです。朝食が済んですぐに」
「聖域の…?」
「世界を救う力を持った宝石のありかを記した地図があるんだとかで。まあ、午後のお茶の時間には戻るとか言っておりましたから、ゴールドウィン王もそれまでゆっくりなさって行って下さい。…この部屋は涼し過ぎて落ち着けないと思いますので、別の部屋に移りましょう」
「ほう、確かに少しばかり涼し過ぎる。思い切った改築方法ですが…どうしてまた?」
「まあ、色々と。詳しい話は食堂で落ち着いてすることにしましょう」
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