第7章−7
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 チャーリー達が出て行ってしまうと、残されたメンバーは思った通り暇を持て余すことになった。

 …いや、残された者全員、ではない。
 サースルーンはまた何か会議があるとかで早々に出て行ってしまったし、ノルラッティとマーナはグリフの世話をするため連れ立って下へ降りて行った。
 グリフはもちろんチャーリーについて行きたがったのだが、翼を火傷させた一件でえらく神経質になっている彼女はそれを認めなかったのだ。
 食堂の窓から寂しそうにしているグリフの姿を見下ろすと、マーナはもう居ても立ってもいられずに、ノルラッティを急き立てて食堂から出て行ったのだ。

 そうして食堂に取り残されたのは、結局コランドとラルファグの二人だけということになる。
 食後に出されたコーヒーカップはとっくの昔にカラになっていたが、ここを出ても特に行くところもすることもないので、二人はただ何となくぼんやりと椅子に座っていた。

 そのうち、沈黙の空白に耐え兼ねたようにラルファグが口を開いた。

「なあ、夢見が悪かったって言ってたけど、一体どんなユメ見たんだ?」

 その声に、コランドははっとしたようにラルファグに視線を向ける。
 急に話しかけられたことを戸惑うようにきょとんとしたカオを見せてから、すぐにニヤッと愛想笑いで表情を崩した。

「いや、別に大した夢とちゃいますよ。得体の知れんモンが追いかけてくるとか、昔の嫌な思い出がよみがえってくるとか、そーゆー悪夢とはまた別モンですわ」

「だから、どんな夢だったんだ?」

「ホンマに大した夢とちゃうんやけど…まぁ、隠すよーなコトでもありまへんし。せやけど、えらい抽象的なもんですからな…」

「?」

「え〜と、まず、一面まっ暗なんですわ。見渡す限りの闇? いや、『闇』っちゅうほど邪悪な感じはせんのですけど。ともかく、新月の晩の森の中みたいに黒が広がっとるんです。四方八方に」

「うん…それで?」

「その黒の中…最初はすごい遠いトコに、黒に塗り潰されそうなほど弱々しい紫色の輝きが出て来るんです」

「紫の輝き?」

「そう。で、なんやろうと思ってるうちにその紫がどんどん近づいて来て…まっ、もしかしたら近づいとるんはワイの方かも知れんけど、とにかくそれがすぐ手の届くトコにまで来る。輝きは石ころよりもひと回り大きいぐらいのモンで、光もないところで紫色に輝き続けてて」

「それって、宝石じゃないのか?」

 ラルファグはふッと思いついたことを口に出した。
 コランドは八人の宝石の勇者の中に選ばれているから、もしかしたら彼が持つべき石が不思議な力で彼にそんな夢を見させたのかもしれない。
 しかし、それにしてはその石がある場所の暗示も何もないおかしな映像である。

「そうですやんなァ、ワイもそう思って、取ろうとするんでっけど…掴もうとすると指がすり抜けるんですわ。すッと。確かにそこにあるハズのモンに触れられん…躍起になって繰り返しとったら、そのうち紫の光が強くなって来て、目も開けとられへんようになって…思わず目をつぶった途端に、こっちで目を開けてしもたワケです」

「なんだ…変なユメだなァ」

「もうホンマに。なんかまだ目の中からあの紫が消えんので…もともとが紫ゆー色の嫌いなタチですから、余計に気持ち悪くて」

 コランドはため息をつくと、ぐったりとテーブルに突っ伏した。
 悪い夢、嫌な夢は一夜の眠りを帳消しにする。
 遅くまでマーナのお相手をさせられたその夜にそんな夢を見たのでは、さすがのコランドもくたびれ果てて当然か。

 昨夜のマーナが、朝食の席上で皆に披露したような気の利いた愉快なハナシをしたとは思えないから、結構大変だったたろうなァ…。
 対岸の火事のようにコランドのことを思いやりながら、少しでも気を紛らせてやろうとラルファグはさらに言葉を発する。

「けど、アンタの夢ってよっぽど色のイメージが強いんだな。中には見る夢は全部白黒だって奴もいるのに」

「? 夢ってのは全部色つきのモンとちゃいますの?」

 わずかに頭をもたげて問うコランド。

「いや、そうじゃないらしいんだ。個人差があるらしい。現に、オレの兄貴なんて生まれてから一度もカラーの夢を見たことがないってよ」

「へえ、そんなもんでっか。…ところで、お兄さんが?」

「え? ああ、言ってなかったか、まだ? 双子の兄貴がいるんだ。兄貴は名うての弓使いでね、ロガートにいるハズだけど」

「へえ、双子の。まぁ兄弟ゆうモンはなかなかええですやろな」

「う〜ん…基本的には、だな。兄貴が真面目な秀才肌なもんでよく比較されるんだ。そんなときは兄貴なんかいなきゃよかったのにって思うけど」

 言いつつも、ラルファグはニコニコと明るい笑顔を見せている。
 これだけで、ラルファグとその兄とが、親が自慢に思えるくらいに仲の良い兄弟なのだということが分かる。
 比べられて少しばかり不愉快な思いをしながらも、弟は兄を慕い、兄はそれに応えて弟をよく可愛がったことだろう。
 そうでなければ、あんなに嬉しそうな顔で兄のことを話せまい。

 きょうだいというものがどんなものなのか分からないコランドはちょっとだけうらやましそうな目でそんなラルファグの様子を見ていたが、やがて気を取り直すように息をついて、今度は彼の方から話を切り出した。

「ところで、ユメの話でっけど、味とか匂いまで感じられる人もおるそうですな?」

「ああ、聞いたことある。オレは匂いは分かるけど味までは…」

「へえ、匂いは分かる? そーゆーたらワイの夢なんか視覚と触覚だけのつまらんモンなんですなァ…」

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