第7章−10
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 ノックもなく開かれた扉の方に、コランドとラルファグは同時に目をやった。
 会話の種が尽き空虚な静けさが食堂を覆い尽くそうとしていた一瞬だった。

「…おや」

 軽く驚きの声をあげるサースルーン。
 朝食が終わってからずっとここにいたのか…初対面のように見えた二人が実は旧知の仲だったりしたのだろうか、と考えても考えなくても別にどっちでもいいことを一瞬考えて。

「話し中に邪魔をしてしまったかな?」

 朗らかに言う。

「いーえ、とんでもない。ちょうど話すこともなくなったところで」
「ここは王様の城なんだから気ィ遣わなくても」

 コランドとラルファグは同時に口を開いた。
 中途で言葉を切って顔を見合わせる二人を、サースルーンはちょっと笑って眺めやり、それから体をずらして後ろを示しながら、

「私達も同席させてもらって構わんかね。…こちらは、二人とも知っていると思うが…」

 サースルーンの隣に悠然とゴールドウィンが歩み出る。
 その姿を一目見るなり 。

「げッ?!」

 間抜けな声を発して思わず立ち上がるコランド…と、ゴールドウィンの視線が真っ向からぶつかった。

 灰色の瞳は一瞬刃物のような鋭利さをもってコランドに向けられたが、その険しさは一秒後には陽光に照らされて雪が溶けるように消えてなくなる。
 代わって親しげな表情が現れ、ゴールドウィンは棒立ちになったコランドに親友に対するように声をかけた。

「そうか、お前がコランド・ミシイズか。噂には聞いていたが、まさかこんな所で会えるとはな」

 嬉しそうに言うゴールドウィンとは対照的に、コランドは頭から冷水を浴びせかけられたかのような哀れっぽさをその身にまといつつ真っ青になって突っ立って言葉もない。

 彼には王都の王城の宝物蔵に忍び込んで、王家の典礼用の豪華なマントにちょっとしたイタズラをした前科がある。
 …ちょっとしたイタズラとは言え、それは誇り高い王家の名誉に泥を塗るのには十分過ぎる程にフザケた行為だった。
 王家の人間がコランドを快く思っているワケがない…なのに、いま彼の目の前に立っているのは、その王家の筆頭中の筆頭、現国王のゴールドウィン・レッドパージなのだ。

 コランドがあの事件を起こしたとき、彼はまだ王位に就いていなかった。
 戴冠式を間もなくに控えてはいたが───そう、要するにコランドが悪ふざけをしかけたマントというのはまさにゴールドウィン・レッドパージその人が正装の上に身に着けるはずのものだったのだ。
 コランドが青くなって逃げ出そうとするのも当然というもの。

 しかし、さっきの反応はマズかった。
 この切れ者の国王陛下を前にしてあんな態度をとってしまうなんて、自分から名乗ったも同然じゃないか。
 不意をつかれてビックリしたとは言え…やはり、疲れているのだろう、色々なことに…。

「まあ待て、落ち着いて座り直したらどうだ? 私にはお前を捕まえる気なんかは全くないのだから」

 親しげな微笑を絶やさぬまま穏やかに言うゴールドウィンに、探るような視線を向ける。
 表情にウソはない、が。

「そやけど、ワイのやったことは…」

「ああ、アレか? 私自身は全然気にしていない。むしろ愉快ですらあったよ。あの蔵から何かを盗み出せる者がいるなんて…それに、罪人を捕らえるのは衛士の仕事だ。私の役目ではない」

「………」

 コランドはあっけにとられたようにゴールドウィンの顔を見つめた。
 …やがて、ホッと息をつくようにして再び椅子に腰かける。

 ああまで言われて、それでも無理に逃げるのはいかにもカッコ悪かったし、まだここでやらなければならないことも残っている。
 チャーリー達が戻って来るのを待たなければならない。
 どこへ行っても仕方がない。

 サースルーンはゴールドウィンに椅子をすすめてから自分も腰を下ろした。
 午後のお茶の時間にはもう二つ席を用意させなくては、と思いながら。

「シェリインにさえ行けば魔道士チャーリーには必ず会えると思ったのだがな。サースルーン王の方が早くに行動を起こされたようだ」

「それは───邪竜人間族のことですからな。我々が一番に対応しないワケにはいきますまい」

「しかし、今回の事件の張本人となったのは我ら人間族の魔道士ガールディーです。私ももっと早くに動くべきだったのかもしれない」

「国王陛下はどうしてバルデシオン城に来られたんです?」

 それまで黙ってなりゆきを見守っていたラルファグが不意に問うた。
 ゴールドウィンの灰色の視線がそちらに向けられる。

「狼人間族の…」

 そこで言葉を切ったゴールドウィンの意図を素早く察知して、

「ロガートの森のラルファグ・レキサスです」

「ラルファグ・レキサス…ふむ、族長殿のご令息の、弟君の方だな」

「お、弟君だなんて…そんな大したモンじゃないスけど…」

「いい質問だ。…私がここへ来たのは、王家の洞窟で奇妙な宝石が見つかったからなのだよ」

「奇妙な宝石?」

 サースルーンが反復し、三人は思わず身を乗り出すようにしてゴールドウィンに注目した。
 彼らの反応を特におかしいとも思わぬ様子で、国王陛下は言葉を続ける。

「そう、緑の…おそらくは翡翠だと思うのだが」

「ヒスイ…おそらく? そんなん、目利きに見せたら一発でわかるんとちゃいますの?」

「もちろんそうだろう。ところがそれが出来なかったのだ。その宝石は恐ろしいくらいの輝きを発していて、それに気圧されて並の人間では近寄ることも出来ない。それをなんとか近づいて掴み取ろうとした途端、手を出した兵士は雷に打たれたように弾かれて気絶してしまった」

 コランド達は思わずお互いの顔を見合わせた。

「保管品のリストの中にそんな妙な宝石は入っていないし、放って置こうにも光は洞窟の外にまで溢れ出ていてそのうち王都の住民達が騒ぎ出すのは目に見えている。もしかすると古代の魔力の封印された石なのかもしれないと思い、だったら魔道士チャーリーに始末してもらおうと思ってやって来たのだ」

「得体の知れない翡翠の処理のために、陛下自らが?」

 サースルーンが言うと、ゴールドウィンは少年のような笑顔になった。

「もちろん城の者は止めましたとも。しかし、シルヴァリオンは私がどうしたいのかよく知っていますから」

 シルヴァリオンというのは当然、ゴールドウィンの相棒である飛竜の名だ。
 空色の身体をした優美な外見のワイバーンで、主人と同じような性格をしている。
 王都の人気者でもある。

「とにかく、城に閉じこもっているのは性に合わないのでね」

「後で私が苦情を言われるようなことにならなければいいのですが」

 サースルーンの言葉に、二人は明るく笑い合った。
 コランドは他のことを考えているらしく、いつもの愛想笑いは消えている。
 …ラルファグは少しだけ不思議な心持ちでサースルーンとゴールドウィンを見比べた。

 こうして二人で仲良く話し合っているところを見ていると、彼らが本当の父子のように思えて仕方がない。
 二人が互いに敬語を用いて話しているにも拘わらず───サイトよりもゴールドウィンの方がサースルーンの息子−善竜人間族の皇子−には相応しいように思われてならなかった。

 サースルーンの息子にしては、サイトには少しも父王に似たところが感じられない。
 性格も、外見も。
 かと言って、ラルファグにはサイトの出自を疑うつもりは微塵もない。
 サイトの髪の色と瞳の色とが、彼が純然たる王家の生まれであることを何よりも雄弁に物語っている。
 普通の善竜人間族なら、黄金の髪に緑の瞳となるハズ。
 銀の髪に蒼い瞳を持って生まれるのは、善竜人間族の王族の他には人間族しかない。
 そして、サイトは人間族ではあり得ない。
 彼はちゃんとドラゴンに変身出来るのだ───それも、ホワイト・ドラゴンに。

 結局、サイトはあらゆる点で母親似なのだろう。
 佳人薄命の言葉を実践してみせるかのように早々にこの世から去ってしまったサイトの母−サースルーンの妻。
 彼女が亡くなったときのサースルーンの悲嘆ぶりは、恋愛がらみの詩を好む噂好きな吟遊詩人達が歌詞に組み入れるのを自主的に控えたほど凄烈なものだった。
 一時期など、善竜人間族達の間で王が王妃の後追い自殺をするのではないかと真剣に囁かれたりもした。
 しかし、サースルーンは自殺したりはしなかった。
 己の半身−いや、身体の大部分をもぎ取られたような苦しみと辛さに耐え、生き抜くことを決意した。

 …全てはサイトの為に。
 彼が一人前になって王位に就くのを見届けるまでは、何があっても自分は生きていなければならない、それが自分の使命なのだ、と考えて。

 オレは誰にこの話を聞いたんだったかな…。

 ラルファグはぼんやり考えていた。
 と、その思考を破るように、コランドが口を開いた。

「その宝石を何とか出来るんは、チャーリーはんやなくて案外ワイらかもしれまへんな」

「何? それはどういう…そう言えば、魔道士チャーリーはなぜ聖域の洞窟の島へ? 私はまだ何も聞いていなかったな」

 そこで、コランド達三人は交代しながらゴールドウィンにこれまでのことを説明し始めた。

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