第6章−1
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《第六章》
(1)

 気絶してしまったラルファグに駆け寄ると、ノルラッティは片膝をついて彼の身体の上に手をかざした。
 小さく呪文を唱える。
 指先から放たれた柔らかい光が、ラルファグの意識を取り戻す。
 短く呻いて起き上がるラルファグ。

「い…今のは、何なんだ…?」

 さっぱり訳が分からないという顔で、床に座ったままチャーリー達の方を見上げる。

「つまりだな…」

 ヴァシルが歩いて行って床の上に放り出されたアクアマリンを片手でつまみ上げた。

「この石は特別な宝石で、選ばれた奴しかさわることが出来ねーんだよ。そんで、お前が選ばれてるのかどーなのか試してみたんだが…違うみたいだな」

 悪びれもせず、ラルファグを見下ろして言う。
 ラルファグは立ち上がると、服の裾を軽く払った。
 ノルラッティもちゃんと立って、チャーリー達の方に向き直る。

「それならそうと一言ぐらい言ってくれないと…こっちにだって心の準備ってモンがあるんだから」

 根にもった様子もなくあっけらかんと言ったラルファグの明るい表情に、気を揉んでいたトーザとサイトはほっと息をついた。
 さっきのヴァシルのいきなりの行動でラルファグが腹を立ててここでケンカにでもなったら厄介だなぁと、内心思っていたのである。

 どうやらラルファグは戦士然とした外見とは裏腹に意外と温厚な性格の人物であるらしい。
 酒場でチャーリーとケンカをしたというのは、直前の口論に頭に来たからではなく、多分にバトルマニア的な彼自身の性向に基づいての行動に違いない。

「まあ、もう二度とやらんから許せ」

「ヴァシル、それは貴重な宝石なんでござるから、そんなにぽんぽん投げるのもどうかと思うんでござるが…」

 トーザが控え目に声をかける。
 ヴァシルは片手の平にアクアマリンを載せたままトーザに向き直った。

「何言ってんだ、宝石は硬いからどんなに乱暴に扱っても壊れやせんだろ…ほら、コランド、返すぜ」

 言いざま、ヴァシルはぽいっと手の中の石をコランドの方に放り投げた。
 不意をつかれたコランドは、慌てふためきながらも何とかアクアマリンを両手で作ったお椀の中に受け止める。

「お、お宝を、こんな扱いするやなんて…」
「あの〜…それ、一応善竜人間族の宝なんですけど…」

 少しばかり粗末にし過ぎているような気がしないでもない。
 ヴァシルの言う通り、アクアマリンなんて思いっきり床に叩きつけても欠けもしないだろうから、あまり神経質になることはないと言われればそれはそうなのだが。

『ホントッ、一体このアクアマリンを何だと思ってんのッ?!』

 いきなり、あの宝石の精の声が謁見の間にいる全員の頭の中に響き渡った。
 耳障りなくらいに甲高い声が立て板に水の勢いでまくしたててくる。

『あんねぇ、コレはねえ、唯一の『闇』を打ち倒す力を持つ八つの宝石の内の一つなんだよッ? それを何だよ、さっきから投げたり落としたり好き放題やってくれちゃってさ! それに、気軽に関係ないヒトにぶつけたりしてるけど、そんなツライ事しなくたってちゃんと勇者は見分けられるんだぞ!』

 やっぱりそういう方法があったのか…。
 チャーリーがわずかに顔を上げて中空に視線を投げる。

「その方法を教えておいてくれないか?」

 サイトが口を開く。

『うん、いいよ。あんな扱いされてたんじゃこっちもたまったもんじゃないかんね…そいじゃ、しっかりちゃんと聞いててよ。…宝石が光を出して反応するのはね、本当の持ち主がそばに来たときだけなんだよ。ただの光じゃなくて、ちょっと変わった光…そーだな、強烈で目も開けてられないような閃光とか、とにかく変わった輝きで、その石を持つべき人を指し示すんだ。さっきのノームの宝石もそーだっただろ?』

「えッ…」

 サイトが意外な声を発して手の上の緑色の石を見、それからノルラッティの方に目を向ける。
 彼女自身も、ひどく驚いた顔でコランドが持ったアクアマリンを見つめていた。

『アクアマリンの場合は、宝物庫で見せた強い光。ノームの石と反応した分もあるからちょっと分かりにくかったかもしんないけど』

 そうすると、アクアマリンの持ち主はサイトだということになる。
 夢のお告げにより善竜人間族にもたらされた宝石なのだから当然とも言えるが、サイトと宝石の精との性格のギャップがこの組み合わせに少なからぬ違和感を覚えさせるのだ。

「それじゃ、八人の中の一人なんだけど、その石の持ち主じゃないって人を調べるにはどうするの?」

 まわりをキョロキョロ見回すのをようやくやめたマーナが問う。
 他の皆はあれからすぐに、きっとこの声はあのアクアマリンの中(?)にいる精霊のものだろうと気づいて視線を落ち着けたのだが、マーナは今の今までしつこく声の主を捜していたのだ。
 カンが鈍いといおうか、頭の回転が遅いといおうか。
 ノルラッティも友人だったらそんなマーナに一声かけて止めてやればいいものを。

『それはね…ちょっと厄介だな、四大がいればやってもらえるんだけど。いないときは、四大の管理下にある宝石が二つ必要なんだ。二つあれば、見分けることは出来るよ。勇者だけを包む光の膜を出せるようになるから』

 海辺の洞窟でノームがやったのと同じことを宝石の力だけで出来るということか。
 それが出来れば便利なんだろうが、今は四大の宝石はノームのもの一つしかないから試すことも出来ない。

「そーゆーモンなのか…」

 ヴァシルがうんうんとうなずく。
 本当に彼が理解しているのか、それとも理解したふりをしているだけなのかは長い付き合いのトーザやチャーリーでもすぐには判別出来ない。

 ヴァシルには少しばかり抜けたところがあるのでちょっと込み入った話になるとすぐ筋を取り違えたり単語を聞き間違えたりしたまま記憶して、後で周囲を混乱させることがよくある。
 今回はそういうコトがなければいいのだが。

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