第6章−9
(9)
いつまでも中庭にたまっていても仕方がないので、チャーリー達はすっかり涼しくなった謁見の間へぞろぞろ移っていた。
駆けつけて来た兵士達は、ひとまず脅威が去ったと判断して−そして、この場に自分達に出来ることが何一つ残っていないらしいと判断して−またいずこへともなく戻って行った。
バルデシオン城は意外と相当広いらしい。
…しばらく、全員でぶち抜きになってしまった壁を見つめてしまう。
「見事なもんだなー」
完全に他人事の顔で−実際そうなのだが−ヴァシルが呟いた。
「どーします、これ?」
チャーリーがサースルーンを振り向く。
サースルーンは軽く肩をすくめてから、
「こっちの壁にはもっと大きな窓を作ろうと思っとったんだ。ちょうどよかったよ」
わざとではなくごく自然に明るく言った。
まるで気にしていない様子だ。
全然芝居っ気がないところがまた素晴らしい。
きっと本当に窓を作ろうと考えていたのだろう。
…まっ、あんだけ蓄えがあるんだから、壁の一つや二つ吹っ飛んでも平気か…。
チャーリーはまた消し飛んでしまった壁の方に向き直り、すっかり良くなった眺めを少しだけ楽しんだりした。
確かに、こっちにはもっと広い窓が必要だろうと、現実逃避気味なことを考えながら。
本当は他にもっと考えるべき重要な問題がいくつか心の中にはあったのだが、右腕にしつこく『闇』が牙を立て続けているので、あまりややこしいことを頭の中に引っ張り出す気にはなれなかったのだ。
「でもよ…魔法って、ここまでのコトが出来るんだな…オレ、こんな威力のある魔法見たの初めてだぜ」
未だに興奮醒めやらぬ口調で、ラルファグが誰にともなく言った。
それを聞いたコランドが大きくうなずく。
「ホンマ、とんでもない魔法ですな。もしこの場にチャーリーはんがおらへんかったらと思うと、ぞッとしますわ」
大仰に身震いしてみせる。
彼の言葉に、チャーリーは背中を向けたままため息をついた。
「私がここにいなきゃガールディーはこんなコトしなかったよ…アイツは私を試したんだ」
「あの攻撃を防げるかどうか、でござるか?」
チャーリーはしばらく沈黙していたが…やがて。
「あんの野郎ぉ、ウソつきやがって…」
尋常でない声でボソリと呟く。
「え?」
皆の視線が集まる。
「なァにが『これでお前は名実ともに世界一の大魔道士だ』だ!
冗談じゃない。要するにアレは、自分の引き受けた仕事を手伝わせたり押しつけたりする為に、私をおだててただけじゃないか」
肩が小さく震えている。
ヴァシルとトーザは顔を見合わせた。
「まわりの人にも自分が私に超えられたように見せかけて、全然世俗から離れてない隠遁生活なんか決め込んじゃって、つまり私は騙されてただけじゃないか。これじゃ私は道化じゃないか。ガールディーの奴、何年間私を騙してたと思ってんだ!
ふざけんなよッ!!」
それまで感情をひた隠しにして淡々と喋っていたチャーリーの言葉が、語尾になって不意にヒステリックにはね上がった。
叩きつけるような激しい語調に、ポカンとなって見ていた皆の肩がビクッと震える。
マーナのウエストポーチから顔だけ出していたちゅちゅが慌てて中へ隠れてしまった。
グリフはどうしていいのか分からないといった顔を向けたまま、喉の奥で寂しげな声で鳴いた。
「全然かなわなかった…かすり傷一つ負わせられなかった!
あんなに至近距離で叩き込んだ魔法も効かなかった、手抜きなんてしてなかったのに、本気でかかっていったのに…グリフやノルラッティがいなけりゃ、今頃、殺されてた…」
絞り出すように言って、がっくりうなだれる。
彼女がこれまで一度も見せたことのないひどい落胆ぶりに、誰もが励ましたり慰めたりする言葉を失っていた。
「結局、私はタダの、自信過剰の身の程知らずだったッてコトか…」
ぽつりと呟く。
その声があまりに寂しげで、そしてあまりに辛そうだったのに耐え兼ねて、サイトが一歩前に出るようにして言った。
「そんなコトないですよ、チャーリーさんは一度ガールディーを跳ね飛ばしたじゃないですか!
雷撃魔法で、バリアを張る暇さえ与えずに!」
「ガールディーはわざとバリアを張らなかったんだ」
…サイトの言葉を否定したのは、チャーリーではなかった。
サイトが顔色を変えて声の方を振り向く。
腕組みしたヴァシルが、射るような視線をチャーリーの背中に向けていた。
「お前の魔法なんかバリアなしでマトモに食らっても何でもないんだって思い知らせてやるために、ワザと撃たせたんだ…そうだろ?」
「ヴァシルさん…!」
サイトが体ごとヴァシルに向き直って、怒りも露に睨みつけた。
ヴァシルはチャーリーの背中から視線を外すと、サイトの方ではなくトーザの方を見て、さらに続ける。
「常日頃から世界最高を自称しといて、いざッて時にズタボロにやられるんだから世話ないよな。オレ達がいなきゃ、さっきだけで三回は死んでたし」
トーザは何も言い返さず、首を傾げるようにして向こうを向いたままのチャーリーの背中を見つめている。
「あの…ちょっとそれはヒドいんじゃないですか?」
決然とした様子でノルラッティが言った。
「そうだ、どうしようもねーじゃねェかよ、相手は『破壊者』に選ばれるような奴なんだぜ?」
ラルファグも同調して声をあげた。
「それやし、トーザはんも、黙っとらんと何か言い返したらどないですのん?
そんなんやったら、トーザはんまでチャーリーはんを責めとるみたいに思われまっせ?」
コランドもいつになく尖った目でヴァシルとトーザを見る。
「でもなァ…ここで甘くすると、アイツつけ上がるぜ?」
悪びれもせずにヴァシルは皆の反感を切り捨てた。
「つけ上がるって…そんなコト…」
「それに、アイツ、いっぺんぐらい蹴落とされてドン底になった方がいいんだよ。今までホント負け知らずだったからな、どんだけ才能があったって、負けなきゃそれ以上は強くなれねーしな」
戸惑った皆の視線が自然とトーザに集まる。
トーザは、うなずくでもなく嫌な顔をするでもなく、普通なことこの上なく普通の顔で自分を見た皆を見返した。
「それでも…」
サイトが反論しかけたとき。
「そうだ、確かに私は今まで負け知らずだった」
唐突に、声が響いた。
全員がハッとチャーリーを見る。
その動作に応じるように、彼女はくるッと皆の方へ向き直った。
「どんな奴にも負けなかったし、負けると思ったことさえ一度もなかった。自分のこの力に絶対の自信を持ってた。この力は私の誇りだった。私は、私の持っているこの力以外のものを信じたことなんて、一度も…」
言葉が途切れる。
動揺しすぎて蒼白になっている。
しかし、瞳には強い光があったし…涙のかけらすら見せずに、まっすぐに立っている。
まっすぐに皆を見渡している。
いいぞ、とサースルーンは思った。
まだチャーリーは負けてはいない。
さっきは負けそうになっていたが…ヴァシルの言葉に自分を取り戻したのだ。
負けなければそれ以上強くなることは出来ない−限界を知らなければさらなる高みを目指すことは出来ない。
それに気づいたのだ。
…もっとも、ヴァシルがそこまで深い意図を持ってあの言葉を口にしたかどうかは不明だが。
何にしても、チャーリーは本質的には強い人間なのだ。
たったあれだけの言葉で、まだショックは抜け切っていないものの自我の大半を立ち直らせつつあるのだから。
「…でも───そうだ、私はまだ負けたワケじゃない。確かにガールディーにはかなわなかったけど、手も足も出なかったなんてハンパなモンじゃなかったけど、私はまだ死んでいない…命がある限り、再戦のチャンスはある。再戦のチャンスがある限り…私は負けを認めるワケにはいかない!
負けてない!」
言い切った強い視線は誰の姿も見てはいない。
それでも、彼女の言葉はそれなりに一人一人の心に、程度の差こそあれ染み渡った。
ヴァシルが組んでいた腕をほどき、両手を腰に当てて大きくうなずいた。
「自己過信もそこまでくりゃ上等だ。…んで、これからどうするつもりだ?」
「…明日」
「明日?」
「明日、ガールディーの小屋へ地図を取りに行く」
「メンバーは?」
トーザが間髪入れずに問う。
「ヴァシルと、トーザと、サイト」
さらり。
名前を言われた三人は一瞬考え込んだ。
「…チャーリーはどーするんでござるか…?」
「おしろでグリフとおるすばん」
…やはりショックが大きすぎたのだろうか、幼児退行してしまっている…。
「あのなあァ…ガールディーん家の戸棚のハーブの缶なんかオレらに分かると思うかッ?!」
ヴァシルに怒鳴られてハッと正常に戻る。
「あ〜、分かった分かった…私も行くよ」
「それに、あの島は今ではモンスターの巣になってるハズです。攻撃魔法を使えるチャーリーさんがいないと、少し無理が…」
「行くっつってんでしょ! しつこいッ!」
「ス、スイマセン…」
「魔法なんかに頼らなくたって、いざって時にゃサイトのブレスで島ごと焼き払っちまえばいーんだよ」
「…地図はどーなるんでござるか…?」
「…あ」
のどか過ぎる会話に頭痛を覚え、額に手を当てるチャーリー。
…頭を抱えられないので両腕がないのは不便だと、初めて思った。
「ところで、チャーリーはん達が地図を取りに行っとる間、ワイらはどーしてたらええんでっか?」
「別にどうもしてなくていい。厄介なコトだけしないでいててくれたら、何してても構わない」
「へ? それでいーんですのん?」
「朝ご飯食べてから行ったとして、手間取っても昼過ぎには戻って来るよ。その間に何をしよーっての、アンタは」
「そんなモンなんでっか…?」
「サイトのブレスで焼き払える程度の大きさしかないからね、良くも悪くも大したコトないんだよ、あの島は」
「…別にそういうつもりで言ったんじゃねェんだけどなぁ…」
「それでは、この後は」
「はいはいはーーーいッ! あたしの歌はどーなったんですかァ?」
「あ、ああ、そう言えば…」
びしいッと挙手したマーナにおされて思わず怯んでしまうサイト。
「さっき聴いたと思うんだが」
王座に深々と腰を下ろしたままぼそりと会話に入って来るサースルーン。
「あれは違いますよぉ! それに、みんなマトモに聴いてなかったし、あんなのじゃココに来た意味ないじゃないですかッ!」
「十分あったと思うんやけど…」
「ダメなのッ! 最初っから最後まで歌いたいッ!
一から十まできっちりやるのッ!」
「あ、あの、歌えばそれで気の済むコですから、一曲だけでも聴いてやってくれませんか…」
ノルラッティがとりなすように進み出る。
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