第6章−3
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「あれを防ぐとは、さすがだな、チャーリー」

 見下ろして言葉をかける。
 チャーリーはじっと見上げている。

「だがまァ、そのくらいじゃないとな。お前は世界一の魔道士なんだから」

 わずかな嘲り。
 チャーリーの瞳に一層の敵意がこもる。
 しかし、何も言わずに彼女はただ立っていた。
 言ってやりたいことは胸の中に山ほどあるハズなのに、ただ黙って立ち尽くしている。

 呼吸をするのさえ忘れてしまったように動きを止めて状況を見守っている仲間達の目には、チャーリーが立ちすくんでいるようにも見えた。
 …恐怖のあまり、動けなくなっているようにも。
 怯えている…チャーリーが、ガールディーに?

 しかし、そうではなかった。

 チャーリーがいきなり両手をガールディーに向けて突き出した。
 大岩ほどもありそうな火球が飛び出す。
 ガールディーが身体を引きかける。
 ほぼ同時に、炎の球は破裂した。
 何百もの火の矢が、磁石に引き寄せられる砂鉄のようにガールディーに向かって行く。
 …それらは、彼の身体を包んだ光の膜に次々と、そして一つも残らずにたちまち吸収された。

 ガールディーがチャーリーの立っている方に片手を差し出す…が、彼女の姿は既にそこにない。
 唖然となってガールディーに降り注ぐ炎の矢を眺めていたヴァシル達にも、チャーリーがいつそこから飛び出したのか分からなかった。

 …周囲を見回すでもなく、ガールディーは体ごと後ろに振り返った。
 同時に、その二メートル離れた前方に、チャーリーが姿を現す。
 至近距離で撃ち合った攻撃魔法が真っ向からぶつかり合い、激しい爆発が起こる。
 二人の姿は消え、瞬きを一つするほどの間に、お互いの間に十メートル以上の距離を開け、城から二十メートル離れた空中に移動していた。

 ようやく気を取り直した皆が、壁のあった方に駆け寄って来る。
 それと前後するように、異変を聞きつけた近衛兵達がどやどやとやって来た。
 彼らの対応は決して遅かったわけではない。
 さっきの出来事が、あまりに短い間に起こったことだったからに過ぎない。

「何事ですか、一体、これは…」

 近衛兵隊長が抜き身の銀の剣を手にしたまま、驚いて口を開いた。

「ガールディー・マクガイルだ」

 振り向きもせずに、サースルーンが言う。
 隊長の顔がサッと緊張に引き締まる。

「援護しますか?」
「いや…もう少し、様子を見よう」

 チャーリーとガールディーは、今は相手を攻撃する素振りも見せずにただ睨み合っていた。
 何かを話している様子もない。
 一瞬後に何が起こるのかまるで見当もつかない。

 あの二人が何を考えているのかも。
 そして、どうしてガールディーが単独でここにやって来たのかも。
 分からない以上、むやみに手出しは出来ない。

 二人は二人にしか理解出来ない会話を交わしているのかもしれないし…それに。サースルーンは胸を裂く刃のように生じたその思いを言葉に換える。

 私達に手出しは出来ない、多分、何が起ころうとも…手出しをすれば、結局、あらゆる意味でチャーリーの足手まといになるだけだろうから。

 …ガールディーが、すっとチャーリーの方に近づいた。
 チャーリーはまったく動じることなく、ガールディーを見据えている。
 ガールディーは自分の声が相手の耳に届く位置まで漂って行くと、そこで静止した。

「元気そうだな」

 ガールディーが微笑む。
 意外にも、それは懐かしいあの笑顔だった。
 チャーリーが『先生』と呼び、たった一人の育ての親として慕った、だらしなくてどうしようもない男だけれど優しくて頼りになる、ガールディーのあの笑顔…。

 チャーリーはふと、自分がとんでもなく間違ったことをしているんじゃないかという奇妙な錯覚にとらわれた。
 …ガールディーがドラッケンを扇動して世界大戦を起こそうとしているというのも、『闇』に『破壊者』に選ばれてしまったのかもしれないというのも、全部長い長い夢の中の出来事で、自分は本当はたった今目覚めたばっかりなんじゃないか…。

 でも…。

 チャーリーは城の方に目を転じた。
 壁の吹き飛んだ謁見の間…もし、気づいてバリアを張るのが一瞬でも遅れていたなら、自分もあそこにいた仲間達も…。

 夢や錯覚なんかじゃない。
 この笑顔はニセモノだ 。
 自分に強く言い聞かせ、より一層瞳に力を入れてガールディーを見返す。

「おかげさまでね。それはそうと、一体何しに来たワケ? お城、あんなにしちゃって…」
「なに、久しぶりにお前の顔を見たくなってな…それに」

 横目で城の方を見る。

「ヴァシルやトーザもいるのか。新顔も見えるな…友達増えてよかったじゃないか。お前みたいな性格破綻者でも友人は出来るんだな」

「何しに来たワケ?」

 油断なく、チャーリーはガールディーの動きから目を反らさない。
 今のところ攻撃して来る気配はないが、気を許すことは出来ない。
 こうして話している間にも、どんな呪文を用意しているのかまったく予測がつかないからだ。

「話をしようと思ってな…」

「何の」

「いや、俺としてもお前を敵に回すのは疲れるんだ。他にやらなきゃならないことも結構あるしな…そこで、お前に言っとこうと思って」

「なんて?」

「俺に協力するか、それとも何にもせずに黙って俺のやることを最後まで見てるか、どっちかを選べってな」

「協力するなら生命は助けてやるとでも言うつもり?」

「 おいおい…お前らしくもなく間抜けなコトを言うじゃないか」

 ガールディーはおかしそうに言って腕組みした。
 斜めに見上げる感じにチャーリーを見る。

「『破壊者』ってのは、分かるか、世界を破壊する為に選ばれた奴のことなんだぜ。現在俺達の生きているこの世界を、完膚無きまでに叩き潰す為に選ばれた、な…。いいか、破壊の後には何も残らないんだ。何も。他の奴らは当然のこと、お前も、そして俺もな。何も残らない」

「…!?」

「お前が俺に協力しようがしなかろうが、最終的には俺はお前を殺さなきゃならんのだがな…しかし、お前が大人しくしてくれればそれだけ早く終わるから助かるんだ。手伝ってくれればもっと早く終わるから、言うコトなしだ」

「手伝うって…何を?」

 探るような瞳でガールディーの表情を窺う。
 余裕ありげで不敵なその目つき。

 …いつもの顔だ。

 『闇』に憑かれているような様子はない。
 びっくりするほど普通の表情…そんなカオでとんでもないコトを喋っているガールディーを見ているうちに、チャーリーはまたあの奇妙な錯覚を感じ始めた。

 …私の耳がおかしいんじゃないだろうか。

 そう思ってしまうほどに、ガールディーは『普通』だった。
 ぼんやりと想像していたのとは違う。
 『闇』がとり憑いているなら、もっと悪どい顔になっていると思っていた。
 そうでなければ、きっと瞳の中に異変が見られるだろうと。

 しかし…。

 ガールディーが沈黙しているのを見て、チャーリーはついさっきの自分の愚かな問いを恥じた。
 何を手伝うかなんて、そんなコトは聞かなくても分かるコトじゃないか。

 破壊しろと言うのだ。
 この世界を。
 幸福の基盤であるこの世界を。

 少しだけためらい…やがて、相手を真っすぐに見つめ、切り捨てるようにチャーリーは言った。

「どちらも嫌だと言ったらどうする?」

「そうだな…」

 組んだ腕をほどいて、ガールディーはニヤッと笑った。

「不穏分子は早目に取り除いておいた方がいいッてコトになるだろうな」

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