第6章−4
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 言い終わるのを待たず、チャーリーの腕が動いた。
 ガールディーの胸を殴りつけるように繰り出された堅く握られた拳から、青白く弾ける雷撃が激しい川の流れのように彼に襲いかかる。

 ガールディーはバリアを張らなかった。
 電流の衝撃に跳ね飛ばされ、薄い煙に包まれながら自由落下を始める。

 様子を見守っていた皆が思わず身を乗り出す。
 二人の話の内容はあまり聞き取れなかったが、穏やかでない雰囲気だけはずっと感じていた。
 だから、チャーリーがガールディーに攻撃を仕掛けたことには別段驚きもしなかったが…驚いたのは、ガールディーがたったの一撃であそこまで吹っ飛んでしまったことに対してだ。

 何故ガールディーはバリアを張らなかったんだ?
 張れなかったハズはないのに!

 思いながら、チャーリーは二発目の雷撃魔法を落ちて行くガールディーに向かって叩きつけた。

 ガールディーの姿が消える。
 移動魔法だ。
 チャーリーの魔法は城の中庭の芝生を無残に抉った。

 咄嗟に全身を包むバリアを張る。
 ほぼ同時に、右側から信じられないほどの衝撃波が襲って来た。
 そのショックを三分の一ほど和らげた段階でチャーリーのバリアは消し飛び、残り三分の二の衝撃をマトモに食らった彼女は左側に滑るような格好でかなりの距離を飛ばされる。

 …なんとか踏みとどまったものの、意識が遠くなった。
 痛みこそ感じなかったが、ダメージはかなり深刻だ。
 チャーリーは打たれ強い方ではない。
 これまで、相手からの攻撃を受けたことなどほとんどなかった。
 全部、その前に片付けていたから。

 空中に静止したままふらふらになっているチャーリーに、ガールディーが叫ぶ。

「どうだ、俺に力を貸さないか!? そうすりゃもうちょっとだけでも生きてられるぜ!」

 言いながらもガールディーは両手で球の形を作るようにして、火炎魔法と雷撃魔法のパワーを凝縮させたエネルギー弾を膨らませている。
 直撃すれば骨も残らないだろう。

「だ、誰が……」

 必死に言おうとするが、声が小さく掠れてしまう。
 ガールディーには聞こえなかったはずだ。
 しかし、その態度からチャーリーの反意を読み取るくらいなら、出来た。

「それが答えか…」

 薄い微笑。
 そして、エネルギー弾を持ったままの両手を頭上に振り上げる。

 …と、それを待っていたかのような抜群のタイミングで、何者かがガールディーの背中に身体ごと思い切りぶつかった。
 予想外の攻撃に少しだけ動揺したガールディーの手の中で魔法が暴発した。
 異質の二種類の魔法を精神力で混合させて作り出すエネルギー弾は、術者の手を離れるまでは非常にデリケートなものなのだ。

 轟音、烈風、ガールディーは二メートルほど落ちたところで体勢を立て直したが、さらに落ちて行くもう一つの影…。

「グリフ?!」

 ヴァシルが声をあげる。
 ガールディーに体当たりをかけ、危ういところでチャーリーを救ったのはグリフだった。
 エネルギー弾の暴発に巻き込まれひどい有り様になっている。

 グリフォンの身体が地上に落ちる鈍い音に、濁っていたチャーリーの思考が切り替わるように元に戻った。

「…?」

 足元を見下ろすが、何が起こったのかは理解出来ていない。
 ぐったりと横になってしまっているグリフの姿を視界の中央にとらえても、チャーリーはボーッとなっているだけで何の反応も示さない。

 一方のガールディーは、チャーリーの雷撃魔法にもさっきのエネルギー弾の暴発にも大してダメージを受けた風もなく、肩にかかる長髪をさッと手で払うような仕草をしてから次の魔法の準備に入る。

「ノルラッティ殿!」

 トーザが血相を変えて振り向いた。
 ビクッとなって身を引くノルラッティ。
 トーザが自分の方を見た意味がすぐには分からなかった。

「回復魔法をッ!」

 もどかしそうに、怒鳴りつけるような大声をあげる。

「あ…は、はいッ!」

 負けない大声で返事をしてから、ノルラッティは大急ぎで呪文の詠唱に入った。
 離れた場所にいる者の傷を治すには、トーザが知っているのよりももっと高度な呪文が必要なのだ。

 ガールディーが顔を上げた。
 さっきよりももっと大きなエネルギー弾を両手で持って。
 ───チャーリーではなく、ヴァシル達の方を見た。

「お、おい、こっちか?!」

 ラルファグが目一杯焦った声で言った。

「う…ウソやろ…」

 真っ青になって立ち尽くすコランド。
 ガールディーが両手を振り上げる。

 …アレじゃ、城ごと消し飛ぶぞ…!

 さすがにヴァシルも青ざめた。

 エネルギー弾がヴァシル達に向けて放たれる。
 なす術もなく固まってしまっている一同の前に、不意にサースルーンが進み出た。
 すっと手の平を差し出し…口の中で呪文を唱える。
 と、恐ろしいほどのパワーを秘めた球体はいともあっけなく、空気に呑み込まれでもしたかのように消え去った。

 ガールディーが何故いきなり自分達に向かって攻撃して来たのか。
 サースルーンには分かっていた。

 待っているのだ。
 ノルラッティが詠唱を終えて、チャーリーを回復させるのを。
 その間の戯れに、さっきのエネルギー弾をこっちに寄越したのだ。
 サースルーンの力で防げるように、力の配合を計算したエネルギー弾を。
 苦い気持ちを噛み締めながら、サースルーンはガールディーを睨みつけ続けた。

 この間にも懸命に呪文を唱え続けていたノルラッティ、やっと唱え終わって、頭上から振り下ろすような動作で、人差し指をチャーリーに向ける。
 光の帯が螺旋を描くようにチャーリーの身体を包み込む。
 …柔らかく優しい癒しの光が薄れて消えたとき、彼女はようやくのことで通常レベルの意識を取り戻していた。

 すぐに行動を再開する。

 高速度の飛行魔法で一気に懐に飛び込み、相手の胸に手を当てて火炎魔法−咄嗟に唱えられる限りの最強の威力をもったもの…岩を一瞬で気化させてしまうくらいの常識外れた高温の、もはや炎とは呼べない熱の塊を発生させるもの−を叩き込む。

 瞬間、ガールディーの身体が白熱した輝きにすっぽりと呑み込まれた。
 …が、それはすぐに消え失せる。
 チャーリーがビックリしたように目を上げる。
 信じられない表情で。

 …まるで、効いてない?!

 ガールディーがまた笑った。
 心臓を冷たい手で鷲掴みにされたように感じた。

「残念だな」

 ガールディーの手の平がチャーリーの額に触れた。
 温かいような冷たいような、その感触。
 懐かしく感じる、それとも初めて触れたようで…。

 考えている暇などなかった。
 放たれた衝撃波がマトモに頭の中に飛び込んで来た。

 そのショックは、今度こそ完全に彼女の意識を断ち切った。

 電流に弾かれたように、ガールディーの手の平からチャーリーの頭が離れ、四肢が硬直する。
 そのまま、後ろに倒れ込むように、彼女は頭を下にして落ち始める。

 サイトとノルラッティが同時に飛び出した。
 二人とも、ドラゴンの姿で空を飛ぶことも人間の姿のまま飛行魔法を使うことも出来る。
 ノルラッティは全速で降下してすんでの所でチャーリーの身体を受け止め、サイトは空中で剣を抜いてガールディーに斬りかかって行く。

 サイトの魔法ではガールディーにかなわない。
 城の周囲には特に強力な結界が念入りに張られているので、ドラゴンになることも出来ない。
 だったら、サイトに残された手段は剣術しかない。

 …それでさえ、ガールディーに敵し得るレベルのものではない。
 そのことは彼本人が一番よく分かっていた。
 けれども、どうせかなわないからと言って何もせずにこの状況を黙って見ていられるワケがなかった。

 ガールディーが身体を引く。
 肉薄したサイトが、水平に剣を払う。
 紙一重の差でかわされる。
 さらに迫り、手首を返すようにして、下から上へ斜めに斬る…手応えがない。

「?!」

 サイトの目が大きく見開かれた。
 確かに、刃はガールディーの身体を斬り裂いたハズなのに…?!
 その姿が、すぐ目の前で霞み、揺れて、消える。

「何…?」

 小さく呟きが漏れる。

「幻影だ」

 冷たい声が真後ろで聞こえた。
 振り向くことは出来なかった。
 背中を直撃する雷撃魔法。
 至近距離でマトモに浴びるのは、かなり危険だ…。

「皇子ッ!」

 チャーリーの傷を手当てし終えてちょうど見上げたノルラッティが、悲鳴に近い声をあげる。
 飛び出して受け止めようにも、今から全速力で飛び込んでも間に合わないだろう。

 その落下地点に走り出て来た人影。
 トーザだ。
 サイトの行方を目で追いながら、全力で駆け込んで来る。
 両腕を伸ばし───抱き込むように、衝撃を吸収しつつその身体を受け止めた。
 その際にバランスを崩して背中から地面に倒れてしまったが…とりあえず、サイトは無事に(とはとても言えないが)済んだようだ。

 ノルラッティの膝の上でチャーリーが体を起こした。
 夢から醒めたような顔でほんの僅かな間だけぼんやりと動きを止める。

「チャーリーさん!」

 ノルラッティの声にハッと自分を取り戻し、反射的に頭上を見た。

 …悪夢はまだ終わってはいない。

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