第6章−8
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 …程なく、水盤の中の水は磨き抜かれた一枚の鏡のようになって落ち着いた。
 水面に、見下ろす皆の顔が映っている。

 しばらくそれをじっと見つめていたチャーリーだったが、やがて囁くような声で呪文を唱え始めた。
 意味が分かりそうで分からない、どこか遠い地方の方言のような言語だった。

 …呪文につれて、静まり返っていた水の面が小刻みに震え出す。
 誰も水盤には手を触れていないのに、そして地面が揺れているわけでもないのに、容器の中央から湧き出るように、さざ波が同心円を描いて広がる。

 息を殺して見つめる皆の前で、ふと、水面が鏡の姿を取り戻した。
 そして、次の瞬間、滑らかな鏡面に一枚の巻物を広げるように、右から左へ数行の文字がいっぺんに出現した。

 澄み渡った水面に黒っぽい色で浮き出した文字は、実に不思議なものだった。
 どの方向から見てもちゃんと読める。
 右から見ても左から見ても、読み手がいる場所に合わせて角度を変える。
 だから、水盤を丸く囲んでいる誰もが平等にその字を読むことが出来た。

 出来たのだが、チャーリーは自分が一番よく分かっているハズのそのことがまったく頭の中にないかのような調子で、水に浮いた文を声に出して読み上げた。

「…さっぱり訳が分からないが、ただごとではないのは確実なようだ。今のお前の状況を考えるととても言えたものではないが、とりあえず腕は大丈夫かと訊いておく…」

 読み終わると同時に、文字は水の中へ溶け込んで消え、代わって新しい文章がさっきと同じように現れた。
 今度はチャーリーではなくヴァシルが声に出して読んだ。
 彼女がなかなか口を開かなかったからだ。

「…ところで、訳が分からないながらも状況を判断するに、俺は参ったコトに『闇』にやられちまったらしい。今はサースルーンの神聖魔法のおかげでなんとか正気を保っていられるが、いつまた意識を乗っ取られるか分からないので、その前に伝えておくことがある」

 文字が消え、新しい文章が出る。
 今度はトーザが読んだ。

「『闇』を払うには、『光』と『闇』の誕生と同時に生まれたと言われる八つの特殊な宝石と、宝石が選ぶ八人の勇者の力が必要だ。出来れば、俺が完全に自分の人格を破壊される前に、全部揃えてカタをつけてくれ。…人格が完全にブッ壊れてしまってからでは、宝石の力を使っても厄介なことになるだろう。…俺が耐えられるのは、もって三カ月だ」

 新しく出る文章を、そうするのが決まりででもあるかのような自然な調子でトーザの隣にいたノルラッティが声を出して読む。

「そこで、一刻でも早くお前達が『闇』を払って『破壊者』である俺の手から世界を救えるように、八つの宝石の所在を記した地図のありかを教える…!」

 ノルラッティは視線をあげてチャーリーの表情をうかがった。
 …チャーリーは眉一つ動かさず、あくまで冷静な瞳で水盤を見つめ続けている。
 新しいものに変わった文章を、さらにその横にいたマーナが読む。

「その地図は…俺の家の台所の、戸棚に置いてある、ハーブの缶の中にある…? 缶の底に敷くのに使っている。見りゃわかるハズだ」

 …重要な地図になんてコトを…。

「だからとりあえずすぐ取りに行け。そろそろあの『光』の効き目が薄れてきたようなので、この辺で連絡を打ち切る。また何かの拍子に意識が戻ったら、詳しい状況を教える。それまで気長に…」

 サイトが戸惑ったように顔を上げた。
 文章は中途半端なところで途切れ、水に溶けた後にはもう何も出て来なかった。

 …ガールディーの意識が再び『破壊者』に奪われてしまったのだろう。
 待っていても次の言葉が出て来ることはなさそうだったので、チャーリー達は水盤のまわりから三々五々立ち上がった。

 皆が離れて行くのを見て、ちょうど喉が渇いていたガブリエルは容器に顔を突っ込んで水を飲み始めた。
 気づいて、慌ててマーナが引き離そうとするが、よほど水が飲みたかったのか、頑としてその場から動かない。

「ガブくん、お腹壊しちゃうよ?」

 呆れたように言うマーナを、チャーリーが振り返る。

「大丈夫、タダの水だよ」
「そう? だったらいいけど…」

 そんなことを言っている間に、ガブリエルは水盤いっぱいの水をすっかり飲み干してしまっていた。
 口のまわりの毛からしたたる滴を満足そうに舐めている。

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