第6章−5
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 チャーリーは勢い良く立ち上がり、再び戦線に復帰する。
 ノルラッティはつんのめりそうになりながら慌てふためいてサイトの元へ走り寄る。

「いたた…なんとか間に合ったでござるな…」

 サイトを抱えたまま上体を起こす。

「お、皇子は…大丈夫でしょうか?」

 胸の前で手を合わせるようにしてひざまづき、仰向けに倒れているサイトの顔を覗き込む。

「拙者には何とも…それより、早く回復を…」

 膝の上から軽くごろんとサイトを転がす。
 地面にうつ伏せになった彼の背中は無残に焼け焦げていた。
 ノルラッティはぱっと口に手を当てて思わず顔を背け、トーザも眉をしかめる。

「ひどい…」

 言いつつ、気を取り直したノルラッティはサイトの傷口に手をかざし呪文を唱え始めた。
 桁違いに実力の差がある相手との戦闘に入ると、回復魔法の使い手はこのように非常に忙しくなるものだ。
 それはよくあることだったが…このように、瀕死レベルからの全快魔法を何度も立て続けに使った経験はノルラッティにはなかった。

 トーザには出来ることは何もない。
 敵が上空にいる以上、カタナの刃は届かないのだから。
 もし届いたとしても、何も出来なかっただろうけれど。

 こうして見ているしかないのだろうか…何もせずに…?

 サイトがガールディーに向かって行ったときからこうなることを半ば予測して駆けつけたトーザだったが、サイトを受け止めてやる以上のことはしようがない。
 何とも情けない話ではある。

 チャーリーが再びガールディーの前に浮き上がった。
 ガールディーはヴァシル達に背中を向けるようにして宙に止まっている。
 だから、その正面にやって来たチャーリーの表情が皆の目に入る。

 …彼女はひどく静かなカオをしていた。
 あれだけ手酷くやられたと言うのに、恐怖の色ひとつ…怒りさえも浮かべてはいない、落ち着いた瞳をしていた。
 その瞳で、ガールディーを見る。
 ガールディーだけを。
 生まれて初めて惨敗しようとしている自分の姿、チャーリーの精神を静かな、あくまでも静かなパニックが蝕みつつあった。

 私が負ける…?
 この私が?
 冗談じゃない。

 今まで誰にも負けなかった。
 それだけが私の誇りなんだ。
 それを、踏みにじられて、たまるかッ……。

 チャーリーがゆらりと手をあげる。
 ガールディーの後ろには守るべき仲間達の姿があったが、最早目の前の相手を倒すことしか頭にない彼女の目にそんなものが見えるワケがない。

 コランドがサッとさらに青ざめる。

「ま、まさか、チャーリーはん、こっちに撃つつもりや…?」

 相変わらずの震え声。

「そうだ、アイツ、見えてないぜ!」

 答えて言いざま、ヴァシルは後ろに下がり、助走をつけて飛び出した。
 がら空きになっているガールディーの後頭部に情け容赦ない蹴りを入れ、よろめいた背中を踏みつけてチャーリーの方へ向かう。
 そうして、何やら遠い目で聞くからに物騒な呪文を唱えていたチャーリーの頭をもげしッとばかりに踏んづけた。

「お前、オレ達の方向けてそれはやめろよ…」

 チャーリーの頭の上にしゃがむようにして言う。
 彼女の瞳がふッと元に戻った。

「あ…あンたねぇ…」
「お前、さっき目がアブなかったぞ。ガールディーよりお前の方が『闇』にとり憑かれてるよーな…」
「なッ、何考えてんのよッ!!」

 怒鳴りつけるが、振り落とすワケにもいかない。
 急に振り払ったりしたら、この高さ、いくら乗っかっているのがヴァシルと言えど怪我をさせてしまうかもしれないからだ。
 本当は心の中でこんなヤツには怪我をさせてしまえばいいんだなどと不穏なコトを考えていいたのだが、下にいるノルラッティの仕事を増やすのも気が引けた。
 彼女には世話をかけたくなかった。
 二度も助けてもらったのだから。

「なんだ…合体攻撃が出来るのか?」

 蹴飛ばされた後頭部を手で押さえつつ、ガールディーが呆れたように言った。

「出来るかッ! 大体どんな攻撃よ、それッ!」

 どんな状況でもとりあえずちゃんと突っ込むチャーリー。

「しかしまあ、合体しようがしまいが所詮同じことだ」
「合体なんかしてないってのに…」

 軽口を叩き合いながらも、二人の間にはまたも緊張の糸が張り詰める。
 チャーリーは頭の中で自分の使える呪文のリストをめくってみた。
 膨大な数の呪文、その中で、ガールディーを何とか出来る魔法…しかも、バルデシオン城やまわりにいる皆には最低限の被害しか与えないような…。

 ───んな都合のいい魔法、あるワケないッ……。

 そんなチャーリーの心中を読み取ったか、ガールディーが再度微笑を見せた。
 城を背にすれば攻撃は仕掛けて来れまい。
 そう考えてうまく位置を入れ替わるようにしたのだ。
 …さっきのチャーリーなら構わずかかって来れただろうに、ヴァシルは余計なことをしたものだ。
 もっとも、攻撃して来たところで、無駄なコトはどうせ無駄なままだったろうが。
 城が無事に済んだ分、ヴァシルの行動は正しかったと言えるかもしれない。
 だが、城が残ったところでどうなると言うのだ?
 結局は、俺が全てを破壊してしまうのに…。

 ガールディーが片手を空へ向け差し上げる。

 その場の空気がそれまでとは比べものにならないくらいの濃度の魔力に満たされたのに気づいて、チャーリーは表情を引き締めた。

 マズイな…いくらノルラッティがいるからと言っても、彼女の精神力にも限界ってものがあるだろう。
 そう何度も瀕死レベルからの全快効果を発揮する回復魔法を使えるとは思えないし…大体、一撃で相手を倒す威力を持った魔法を使って来ない保証はどこにもない。
 今までガールディーがそうして来なかったのが不思議なくらい───。

 そこまで考えて、ふと気づいた。
 天空に差し伸べられたガールディーの手の平の、わずか上の空間に…その空間に、染み出すように集まって来ているのはまさか、『闇』…?!

 総毛立つような恐怖が全身を襲った。
 遥か昔に封印されたハズの、暗黒魔法!
 相手を『闇』の空間に取り込み、永劫の悲嘆と絶望を与え続ける、呪いの魔法…!

 バカな…でも、今のガールディーになら、使えるのかもしれない…?

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