第3章−9
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 男は全身を黒光りする重々しい鎧で固めていた。

 上半身、心臓部分だけを主にガードする普通の鎧とは違う。
 指の先から爪先、喉元までを完全にカバーしてしまう非常識な全身鎧だ。
 関節にあたる部分は動きやすいように分かれてはいるが、それ以外の部分はほとんど一枚の金属板から作られている。
 一枚板の部分の比率が圧倒的に多い甲冑といった感じである。

 ヴァシル、トーザ、シーリーにとっては初めて見る防具だ。
 コランドは『仕事先』で二度ほど見かけたことがあった。
 しかし、まさか実用品ではないだろうと思っていた。
 金が有り余っている道楽者が装飾用に作らせたものだと考えていたのだ。

 全身鎧はとんでもない重量になってしまうのだから、これを着て動き回れる人間なんて、いるワケがない…そう思っていたのに。
 目の前に立っている男は何ともない顔をしている。
 常人なら、ただ立っているだけで、死ぬ程辛いぐらいの重さが、両肩に、指先に、腰に、膝の関節に、その他体中のありとあらゆる所にかかっているはずなのに…その男は、自分が身につけているのは軽い布の服なのだと無言で言い切る涼しい顔で立っているのだ。
 普通の人間ではない。
 ひょっとするとヴァシルよりも体力のある奴かもしれない…。

 ふと見ると、男の髪は燃え立つように赤く、瞳は夕日の照り返しを受けた湖面のような紅色をしている。

「邪竜人間族か!?」

 ヴァシルが身構える。
 トーザとシーリーも険しい視線をそっちに向けた。
 コランドはこそこそとトーザの背中に身を隠す。
 花の妖精より情けない男である。

「ご明察。その宝石を貰い受けに来た」

 男は冷たい声で言った。

「そんなコト、させるか!」

 シーリーが長い杖の先を男に向けた。
 トーザもカタナの柄に手をかける。

「無論、君達の許しを得て手に入れようなどとは思っていない」

 男の唇の端に不敵な笑みが浮かんだ。

「邪魔するモノは始末するだけだ」

 サッと鉄で覆われた左手をあげる。
 すると、男の後ろから、全身鎧ではないもののやはり重々しく物々しい頑丈そうな鎧を装備した兵士風の男達がぞろぞろと無言で部屋に入って来た。
 頬当てのついた兜を被っているので髪の色は分からなかったが、どことなく淀んだ瞳は誰のものも火の色をしている。
 そして、手に手に剣か槍かを持っている。

 最初は警戒して兵士達が部屋に入って来るのを見ていたヴァシル達だったが、途中で呆れたように構えを解いてしまった。

 一体…何人入って来るんだ?

 せいぜい十四、五人ぐらいだろうと予想していた。
 狭い洞窟の中での戦闘時には、あまり人数が多いと自分達の首を締めてしまうことになりかねない。
 味方を傷つけてしまうことを恐れて武器を思うようには振るえないし、ただ単純に動き辛いということもある。

 しかし。
 兵士達はそんなことにはまるでお構いなしに次々と、切れ目なく、部屋に続々と、入って来るのだ。
 二十人…二十五人…四十人…黙って見ていたら五十人を越え、六十人に届くか届かないかというところでようやく止まった。
唖然呆然となるヴァシル達。

「な…何考えてんだ…?」

 ヴァシルの口から知らず知らずそんな言葉が漏れる。
 ずらりと並んだ兵士。
 後ろの壁が隠れて見えない。
 これはちょっと…多過ぎるんじゃないか?
 この人数ではマイナスにしかならない…。

「なるほど!」

 コランドがトーザの後ろでぽんと手を叩いた。

「これが名高い…」
「何だよ?」
「人海戦術ってヤツですな」

 …それは、戦術の一つではないような…。

「田植えのようでござるなァ」
「オレ達は、それじゃあ何か、苗か?!」

 のどかにボケとツッコミを展開してしまうトーザとヴァシル。

「ふっふっふ、この人数にはかなうまい。痛い目に遭いたくなければ大人しくしていることだな」

 全身鎧男は自信たっぷりにヴァシル達を見た。
 何故だろう、登場当初はとても強そうで切れ者に見えたこの男が、急に馬鹿っぽく見えてきてしまうのは…。
 確かに、この人数には少してこずるかもしれない…が…。

「あんさんあんさん、こない狭い所でそないようさんの人間が剣やら槍やら振り回して満足に戦えるワケおまへんやろ」

 全員を代表してコランドがさりげなく注意してやる。
 しかし、その男の自信ありげな表情はまったく崩れない。

「それは仲間を傷つけてしまうのを恐れるからだ」

「わかっとんのやったら、その人数は…」

「コイツらは恐れない」

 男がヤケに力強く言い放った。

「そいつら、アンデッドだな?!」

 気づいてシーリーが叫ぶ。
 男がニヤリと笑う。

「いいカンをしているな、坊主。いかにも…この兵士どもはアンデッド−苦痛にも、死にももはや恐怖を覚えぬ無敵の兵士だ」

「な、なんでそんなに沢山ドラッケンのアンデッドがいるんだよ?! 邪竜人間族は死んだら身体を燃やしちまうんじゃなかったのか?!」

 邪竜人間族は火葬の習慣がある世界で唯一の種族なのである。

「アンデッドにする為に殺したのだ。簡単なコトではないか」

「何ッ…」

 ヴァシルとトーザが同時に声をあげる。

「アンデッドにしてしまえば、何物も恐れず、命令に背くこともしない、素晴らしく優秀な戦士となるのだ。筋肉の疲労に構わず全身の本当の力を出し切ることが出来る。生きている間には感情が邪魔をして出来なかったありとあらゆることが出来るのだ。新しい力を得て生まれ変わることが出来て、コイツらも感謝しているだろうよ」

男の赤い目には静かに渦巻く狂気の色があった。

「てめェ、とんでもない奴だな…!」

 ヴァシルが再び戦闘体勢をとる。

「あまりに外道な行い、呆れ果てて物も言えんでござる」

 トーザは普段の温厚な彼の顔つきからは想像も出来ないような冷たい目を男に向けた。

 シーリーもかなり怒りを感じているらしい。
 無言で長い杖の先を男の胸の辺りに向けている。

 三人よりも下がった所、祭壇により近い方には、おろおろしているコランドと脅えきった目を居並ぶ兵士達に向けているユリシア。

「コランド、そのコ守ってやれよ」

 ヴァシルが視線だけをコランドの方に向けて言う。

「へッ? このコを守る…ワイがでっか?! あの…」
「じゃあ、お前も戦闘に加わるか?」
「…ワイなりのベストを尽くしてみますわ」
「二人は祭壇の上にいるといいでござるよ」

 トーザの言葉に、コランドはいつもの人生をナメてかかっているような顔をキリッと引き締めて、ユリシアの肩を押した。

「やはり邪魔する気か。…よかろう、アンデッド兵士の恐ろしさ、その身をもって思い知るがいい」

 男の紅の瞳が、一瞬、ぎらりと光った。

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