第1章−9
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「や…やったんでっか…?」
「いいや、まだだ」

 小さく首を振って、油断なく寝室を見つめ続ける。
 …シルエットがわずかに動いた。
 雷球が命中する寸前にバリアを張ったのだろう、ダメージはまったく食らっていない様子だ。

「私はチャーリー・ファインだ。お前は何者だ? 何故ここにいる!」

 毅然とした声で言う。
 人影が緊張した様子を見せた。
 しかし、寝室から出て来る気配はない。

 チャーリーは軽く息をついて、顔の横まで右手を上げ、パチンと指を鳴らした。
 寝室内の闇がパッと消え失せる。
 黒いローブで全身を覆って立ちすくんでいる魔道士がいた。
 顔はフードのせいでわからない。

「もう一度尋ねる。お前の名と、ここにいる理由を答えろ」

 魔道士は観念したように頷き、両手でフードを取った。
 燃え盛る炎のような深紅の長髪が、柔らかくカールを描いて肩口から胸の辺りまでこぼれ落ちた。
 髪と同じ色をした、鋭い切れ長の目。
 アゴの先が細く尖って、全体的にシャープな印象を与える。

「私はレフィデッド。王都の魔道士団所属…ガールディー・マクガイルを探している」

「それは嘘やな。アンタがホンマに王都の魔道士やとしたら、余計にウソや」
 レフィデッドが言い終わると同時に、コランドが口を開く。
 盗賊の言葉に、赤髪の魔道士は動揺した瞳をチャーリーに向けた。
「ちゃんと本当のこと言うた方がええんとちゃいまっか? ここにいたはるお方のコト、知ってますんやろ?」
 レフィデッドは敵意も露にコランドを睨みつけ、同様の眼差しでチャーリーを見据える。
 チャーリーは腕組みして、レフィデッドを見返した。

「私を探していたんじゃないのか、火炎使いさん? どこでどうやってガールディーとの関係を知ったのか知らないが、そのハズだ」
 チャーリーが言うと、レフィデッドは気の進まない様子で首を縦に振る。
「…その通りだ。ガールディー・マクガイルのただ一人の弟子にして、ガールディーのすべてを受け継いだ者、チャーリー・ファイン…王城までご同行願いたい」

「さっきの攻撃の言い訳は?」
 チャーリーは鋭く質問をぶつける。
 レフィデッドは言葉に詰まり、ひどく怒ったような顔で目の前に立っている魔道士の顔を見た。
 小さく舌打ちする。
 と同時に、左手を真横に払うように大きく振った。
 人間の頭大の火球がレフィデッドの目の前でボッと燃え上がり、チャーリーに襲いかかる。
 コランドは慌てて横手に逃れたが、チャーリーは微動だにせずに火球を見つめ続けた。
 彼女を直撃するまさにその瞬間、火球は四方に飛び散って消滅した。
 チャーリーは指一本動かしていない。

「…!」
 レフィデッドは二、三歩後ずさった。
「残念だけど、アンタと私とじゃレベルが違い過ぎて勝負にならないようだね。アンタは私を捜してただけじゃない。私の命を狙ってるんだろう? あきらめた方がいい。アンタに私は倒せない」
 赤髪の魔道士は物も言わずにチャーリーを見つめている。
 攻撃する気力も失せたらしく、両腕を下ろしてしまっている。

「レフィデッドはん、あんさんまだホンマのこと言うてまへんやろ? チャーリーはんを王城に連れて行くんやったらわざわざ隠れとる必要はあらへん。チャーリーはんを殺せなんていう命令が陛下から下るハズもあらへん。今の世の中に、このお方に勝てるような魔道士は存在せえへんのやからな。別の目的があるんやろ?」
 コランドがチャーリーに代わって問うた。

「…お前の言う通り」
 聞こえるか聞こえないかの声で吐き捨てるように呟くと、レフィデッドは唇の端を歪めてニヤリと不敵な微笑を見せる。
 すっと右手を上げる。
 思わずチャーリーの視線がそちらを向く。
 そのわずかな隙をついて、左手が目にも止まらぬ速さで動いた。
 チャーリーに向かって、何かを投げつける。

「!」

 それまで手に何も持っていなかったのに油断してしまった。
 相手が戦意を喪失した様子を見せたのにも、気を許してしまった。
 咄嗟に顔を背け、片腕でマントを翻して飛んで来る物から身を守る。
 マントに当たって、レフィデッドの投げつけた球状の物が破裂し白い粉末が飛び散った。
 コランドが驚いて身を引く。

 目潰し…?
 では、なさそうだ。
 チャーリーはマントで口と鼻を覆ったまま、自分の周囲を漂っている粉に目を凝らした。

 その粉が一体何であるかを知ったとき、チャーリーはマントを離していささか緊張した面持ちでレフィデッドに向き直った。
 いくら口や鼻を塞いでも意味がないとわかったからだ。

 レフィデッドが投げつけたのは、ガールディーが道楽で作って戸棚にしまっておいた『魔法封じの粉』だった。
 この粉を一つまみでも体に振りかけられたら、相当高位の魔道士でも呪文の詠唱が出来なくなってしまう。
 そこらの同業者と比べればズバ抜けた力を誇るチャーリーであったが、マグカップ一杯分もの『魔法封じの粉』をまともにぶつけられては、さすがにどうすることも出来ない。
 おまけにガールディーのマジック・アイテムは効果絶大ときている。

「な…何でっか?」
 コランドが不安げにチャーリーを見た。
 チャーリーはマントの裾を払って粉を落としている。
 どれだけ念入りにはたいても、一度食らってしまった今となっては遅いのだが。

「魔道士の力を封じる粉だ。ガールディーは便利な物を作っておいてくれた…魔法の使えぬチャーリー・ファインなど、恐るるに足りん」
 赤髪の魔道士は勝ち誇ったように言った。

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