第1章−2
(2)
「魔道士には、誰でもなれるというワケじゃあない」
ガールディーが揺り椅子を揺らしながら、幼いチャーリーに語りかけている。
もう二百年は生きているというのに、自らの魔法の力で若い姿を保ち続けている。
彼は、何年経っても二十代前半の青年の姿でいられる。
「素質、生まれついての才能はもちろんのこと、魔道の知識を深めるための知力や忍耐力、そして数多くの魔法を使いこなせるだけの精神力と…魔力も要求される」
「まりょく?」
四つになったばかりのチャーリーは、あどけない瞳を『父親』であるガールディーに向ける。
「そう、魔力。世界に数多い魔法使いの中でも、本当に実力を持った奴だけが備えている、人間離れしたパワーだ。魔力を持っている奴と持ってない奴との差は、普段はほとんどない。…だが、土壇場に立たされると魔力のあるなしは命を左右する」
ガールディーは右手を上げると、ぱちんと指を鳴らした。
部屋の隅に置いてあった書き物机の上から一冊の分厚い本がスッと消滅して、次の瞬間にはガールディーの手の中に現れる。
「魔力ってのは、魔道士の最後の切り札みたいなモンだ…体力も精神力も底をついて、真剣に死ぬかもしれないッて状況になったときに、魔力を爆発させるんだ。追い詰められてりゃ、カンタンに出来る…」
ガールディーは言いながら手に取った本をぱらぱらとめくっている。
セピアに変色して、ところどころ虫の食った古文書。
古代の魔道士の書いた研究書だろう。
チャーリーには、表紙の文字はまだ読めなかった。
「魔力の量は魔道士の能力に比例する。強い魔道士ほど強力な切り札をもっている。徹底的に危ないときしか使わないだけに、恐ろしい切り札だ。どんなに弱っちい魔法使いでも、そいつが魔力を持ってるようなら一気にカタをつけることだ。甘く見るととんでもない目に遭う」
古びたページをめくる音だけが、ゆったりとした午後の空気が流れる小さな部屋に一定のリズムを伴ってヤケに響く。
微々たる音のハズなのに。
「私は…?」
なんだかとっても重たい眠気に目をこすりながら、チャーリーが呟く。
ガールディーは手を止めて、ひどく真剣な口調で言った。
「お前には魔力があるよ。それも、バケモノじみた量の」
チャーリーは頭を振って睡魔を追い払おうとしたが、効果はなかった。
…目を開けていられない。
それまで板張りの床に座り込んでいた彼女は、フラフラする意識を必死に正常に保って、揺り椅子の前のソファに上がり、うつ伏せに寝転んだ。
ガールディーがまた古文書を繰り始める。
単調なリズムが余計に眠気を誘う。
「今はまだ、精神力が魔力に見合うだけ成長してないから俺の魔法にも簡単にかかるけど…」
どこか遠くの方で、自分にはまるで関係ないもののように、ガールディーの声が聞こえた。
「お前は絶対に、俺より凄い魔道士になる。比較的早くに。お前は俺を超えることの出来る唯一の人間だ」
声がどんどん遠ざかっていく。
泥のような眠りの中に落ち込む寸前、チャーリーははっきりと聞いた。
「そして、お前はいつか俺を殺すんだ」
…記憶の底に灼きついた言葉。
世界最高の魔道士の、予言───。
深い意味を考える間もなく、チャーリーの意識は眠りの淵へと引きずり込まれていった。
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