第1章−6
(6)
コランドをグリフに乗せ、チャーリー自身は飛行呪文を使って、とにかく北西に向かって飛び始める。
島付近まではグリフを気遣って二人乗ることを避けているのだ。
「ガールディー・マクガイルは私の魔法の師匠で育ての親なんだ」
チャーリーはグリフの右を左を、気まぐれに飛びながら最低限コランドに聞こえるような声で話す。
「魔道士として独り立ちしてからは、顔を見にも行ってない…けど、先生であるコトに変わりはないからね。アンタも知ってるあの噂、ドラッケンを扇動してどうのっていうあれ、あの真偽を確かめるために、シェリインからわざわざ出て来たワケ」
「聖域の洞窟に何かあるんでっか? もう、王都の調査隊の手は入りましたんやろ?」
「でも、あの洞窟の一番奥にはガールディーと私だけが入ることの出来る場所がある。世界でたった二人しか入れない、魔道士の『聖域』が」
「…そこにいたはるかもしれへん、と」
高空の激しい風にお互いの声がちぎれて飛んで行く。
コランドは、片手で目をかばうようにしながらチャーリーの表情をうかがっている。
「……それを、確かめに行くんだ」
「………」
コランドは何も言わなかった。
しばらくそのまま黙ってグリフの背に乗り姿勢を低くして、吹きつける風から身を守っていた。
しかし、やがて意を決したように顔を上げ、体を少し起こすと、大声で言う。
「チャーリーはん! アンタ、当然古代の伝説やらには詳しおまっしゃろな?!」
「? …何?」
チャーリーは少しだけグリフとコランドに近寄った。
向かい風に逆らって飛ぶグリフォンはその巨大な翼を力強く羽ばたかせている。
下手に接近すると、羽根の生じさせる風の流れに巻き込まれたり、翼ではたき落とされたりする危険がある。
「古い言い伝えとか、神話に興味はありまっか?」
「そりゃあ、歴史を知ることは魔道士の必修課目みたいなモンだから…」
「せやったら! 知ってますやろ、『闇』のこと!」
コランドの言葉に、チャーリーは衝撃のあまり落ちそうになった。
知らず失速する。
見る間にグリフに追い越され、取り残される。
慌てて気を取り直し、すぐさま速度を上げた。
すぐに追いつく。
「もし、ガールディーはんが『闇』に憑かれたんやったら…!」
コランドの言わんとしていることは、最後まで聞かなくたってよくわかった。
『闇』。
世界で一番古い神話、一握りの知識人にしか紐解かれることのない、恐ろしいくらいに古い書物に、何度も出て来る概念的存在。
具体的な名称も、姿も、性格も与えられることはなく、それでも生きとし生けるものすべてを畏怖させるモノとして、長い長い年月人の心の奥底に在り続けた、『闇』。
時満つる日、伝説の彼方より蘇り、世界を闇に閉ざし、すべてを破壊し尽くし、新しい世界への眠りをもたらすという…。
「『闇』が『破壊者』にガールディーを選んだと?」
チャーリーの語調は知らず鋭くなる。
「可能性をゆうとるんですわ、ワイは。どんな事態も想定して行動せな、つまらんコトで足元をすくわれるんです」
なるほど、もっともな意見だ。
あまりにも考えたくなさすぎる事態には違いなかったが…それでも、予測して対策を考えておくというのは…重要なコトなのだ。
「もし、ガールディーが『闇』に乗っ取られたんなら」
コランドから視線を外し、前方の風景−もう、海ばかりになっているのだが−に向けて、チャーリーはやたらキッパリと言い放つ。
「世界を救う方法はないかもしれない」
グリフの背の上で、コランドは何か言いかけた。
───が、結局何も言わず、もう一度グリフの背中に身体を伏せる。
聖域の洞窟まであと少し───。
チャーリーは、コランドに脇に寄るように指示して、グリフの背中にうまく飛び乗った。
「グリフ、重いだろうけど頑張って」
グリフォンは疲れた様子も見せずに、黙々と飛び続ける。
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