第1章−8
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(8)

 ガールディーの家、ちっぽけな木の小屋の前までやって来る。
 粗末な扉は完全には閉まり切っておらず、少しばかり開いたままになっていた。
 ガールディーが姿を消してからしばらくになるのに、不用心なことだ。
 この小屋の中には、貴重なマジック・アイテムが山ほどあるというのに…まぁ、ガールディーの家と知って盗みを働くような気合いの入った人間もいないだろうが。

 扉を開ける。
 三、四年ほど前に出て来たときから寸分も変わっていない内装。
 入ってすぐの所に置かれた白いペンキ塗りの木のテーブルも、大分前に聖域の洞窟にやって来た魔道士が立ち寄りついでに壁に掛けて行った風景画のタペストリーも、最後に見たままの場所にある。

 しかし、それ以外の物はひどく荒れていた。
 左右の脚の長さが微妙に違うためいつもガタガタと床を鳴らしていたガールディーお手製の椅子は、三つ全部バラバラの方向を向いて引っ繰り返っている。
 かなり強い酒の瓶がすっかり空っぽになって、床と言わずテーブルの上と言わずここかしこに十何本も転がっている。
 グラスがどこにもないところを見ると、全部ラッパ飲みしたらしい。
 そして、空き瓶の間を埋めるかのように、大量の金貨。

「えらい景気よろしいでんなァ、ガールディーはんゆうお方は…」
 今にも手を伸ばして懐にしまってしまいかねない目つきでテーブルの上のコインの山を見ながら、コランドが言う。
 金貨はテーブルの上だけではおさまりきらず、よく見ると床にも相当数散らばっている。
「バカな! 先生んトコに、こんな大金あるワケない!」

 ガールディーは現役を引退して大きな仕事はやらなくなっていたし、大体ほんの少しの現金だって手にするのと同時に酒や賭け事で浪費してしまう人間が、こんなにたくさんの金貨を放り出しておくワケがない。
 …第一、失踪したガールディーがこれをそっくりそのまま家に残しているだなんて、妙な話ではないか。

 コランドはチャーリーよりも先に中へ入ると、テーブルの上のコインを一枚手に取ってじっくり観察した。
「ほぉ、おもろいでんなぁ。こりゃニセ金とかやありまへんな、正真正銘のディナール金貨…それも、ゲゼルク大陸で使われとるモンですわ」
「何ッ?」
 チャーリーもコインを手に取った。
 コインの裏には、鋳造された大陸名が略号で彫り込まれている。
 この世界に存在する四つの大陸−ラゼット、ソリアヌ、アイファム、ゲゼルク。
 そのうち、ドラッケンだけが住まうのがゲゼルク大陸。
 今魔界の霧に包まれている、世界の東端だ。

 ゲゼルク大陸の略号…このコインの山は、ガールディーとドラッケン達との間に何らかの取引があったことの動かぬ証拠だ。
 しかし、ガールディーはこの大金に手をつけていない。

 何故?
 彼は金に心を動かされないような人間ではなかったハズだ。
 金貨を積まれてドラッケンに力を貸す気になったなら、こんな所に置いて行かずに一枚残らず隠すなり持って行くなり使うなりしたハズだ。
 それとも、交渉は決裂していたのだろうか…?
 ガールディーが、こんな金は断じて受け取れないと…いやいや、それはない。
 ガールディーはどんな事情があろうと金だけはしっかり取る人間だ。
 ドラッケンの要求をはねつけたにせよ、金だけはガッチリしまい込んでしまうハズだ…。
 考えれば考えるほどわからなくなってくる。

「あっちに何ぞあるんでっか?」
 不意に、コランドが言った。
 思考を無理に中断され、少しばかり不快感を覚えながらチャーリーは顔を向ける。
 盗賊は家の奥の方を指している。
 …あっちには…。
「寝室だけど…どうして?」
「コインがあっちに続いてますのや」

 床に散乱したコインをよく見ると、内何枚かが列をつくるようにして家の奥に向かっている。
 コインの列は寝室のドアの前まで続いていて、そこで途切れていた。
 寝室の戸はピッタリと閉められている。

「何かありそうですな、ちょっと失礼させてもらいますで」
 言うが早いか、コランドはチャーリーの返事も待たずに寝室のドアに近づいた。
 ノブに手をかけて引き開けようとしたが、鍵がかかっているらしく開かない。

 寝室のドアに鍵…?
 チャーリーは不審に思った。
 コランドはノブの所に顔を近づけて 何やら調べている。
 この家に鍵のかかるドアなんてあったっけ…?
 ガールディーが新しくつけたんだろうか。
 …入り口のドアにはつけないで?

 コランドの方から目を離さないままに、テーブルの上の金貨の山の上で少し手を動かす。
 何枚かが床に落ちて耳障りな音を立てた。
 その音に、コランドが振り向いた。

「何してるんでっか、チャーリーはん…」

 コランドがドアから少し体を離した瞬間、粗末なドア一枚隔てた寝室の中で、恐ろしいくらいの魔法のエネルギーが膨れ上がるのが伝わって来た。
 注意していたワケでもないのにそうとわかるくらい強烈なパワー。
 高位の魔道士が寝室に潜んでいたのか?!

「伏せろ、コランド!」

 咄嗟に叫ぶ。
 普通の人間なら言葉の意味が把握出来ずに反応が遅れるところだったが、盗賊のコランドは違った。
 弾かれたようにドアの前から横に飛んで、床に転がった。

 チャーリーは声をあげると同時に両手を前に突き出し、一瞬で精神を統一した。
 コランドの身体が床に届くか届かないかのうちに、ドアを吹っ飛ばして巨大な火球が飛び出してきた。
 猛烈な勢いで。

「このッ!」

 チャーリーの両手から少し離れた前方、何もない空間で青白く激しいスパーク。
 火球の半分位の大きさしかなかったが、雷球は真っ向から火炎と衝突し、ものスゴイ光を発しながらしばらく空中で火球と押し合った。
 それから数秒後、雷球はかなり巨大な火球をすっぽり飲み込んで消滅させた。
 雷球はそのまま寝室へ飛び込んで行く。
 小屋全体を揺るがす音、目がくらむばかりの閃光。
 そして、再び静けさが戻ってくる。

 床に頭を抱えて伏せていたコランドが、恐る恐る顔を上げた。
 とりあえず片付いたらしいと知って、そろそろと身体を起こす。

 チャーリーは寝室の中を睨みつけていた。
 部屋の中はヤケに暗くて、隠れていた奴の姿は見えなかった。
 昼間だというのに…きっと、暗闇を呼ぶ魔法を使ったのだ。
 中レベル以上の魔道士なのは間違いがない。

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