第1章−7
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 目的の洞窟があるちっぽけな島へ、グリフはゆったりと舞い降りた。
 二人はすぐにその背から降りる。

「はあ…ここが、魔道士の聖地いわれてる島でっか…」

 コランドは物珍しげに周囲を見回している。
 背の低い若緑色の葉をもつ木、遠くの方には青く澄んだ鏡のような湖、二つ三つの丘の他には延々と平地が広がる、本当にのどかな場所だ。
 西の方の丘の陰に寄り添うようにして小さな木の家が建っているのが、注意すればわかる。
 島にある唯一の人造物だった。

「島はガールディーはんの魔法のバリアで覆われてる聞きましたけど…目には見えへんのですな?」
「目で見る方法もないコトはないけど」
「え? それやったら、是非見てみたいもんですな」
「見たい?」
「へえ、もちろん」
「それじゃ上を見てて」

 コランドは頷いて、従った。
 チャーリーはコランドとグリフから歩いて少し離れると、精神を集中させて呪文を唱え始めた。
 すっと前方に差し出した手の平のまわりに、青白いスパークが生じる。
 雷撃魔法。
 中程度のレベルのものだ。
 青い電流をまとった腕を素早く頭上に振り上げる。
 昇天する竜のごとく、雷が空へと吸い込まれるようにほとばしる。
 −が、それは空の高みへ消えてしまう前に、見えない壁にでもぶつかったかのように、ある地点で突然四散して消滅した。
 一瞬の出来事だ。
 その一瞬に、島全体を囲み入れているドーム状の魔法バリアが発光してその姿を見せた。
 バリアは透明な、薄い膜のようなものだったが、鋼鉄のような強度を持っていた。

「ひぇ…あ、あれが…」

 コランドが仰天のあまり情けない声で言う。

「そう。ガールディー・マクガイルの魔法バリア。これだけの広範囲を、二百年近くもの間覆っておけるバリアはそうそう張れるもんじゃないからね…世界中の魔道士の中に、このバリアを知らない者はいないってぐらいだよ。これを破れるのはガールディー・マクガイルただ一人。このチャーリー・ファインと言えどもこのバリアには太刀打ち出来ない」
「はあ…なんかようわかりまへんけど、どえらいモンなんでしょうなぁ」
「普通のバリアは張った本人が精神力を補給してやらないとすぐに消滅してしまう。でも、この島を囲っているのはガールディーがまったく構わなくてもなくなることはない。ま、要するにとんでもないモノなんだけど」

 言いながら、チャーリーは丘のそばの木の家に向かって歩き出した。
 慌ててコランドが後を追う。

「家に戻らはるんでっか? 聖域の洞窟とかゆートコへは…」
「何? 聖域の洞窟に入りたくないの、アンタは?」
「え…入られへんのでっか?」
「入れないコトはない。空気を作る魔法知ってる?」
「あの、水ん中でも呼吸が出来るってヤツでっしゃろ? 知ってまっせ、堀から城に侵入したりしてますからな」

 ヤケに得意げだが、盗賊の中にはこの手の補助呪文を使える者は結構いる。
 自分の仕事をやりやすくする為、より価値の高い獲物を手に入れる為に、魔道士や先輩の盗賊から金を出して教わるのだ。
 どうしても魔法が使えるようにならないときには、その魔法の効力を数回分封じ込めた巻物スクロールを使う。
 これは広げて呪文を音読するだけでその魔法を使ったのと同じ効果が得られるというマジック・アイテムで、魔道士の中にも自分の精神力が尽きたときの備えにと自分の魔法を封じ込めた巻物を持ち歩く者がいる。
 もちろん、魔法の使えない人間がこのアイテムを手に入れようと思ったら、高額で魔法使いから買い取るか、魔法使いの親切な友人でもつくるしかない。
 巻物のいいところは、呪文を読めさえすれば子供や年寄りでも凄まじい威力の魔法が使えるということだ。
 もっとも、モノすごい魔法の巻物となると、かなりレベルの高い魔道士でないと作れないので、滅多に手に入れることは出来ない。

 …とにかく、コランドは巻物の力に頼らなくても空気を作る魔法が使えるようだ。
 盗賊にとっては何でもないコトのようだが、そうとなったら話が早い。

「なんか使わなあかんようなことでも?」
「洞窟の入り口はあの湖の底にある」
 チャーリーは陽の光にきらきらと輝く湖面を指した。
「そこまで潜って行かなきゃならないからね、入るんだったら」
「はァ…他に何か、仕掛けみたいなんがありますのか?」
「仕掛け…と言えば、仕掛けだろうね」
 チャーリーはコランドの顔を見ないまま、言う。
「聖域の洞窟は魔道士個人の力量を試す場所。一歩中に入れば、たとえ私でもアンタの手助けは出来ない。アンタが使える魔法が通用する所までしか進めない。これがあの洞窟の掟なんだ」
「…と言いますと、つまり、その洞窟の中には魔法を使わなクリア出来へん場所がぎょうさんあるワケですな」
「そーゆーコト。魔道士達はあの洞窟をどこまで自分の力で進めたかを競い合って、魔法の腕を磨くんだ。聖域の洞窟をどれだけ奥に進めたかってのは、魔法使いの一つのステータスになるからね」
 コランドは納得したような顔でうなずいている。
「…で、何で家の方へ?」
「わかんない奴だなァ…アンタの使える程度の魔法じゃどうせちょっとしか進めないに決まってんだから、聖域の洞窟の制約を一切受けない特別なアイテムを持たせてやろうと思ってんのに!」
「えッ? そ、そない都合のえーモンがあるんでっか?」
 コランドの顔がパッと明るくなる。
「ある。ガールディーが作ったんだ。小さい頃の私に洞窟の内部を一通り見せとくためにね…洞窟の試練一切を無力化する石が家にあるんだ」
「そりゃあそりゃあ…そしたら、ワイは世界でただ一人聖域の洞窟の奥の奥まで行った盗賊ゆーコトになるんですな」
 嬉しそうに言う。
 案外無邪気な性格らしい。

「ただし!」
 大声で言って、チャーリーはコランドの方にキッと向き直った。
 コランドは少しだけ緊張した面持ちでチャーリーを見返す。
「な、なんですのん?」
「高いよ」
「…は?」
「だから、高いんだってば」
「あの…それは、つまり」
「まさかタダで貸してもらえると思ってたワケじゃないんでしょ? 世界に二つとない貴重なアイテムに、通常ならアンタなんて到底行きつけっこない聖域の洞窟の最深部にまで案内してやるんだから、相応のものをいただかないとね」
「い、いや〜…しっかりしてはりますなァ、さっすが大先生」
 コランドは愛想笑いでごまかそうとしたが、チャーリーは譲らない。
「本来ならここまでグリフに乗って来た分の料金もいただきたいところなんだけどね」
 と、最初降り立った辺りで小鳥と戯れているグリフの方に目をやって示す。
「持ち合わせがないだろうから、ま、その分は勘弁しといてあげよう」
「わかっとりますんやったら、その分かて今請求せんでも…こう見えても寝ぐらには一財産あるんでっから、後でちゃ〜んとお支払いしますがな、そない焦らんかったかて」
 コランドの言葉に、チャーリーは軽くタメ息をつくと、また前を向いて歩き出した。
 五、六歩行ったところで、思い出したように後をついて来ようとしている盗賊を振り返り、歩みは止めずに言う。

「だったら、今持ってる二千五百ディナール、ちゃんと掠め取って来た本人に返すんだぞ。その金はあのおじさんの娘の結婚式の費用なんだ。遅くても明後日までには返しに行かなくちゃならない」
「げッ…な、なんでそのコト」
「私を甘く見てるんじゃない」

 また前を向いて歩いて行ってしまう。
 驚いてボケッと突っ立っていたコランド、十秒後くらいにハッと気を取り直して走るように彼女の後を追った。

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