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「一番最初からご説明しましょう。その方がわかりやすい…とは限らないんですけどね。そもそもの発端はこの世界のはじまりにまで遡ります」
シェルはさらりとした口調で『世界のはじまり』という途方もなく昔の出来事を持ち出してきた。
人間族の五倍の寿命を持つ竜人間族や十倍の時を生きるエルフにとっても、それは遥か昔の出来事だ。
歴史書の記述に誤りがなければ、四千年も前のこと。
「遠い遠い昔、ここには何もありませんでした。私達が今いるここのことですよ。世界が始まる前には何もなかった。『なかったこと』があった状態、ですね。私達にはよくわからない状況ですが」
背中を見せたまま、どこか遠いところで起きたちっぽけな事件について語るように、『白』は無感動に話を続ける。
「どこまでもいつまでも何もないここを哀れに思った方がいらっしゃいました。私達は『神様』とお呼びしていますが、その方がどういった存在であられるのかは未だにわかっていません。きっと人間ではないのだと思いますが、案外あれで普通のヒトだったりするのかもしれません。まあその辺りの考察はさておくとして、その方…『神様』は、何もないここに『世界』を創ろうと思い立たれたのです。…何もないままにしておくのはもったいないからと。それで『世界』を創ることに決められた」
チャーリー・ファインの表情がわずかに揺れる。
ヴァシル・レドアが何事か言いたそうに口を動かしかけたが、今回ばかりはさすがの彼も声を出せないまま、シェルの話の続きを待った。
「ですが、神様は既に幾つもの『世界』をお創りになられた後でしたので、とてもお疲れになっておられました。そのような状態ではいかに神様であっても世界を創造するにあたり最も労力と手間とを必要とする『無から有を生じさせる作業』は満足には行えません。そこで神様は、完全にオリジナルの要素から世界を創り出すことはあきらめて、自分が創り出した既に存在している世界から必要な要素を取り出して集めることで『世界』を生み出すことにしたのです。必要な要素がどのようなものだったかの説明はここでは省きますが、そうして集められたのが『四大』と私達でした」
シェルがちらりとアークを振り向いた。
赤髪の巨漢は面倒そうに頭を振る。
それでも『白』が視線を外さないと気づくと、渋々口を開いて補足した。
「俺達五人。お前らは『青』を知ってるんだな。じゃあ、後もわかってるだろ? 『赤』の俺と『白』のコイツと、残りは二人なんだからよ」
「───『光』と『闇』?」
チャーリーが小声で答えると、アークは大きくうなずいた。
「ま、俺達は『黄金』と『漆黒』って呼んでるんだけどな」
「私達五人と『四大』とは、この『世界』を保つ命を神様から賜りました」
虚空に目線を戻したシェルが話を再開する。
「輪廻の輪から外され老いることも終わることもない生命を与えられ、私達はこの『世界』を存続させるように、神様から命じられたのです。そうして私達は、これまでその言いつけをずっと守ってきました。それぞれの役目を忠実に果たしてきたのです。これから先もずっと、未来永劫私達はあの方に言いつけられた通り、この『世界』を存続させるつもりでいたのです。…ですが、あるとき、起こるはずのないことが起きてしまいました」
そこで言葉を切って、シェルは長いこと黙り込んでいた。
肩を落とすでもなく深いため息をつくわけでもなく、後ろを向いているから表情だって見えないのだが、にも関わらずコートには何故かシェルがひどく悲しんでいるのがわかった。
他の皆にもそれは伝わっているのだろう、途切れた話の続きを性急に催促する者はいない。
「───私達はときに人の姿を借りてあなた達の世界を覗きに行きます」
短い沈黙を挟んで口を開いたシェルは、先刻の発言とは繋がらないような台詞から話を再開する。
「人間の身体を借りることは滅多にありません。そのようなことをするのは『世界』に直接干渉するときだけですから。ほとんどの場合、私達はあなた方の目には見えない精神だけの姿であなた方の世界を見物に行きます。特に何を見る、という目的もなく、大勢の人々が行き交う街の様子を眺めていたり、背の高い木々が並ぶ森の中で静かな風に吹かれていたり。私には『海底神殿』という居場所がありますのでほとんど出て行ったりはしませんが…それでも、自分達が維持している『世界』に触れたくなるときがあります。『光』や『闇』、『赤』も…そして『青』も。あなた方の町や村を巡り、あなた方の日々の暮らしを気まぐれに見守っていました。もっとちゃんとしたかたちであなた方と関わりたくなったときには、私達が今しているように自分の身体を一時的に具象化させて、短い間ではありますが人としての生活を営むこともあります。ささやかな楽しみ、というものですね」
『白』が向き直った。
蒼い瞳をまっすぐコートに向ける。
「『青』もあなた方の街で暮らしていたことがあるんですよ。ついこの間の話です。王都でドラゴンスレイヤーとかいう武器の研究をしていたようです。賢者の真似事ですね。『青』は学者のようなことをするのが好きでした。書物を読んだり、文章を書いたり…元いた世界でそのような職業に就いていたのかもしれません」
「王都で…ドラゴンスレイヤーの、研究?」
ヴァシルが呟く。
確かいつかどこかでそんな話を耳にした、ような気がした。
記憶の棚を数秒探ったが、いつどこでそれを聞いたのかは思い出せなかった。
「その頃に、『青』はメール・シードさんと出会ったのです」
唐突にその名を出されて、コートの肩が少し震えた。
自らが問うたのだからいずれは出されるとわかっていた名前なのに、どうしてこんなに動揺してしまうのだろう。
また自分が情けなく思えてくる。
奥歯を噛み締めてその感情をやり過ごす。
「私達は精神だけの存在ではありますが、普通の人間として暮らしていたときの姿を自分の『身体』として長いこと用いています。今あなた方が目にしている私達の姿も、私達がかつてあなた方と同じように普通の人間として生きていたときに持っていた肉体の記憶に基づいたものなのですよ。しかし───何故でしょうね。メールさんは…彼女は、『青』によく似た外見の持ち主でした。鏡に映した像かと思える程に。それを知ったときは私達も驚きましたよ。『青』とメールさんは本当にそっくりでした。あれはどういう偶然だったんでしょうね。黒く長い髪、紫がかった藍の瞳、ただ一つ似ていないのはメールさんがよく笑いよく話す方であったのに対して、『青』が寡黙で無表情だったことぐらいでした」
「『青』は、アイツは、それで、思い出しちまったんだよ」
急にアークが割り込んでくる。
「メール・シード…恋人と二人で幸福そうなあのお嬢ちゃんの姿を見て。自分がここに来て役目を授かるよりも前のことを。アイツが元いた世界の、アイツがまだフツーの人間だった頃のことを」
「私達は残りの四人がどのような世界から集められてきたのかは知りません。それぞれの過去の事情も。そういった事柄は私達の役目を果たすには関係ありませんから、相手が話そうとしない限りは尋ねようともしません。ですからこれからの発言は推測です。根拠も証拠もないただの推測ですが…『青』にも、恋人がいたのでしょう。あるいは婚約者か、配偶者であったのかもしれません」
「アンタとメールが二人でいるのをどっかで見かけて、『青』はそいつを思い出したんだ。多分…そんなコトあるハズがねえんだけど、多分、そうなんだ」
「元いた世界がどんなところであったにせよ、私達が集められてから数千年も時が流れています。『青』が大事に想っていた人は既に生きてはいないでしょう。『青』もそれはわかっていると思います。『青』はそれほど愚かではありません」
「それでも。わかってても『青』は、一度思い出した記憶をそのまままた忘れるってことなんか出来なかったんだ。『青』は…多分、それを、取り戻そうって思ったんだな…」
「取り戻す?」
チャーリーが反復すると、シェルとアークが同時にうなずいた。
「どうやって?」
続くヴァシルの問いにはシェルが答える。
「この『世界』を壊して自分が元いた場所へ帰ろうと、『青』は考えているようです」
「そんなことが可能なの?」
跳ね返すように叩きつけるように、チャーリーがさらに問う。
「世界をひとつ壊すのですよ。その影響で何が起こるかは誰にも明言出来ません。数千年も時間が戻るようなことも有り得るでしょう。もしかしたら、この『世界』が創られる前の状態まで一気に巻き戻ってしまう可能性だってあります。それが起こらないとは誰にも言い切れません」
『白』は真剣な表情できっぱりと言い放った。
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