第19章−2
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 ドラゴンに変身したラーカの背に乗って、オフォック村へ戻る。
 人の足では行き来もままならない雪原も竜の翼なら一飛びだ。

 トーザ達が連れ帰った父母の姿を見て、ギンレイとレイドフォードは涙を流して喜んだ。
 子ども達と抱き合う夫婦の目にも光るものがある。

 それは感動的な光景であったが、和んでばかりもいられない。
 トーザ達がここに来る前に邪竜人間族の襲撃を受けて生命を落とした者は二度と帰らないのだから。

「本当に、ありがとうございました」

 ダンバーが深々と頭を下げると、家族や居並ぶ村人達もそれに倣う。

「拙者達こそ、すっかりお世話をかけたでござる」

 トーザが丁寧な礼を返すのを当主は手を振ってやめさせた。

「大いなる四大の宝石を正当な持ち主にお渡し出来て良かった。大事な水晶があのような悪党どもの手に落ちていたらと思うと、ぞっとします。万に一つもそのようなことがあってはなりませんからな」
「でもちょっとそれはそれでどういう展開になったか見てみたかった気もしねえか?」
「ラーカ殿…」

『嫌ですわ、あのような美しくない殿方にこのわたくしが持ち帰られるなどと!』
「出て来ちゃいかんでござるよ…!」

「美しくないって…あのウォズニーッて奴のことか?」
「父さん、あのお方が水の四大…?」
「ああ…人の姿がお気に召されたらしい」

『そもそも殿方がおさげを結うなんて、異常ですわ! そのようなセンス、わたくしには到底受容出来ませんもの!』

「と…とりあえず、あまり長居するのも何でござるから拙者達はこの辺にて失礼するでござる。各々方、どうか以後もお達者で───」

「三つ編みは駄目なのに赤いリボンはいいのか?」
「トーザさん、次はどこに…」
『だってトーザちゃんのおリボンはとっても可愛らしいんですもの♪』

『ウンディーネ! いい加減にしなさい!』

 突如轟くノームの怒声にびくりと怯える村人達。
 トーザとノルラッティは顔を見合わせてものすごく深いため息をついた。

 土と水の四大が犬猿の仲だったとは初耳だ。
 それもこんな世俗的なレベルでの仲の悪さだったとは予想もつかなかった。
 四大がこんなことでこの先一体どうなってしまうんだろうと漠然とした不安が込み上げて来る。

「…リンド?」

 そのときぽつりと耳に届いたラーカの声。
 彼が見つめる方を二人して見やると、一人浮かない表情でうつむいているリンドがいた。
 先刻までの大騒ぎ、真っ先に飛び込んできて皆の話を大喜びで引っかき回しそうなリンドが、口を挟むことさえせずにじっと黙り込んでいる。
 周囲の話し声が途切れたのに数秒遅れで気づいたリンド、そこにいる全員が自分に注目しているのを見て、思わずといった感じで二、三歩も後退る。

「なッ…何? リンドに何か用?」

「どうしたんだ? 暗いぞ、お前」
「リンド、別にクラくないよ。おにいちゃんこそ、マジメなカオ、似合わないよ」

 わざとらしく明るい笑顔をつくってみせる。

「いや、お前…」

『「闇」の竜の魔道士はアナタのお友達でしたのね』

 氷色の美女にあっさりぴたりと見透かされて言い当てられて、リンドの顔からせっかくこしらえたつくり笑いが抜け落ちた。

 その変化を見てとって、ダンバーは自分の失言を思い出した。
 ついさっき、自分はこの子の前で何を言ったか───『あのような悪党ども』、こう言った。
 友人がそのように表現されれば大人とてショックを受ける。
 ましてリンドはまだほんの子どもだ。
 傷つけてしまったに違いない。

「すまない、お嬢ちゃん…」

 無神経な発言を恥じ入って詫びるダンバーに、リンドは首を振って精一杯元気に笑いかける。

「いいの、だってテルルちゃんが悪いヒト達の言うコトきいてるの、ホントのことだから」

 そう言って…しかしすぐにまた視線が下がる。

「…テルルちゃん、どうして悪いヒト達の味方、するんだろう…」

「リンド…」

「悪いヒト達は、リンド達の皇子様をお城の牢屋に閉じ込めてたんでしょ? そんなヒト達の言うコトきくなんて絶対ヘンだよ。ガールディーッてヒトもメールさんも竜じゃないのに、どうしてドラッケンにヘンなコトばっかりさせようとするの?」

 足下を見つめたまま誰にともなく理不尽な思いを吐き出し続ける。
 ガールディー・マクガイルの名を出されてトーザが瞳を伏せた。

「リンドさん…」

 慰めなければ、励まさなければと思っても、ノルラッティにはどう言葉をかければ良いのかわからない。
 実の兄であるラーカも複雑な表情でただ口を閉ざしている。

「リンド」

 重苦しい沈黙を破ったのはレイドフォードだった。
 一歩、二歩。
 雪を踏んで、皆が見守る中を少女の前に歩み出る。

「村に来た奴、リンドの友達だったのか」
「…うん」
「仲、良かったのか?」
「…う〜ん…よく会ったけど、仲の良さはふつうかな。テルルちゃん、お友達いっぱいいるから」

「じゃあ、そんなに、元気なくすことないだろ!」

「…レイ君」

 思いがけず声を荒げられて、リンドがはっと息を飲む。

「親友、とかだったら、そりゃショックだけど…ふつうの友達でも、やっぱりショックかもしれないけど、だけど…」

 何かを一気に伝えようとして、なのに言葉はつかえてどもって、言いたかったことが逃げてゆく。
 ばらばらになろうとする思いを必死に追いかけて捕まえて、レイドフォードは乏しい語彙で自分の気持ちをどうにかかたちにしようと苦戦する。

「オレは…オレは、邪竜人間族が悪者だとか、思わないよ。だって、リンド達、オレと父ちゃんと母ちゃん、助けてくれたし…だからさ…」

 だから。
 だから…どう言えばいいのだろう。

 レイドフォードにはわからない。

 これじゃあ何も言えてないのと同じだ。
 もっといいコト言えたらいいのに。
 もっといいコト言ってやりたい。
 リンドを元気にしてやりたい。

「ありがとう…レイ君」
「気にするコト、ない、ホントに」
「うん」
「元気出せよ」
「大丈夫」

 まっすぐに顔を上げたリンドは、はっきりとレイドフォードにうなずいてみせた。

『あの子にはこれからもっとつらいことが待ち受けていますわよ』

 子ども達には聞こえない声でウンディーネがラーカに囁きかける。

「それは運命なのか?」

 リンドを見つめたまま、ラーカが尋ねる。

『運命であれば、どうしますの?』

 水の四大が尋ね返す。
 ラーカは少し肩をすくめて、薄く笑った。

「運命ならば変えられる。恐れるには値しない」

 さらりと言い放ったラーカを氷色の瞳が少しの間じッと見上げた。
 やがてウンディーネは完璧に美しい口許を優美にほころばせて一瞬笑むと、

『ご立派ですわ』

 心底からの感嘆とも辛辣な皮肉ともとれる口調でそう言い残し、誰に急かされたワケでもないのに自分から水晶へと戻ってしまった。

 出て来る度に両腕を否応なく占領するウンディーネから解放されてほっと息をついているトーザに、ふと思いついてラーカが耳打ちする。

「役得だな、お前」
「………は?」
「ほら、あんな美人のねーちゃんに抱きつかれてよ」
「…もしかしてうらやましいとか思ってるんでござるか?」
「もしかしなくてもうらやましいだろ、男なら」
「拙者出来ることなら御免こうむりたいでござるよ…」
「何で。お前女嫌い?」
「女性云々ではござらん。…ものすごく冷たいんでござる」

「…そんな分厚いコート着て手袋はめてるのにか?」

 げっそりとした様子でこくりと首を縦に振る。
 …なるほど、それは遠慮したい。

 大いなる四大の一人なのだから冷たいからと言って取り落とすワケにもいかない。
 トーザが照れるよりむしろ弱り切っている理由はそれだったのか。
 この島を離れて普段着に戻ってからさっきのようにしがみつかれたらどんなことになるのやら、他人事ながら心配になる。

「それはそうと、当面の目的も達成したことでござるからここで一度バルデシオン城に戻ろうと思うのでござるが」

「そう言えば…宝石を手に入れたら次はどうするのか、チャーリーさんは言っておられませんでしたものね」

 ノルラッティの台詞にトーザは苦笑して続ける。

「チャーリーはあれでいて結構抜けてるところがあるでござるからな。別の考えがあったのかもしれんでござるが、言われていない以上は出発地点に戻っておくのが無難で確実でござるよ」

 トーザの言うことはもっともなのでノルラッティにもラーカにも異存はなく、四人はバルデシオン城に引き返すことにした。

 来たときと同じく帰りもラーカが竜になって三人を乗せて行くことになる。
 往復それでは申し訳ないから今度は自分が皆を運ぶと言い出したノルラッティを、細っこいアンタより俺が乗り物代わりになる方がよっぽど安全だからと一言で退けて、

「それじゃあ、早いとこ戻るとしようぜ」

 トーザを振り向き言いつつも、その顔はどこか晴れない。

 邪竜人間族であるラーカにとってバルデシオン城は決して居心地の良い場所ではない。
 なるべくなら近寄りたくもないところだがまさかそのような勝手を口にするワケにはいかないだろう。
 避けられない事態であるなら早めに受け入れ順応するよう心がけるのが一番だと素早く頭を切り替える。

 トーザとノルラッティはウェスティングハウス家の人々はじめ村人達と再度礼儀正しく別れの挨拶を交わしている。
 ふと見るとさっきまでそこにいたリンドがいない。
 少々焦って見回すと、道端にしゃがみ込んで何やらごそごそとしている妹の姿。

「何遊んでんだ、リンド。もう行くぞ」

「うん、ちょっと待って。───うん」

 意味ありげな笑顔で兄を見上げながら立ち上がったリンドは、手袋をはめた両手で包み込むようにして雪の玉を持っていた。
 ぎゅっと手のひらで最後に一押し、雪玉を固める。
 それから、ギンレイと並んで立っているレイドフォードに体ごと向き直った。

「レイ君!」

「え?」

 雪に冷えた大気に凛と響く少女の声。

 いきなり呼ばれてそちらを向いたレイドフォードの無防備な顔面を、リンドの投げた雪玉が見事に直撃した。

 まったく予想外の攻撃にかわすことも防ぐことも出来ず、レイドフォードは前髪や鼻の頭に若干の雪を残したまま、ただ呆然となってリンドを見返す。
 ぽかんと口を半開きにして硬直している彼の反応に、リンドの明るい笑い声が弾けた。
 ひとしきり笑い転げてから、リンドは雪まみれの少年に屈託なくきっぱりとこう告げる。

「昨日のおかえしだよッ!」

 あっと声をあげかけるレイドフォード。
 トーザ達が初めてこの村に足を踏み入れたとき、確かに自分はリンドに…。

「行こッ、おにいちゃん! レイ君、また遊ぼーねッ!!」

 言い返す言葉を探しているうちにリンドは村の外へと駆け出して行った。
 愉快そうに笑いながら妹の後を追ったラーカの姿もほどなく消えて、トーザとノルラッティが慌ててそれに続く。

「皆さん、お気をつけて!」

 水の四大が降らせる雪はトーザ達の足跡をたちまちのうちに消し去って、残されたのは雪原を吹き抜ける風が運んで来るしっとりとした静けさだけ。

 髪や顔についた雪を勢いよく頭を降って払い落とすと、もう届かないとわかっていながらレイドフォードは叫んだ。

「約束だぞッ!!」

 新しく出来た、異種族の友人に向かって。

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