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「私はこの『海底神殿』の番人。名はシェルです。『白』のシェル。お見知りおきを」

 優雅に一礼する。
 非の打ち所がない、完璧な仕草だ。

「俺はアークという。『赤』のアークだ」

 シェルとは対照的にまるで飾り気のない名乗りをあげたのは、ようやく笑い止んだ赤髪の男。

 コートは無意識に彼に向き直り、その顔をまじまじと見つめてしまった。

 『赤』…自らを色の名で呼ぶこの男は、メール・シードの身体を乗っ取った『青』や『白』であるシェルと同じ、『精神だけで永遠に生き続ける五人の生命体』のうちの一人なのか。

 よく考えるまでもなく、こんな世界の底で『海底神殿』の番人とゲームに興じている者が並の人間であるワケがない。
 『赤』の名乗りを受けて生じた違和感は本来ならばテーブルについている二人を目にした時点で感じているべきものであった。
 シェル以外の人間がこの場にいるなどという事態は全く想定していなかったのに…彼の存在を何故か最初から普通に受け容れてしまっていた。

「まあそうカリカリするもんじゃねえよ、魔道士のお嬢ちゃん。何事につけても心に余裕を持つのは悪いコトじゃねえだろ」

「尋ねたいことがある。遊んでる暇はない」

 不真面目ともとれる口調で話しかけてくるアークを傲然とした態度で真正面から見返して、チャーリーは斬って捨てるようにそう言った。

「さっきはシェルに勝ったじゃねぇか」
「あれは…」

 きつい眼差しを向けられても微塵も臆することなく切り返す『赤』。
 チャーリーが返答に詰まって沈黙する。

 ばつの悪そうな表情を浮かべるかと思えば、それとは明らかに異なる、あからさまに不安そうな顔つきになった。
 自分が何故あんなことをしてしまったのか自分でもまるでわからない、ようだ。

 気まずく滞りかけた空気を払うように、シェルがふっと涼やかに笑んだ。

「ご苦労でしたね、カーマッケン」

『は? あ、は、はいッ!』

 不意打ちで労われてビックリしたらしいカーマッケンが必要以上に大きな声で返事をする。

「それでは、あなた方の質問に答えてゆくとしましょうか」

 『白』の発言を受けて、チャーリーがコートを振り返る。

 視線で促されるよりも早くうなずいて進み出て、コートはシェルの前に立った。
 シェルはコートよりも頭半分ほど背が高く、間近に寄ると少し見下ろされる感じになる。
 皆の後ろから距離を置いて眺めていたときから思っていたが、そばでこうして見てみてもやはり───普通の人間にしか見えない、シェルも、アークも。

 永遠に生き続ける精神だけの生命体。
 その単語がまた脳裏を過ぎる。
 人ではないもの。
 長い時間を生きるもの。
 そしておそらくは、自分達とは違う価値観と違う感情とを持つもの。

 そのはずなのに、目の前にいる二人からは人間離れした雰囲気はまるで感じられない。
 あるいはチャーリー・ファインの方こそ人外の存在なのではないかと思えてしまうぐらいに、彼らは平凡だった。

 最愛の女性の身体を奪った『青』とやらの仲間だから、そのためにメール・シードをここまで呼び寄せたのが『白』だから、彼らのことを必要以上に常識から外れた存在なのだと思い込みたがっているのかもしれない。
 妙な先入観を通して相手を見て…自分はシェル達をどうあっても『敵』だと認識しなければならないと、考えているのか?

 思いがけなく導き出された結論にコートは他者には気取られぬようにそっと唇を噛んだ。

 自分からメールを取り上げた者達。
 幸福になれるはずだった二人を無慈悲に引き裂いた連中。
 それが彼らのあずかり知らぬ『運命』と呼ばれる流れに従っただけのことであったとしても。
 …憎んでしまえば、憎んでしまえるのなら、楽だろう。
 けれど…。

「コート・ベル。人間族(ヒューマン)賢者(セージ)ですね」

 突っ立ってうつむいたきり未だ一言も喋れずにいたコートに代わって、シェルが話し出した。

「メール・シードの…婚約者、でしたか」

「婚約者です」

 その言葉を意識に乗せる前に訂正していた。
 過去形ではない。
 自分は今も、メール・シードのことを…。

 簡単に過去形にされてしまっては、不愉快だ。
 シェルをきッと見返す。
 下を向いて口を閉ざしている場合ではない。

「失礼。どうも私には配慮に欠けるところがある」

「メールさんのことを、話して下さい」
「彼女のことを? …王都で直接聞かされたハズですよ」
「確かに…聞きました」
「私が改めて話したところで、その繰り返しになるだけかと思われますが」

「それでも。それでも、わたしは聞きたいんです」

 控える仲間達の意見も顔色もうかがうことなく、コートはシェルに詰め寄った。
 白い髪の男は蒼い瞳を少しだけ細めてまっすぐに見つめ返してくる。
 顔を逸らさず半歩も退かず、一途に言い募る。

「メールさんがどんな様子だったのか。繰り返しだとしてもわたしは知りたい。もっと詳しく。そのとき彼女が何を言ったのか、どんな表情を見せたのか、もっと詳しく知りたいんです。話して下さい。───それに」

 それに。
 それに…。

 続けたい言葉が多すぎて、ぶつけたい感情が激しすぎて。
 コートは顔を歪めて一度口を閉じた。
 頭の中で想いを台詞にしようと試みるが、まとめる端からばらばらとほどけてしまって全然うまくいかない。
 次に口にするべき言葉が見つからない。
 言いたいことも訊きたいことも山のようにあるのに。
 情けなくて涙が出そうになった。

「わかりました。お話しします」

 コートの沈黙をどのように解釈したのか、短くうなずきそう言って、シェルは静かな動作でコート達に背中を向けた。
 腰の後ろで両手を組んで、わずかに斜め上を見上げるような姿勢をとる。

「そもそもの最初からお話ししますよ。かなり長くなりますが、ご静聴願います」

 そして、シェルは淡々と説明を始める。

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