第17章−8
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「あーあ。あたし達、ついて来たイミ、全然なかったみたいだね」

 誰にともなくそう言って、マーナは道の両側に並ぶ木の根元に腰を下ろした。
 ガブリエルがそばにすり寄って丸くなる。
 スバルはマーナの頭の上から、主人が根元に腰かけている木の枝へと移動した。

 疲れてはいなかったのだが、イブもマーナと同じように座っておくことにした。
 細い道を挟んでマーナの真向かいにあたる木の根元に落ち着く。
 立っていても仕方がない。
 フォスタートもそう考えたらしく、イブと同じ側の地面に座り込んだ。

「そうねぇ。ホント、来たイミもいるイミもないわね」

「チャーリーさん、どうしてあたし達に皇子様のお供をするように言ったのかな」

 マーナが不意に妙なことを言い出した。

「それは…他に適任の人がいなかったからでしょ? 皆それぞれ行くトコとかするコトとかあったじゃない」
「そうだけど…それだけの理由かなぁ」
「どういうコト?」

 イブが尋ねると、マーナは少しの間黙り込んだ。
 いつでもどこでもどんなときでも思いついたことは即座に口に出さねば気が済まない性格のマーナとしては非常に珍しいことだ。
 イブは促したりはせずに待った。
 やがてマーナが再び口を開く。

「ホントはここに来るのって、皇子様一人でも良かったハズだよね。あ、皇子様がドラゴンになると目立つから、フォスタートさんはいないといけなかったかな。だって、エルフが善竜人間族以外の他の種族とは関わりたがらないことぐらい、チャーリーさんが知らなかったワケないもん」

「でも、私には探知の魔法で隠れ里の位置を割り出すように、って」
「その魔法って、皇子様が使えないぐらい難しいものなの?」

 切り返されて言葉に詰まる。

「ううん…私が使える程度の探知なら、皇子様も使えるかも…」
「あ、誤解しないでね、イブ。あたしにはイブの魔法の腕前をどうこう言うつもりは全然なくって…」
「そ、そんな誤解はしないけど」

「チャーリーさん、皇子様のために、あたし達を一緒に行かせることにしたんじゃないかなって」

「はあ?」

「だからさ…フォスタートさんがいるトコでこういう風に言うの良くないとは思うけど、皇子様ってかなり頼りないヒトじゃない」

「まあ、それは」

 そうだよね、と間髪入れずにうなずきかけて慌ててフォスタートの様子をうかがう。
 素早く視線を逸らされた。
 どうもフォスタートにもサイトを弁護するつもりはないようだ。

 本当のことなのだから無理もないがサイトが少し気の毒でもある。
 彼の場合父であるサースルーン・クレイバーと比較されるから余計に優柔不断なところが目についてしまうのだ。
 立派過ぎる親を持つというのはそれはそれでとても大変なのだなあ、とサイトに思わず同情してしまっているイブに、マーナはガブリエルの広い背中を撫でながら結構衝撃的な台詞をぶつけて来た。

「でもさ、あたし達みたいなのがくっついてたら皇子様がしっかりしないワケにはいかなくなるでしょ?」

「え」

「ほら、現にあたしとイブとが横道に逸れてばっかりだったから皇子様、かえって見違えるようにシャキッと」
「そ、それは、マーナ」
「だってこのメンバーじゃ皇子様がリーダーするしかないし」
「フォスタートさんっ、何でまた目を逸らすんですか!?」
「チャーリーさん、サイト皇子様にリーダーとしての自信をつけさせたくてわざとあたしとイブみたいな組み合わせで」
「ちょっとちょっと! 私を巻き込まないでくれる!?」
「チャーリーさんってキツそうに見えてあれで案外皇子さまのコトを考えてあげてるのよね」
「うっとりしてないで! 私はそんなんじゃ」
「生命の長さに違いのある竜人間族と人間族の恋…なんてロマンチック…」

「聞いてない…」

「でもさ、チャーリーさんほどの魔道士なら、若い姿のままで何百年でも生きられるのよね。魔法の力で」
「まあね…肉体を若返らせる魔法と老化を止める魔法の二種類があるんだってね。私は当然どっちも使えないけど」

 エルフの魔法で守られている森の中にいるはずなのにそこはかとない疲労感を覚えつつ、イブはマーナの質問に答えてやる。

「二種類あるの?」

「若返りの魔法は若者の姿に戻ってもそこから普通に老化が再開されるから、十年とかの単位で見たらそのヒトの姿は変わっていってるワケ。普通にね。だから数十年後とかにはもう一度かけないといけなくなる。その代わりかける回数は少なくて済むけど。それに対して老化を止める魔法はほとんど毎日かけ直さなくちゃいけない。そのままの若さを保ちたいのであればね。かけ続けてる限りは何十年経っても外見は変わらない、当然。魔法で何百年も生きてるような魔道士は、両方の魔法を使えるようになってから、自分が一番綺麗だったとかカッコ良かったとかの年齢まで若返って、それで老化を止める魔法を使い続けてるみたいね」

「へえ…何百年も生きるってどんな感じなのかなぁ。あのガールディーさんもそうなんだよね」
「確か、見た目は二十五、六歳ぐらいなんでしょ? 私は会ったコトないけど」
「うん、それぐらいだった。ガールディーさんはどうして長生きしてるのかな」
「魔道士が寿命を超えて生きようと思うのは、魔道の知識を深めるためだったり、より強力な魔法を使いこなせるようになるためだったり…」
「どっちかなのかな」

「それ以外の理由となると…」

 個人的な事情となると、ガールディーをよく知らない自分にわかるワケがない。
 見当もつかないよと答えかけたとき、唐突にフォスタートが立ち上がった。
 驚いて見上げる。

 二人に背中を向けて立つフォスタート、彼が見つめる前方に一人の少女が立っていた。
 やはりいつ接近されたのかわからなかった。

 少女はフォスタートの数メートル前方に立ってもじもじと地面に視線を落としている。
 両手でバスケットを提げている。
 柔らかそうな栗色の髪。
 顔を伏せ気味にしているのではっきりしないが、なかなかの美少女のようである。
 こんなところで遭遇するからには少女もまたエルフなのだろう。
 先程の青年とよく似た法衣を着ている。

 少女の態度からは敵意は全く感じられなかったが、フォスタートは警戒を緩めず慎重に問いを投げた。

「私達に何かご用ですか。あなたのお仲間の指示で私達はここにいるのです」

「そっ、それは…あの…知って、ます。知ってます!」

 エルフの少女がぱっと顔を上げた。
 琥珀色を薄めたような優しい色の瞳が三人を等分に見渡す。
 外見年齢はイブやマーナと同じくらいだろう。
 声にも表情にもはっきりと緊張の色をにじませて。

「あの…私ッ、私、ミリルといいます。エルフです。ミリル・レイシェアです!」

 イブとマーナもそこでようやく立ち上がり、フォスタートと並んで───彼が手を上げて制したために一歩後ろに下がったところで───ミリルと名乗ったエルフの少女と向かい合った。
 マーナの足下にのそりとやって来たガブリエルの姿を見てミリルは悲鳴をあげて後ずさりかけるが、かろうじてといった感じで踏みとどまる。

「心配いらないよ、ガブくんは何もしないヒトに咬みついたりしないから。あたしはマーナ・シェルファード。吟遊詩人だよ」

 ごくごく自然に名乗ったマーナにならって、イブとフォスタートもそれぞれにミリルに名前を教える。
 マーナは自分のビースト達もきちんとミリルに紹介した。
 ミリルはいちいちうなずきながらイブ達の言葉に耳を傾け、ガブリエルやスバルや、ちゅちゅにまで丁寧に頭を下げている。

「あの…何か私達にご用だったのでは」

 マーナの手のひらの上のゴールデンハムスターに真剣に自己紹介しているミリルにやや呆れつつも、フォスタートが再度話しかける。

「ああッ! そ、そうでしたッ! あの、あの、こっ、これッ!」

 いきなり大声を発してから、ミリルは手に持っていたバスケットをフォスタートに向かって突き出した。
 その勢いに受け取るよりも先に思わず身を引いてしまう。

「な…何ですか、これは?」
「あの…その、ゆっ…夕ご飯、ですッ!」

「夕ご飯??」

 期せずしてイブとマーナの声がハモッた。

「はっ、ハイ! お、お口に合うか、どうかは、わかりませんけどッ! あの、もう、夜になっちゃうし。ここにいれば、お腹とかは、空きませんけど。でも、でもッ、私のお兄ちゃんがッ、融通きかないせいで、こんなトコで待たされるコトになっちゃって! 私ッ、申し訳なくてッ! それでッ!」

「さっき皇子様を迎えに来たのって、ミリルちゃんのお兄さんだったの?」

 マーナは穏やかな声で尋ねた。
 少し気分を和らげてやらないといきなり後ろにばったり倒れてしまいかねないくらいミリルはガチガチに緊張してしまっている。
 他種族と接触するのは生まれて初めてなのだろう、エルフなのだから無理もないが。

「はっ、はい」

 先程の深緑色の髪に緑の瞳を持った寡黙で無表情な青年───今目の前にいるミリルとは似ても似つかないが、彼女はこくりとうなずいた。

「ごッ、ごめんなさいッ、あの、お兄ちゃん、マジメなのだけが取り得だから! きっと、人間族を連れて行くことは出来ない、とかって、すっごくひどいコト言っちゃったりしましたよねッ!? 許してあげて下さいッ、お兄ちゃんのコトッ!」

「いや、あの…別に私達、怒ってなんか」

 イブがたじたじとなりつつも言葉を挟もうとするが、ミリルはあまり聞いていない。

「それでッ…せめてもの罪滅ぼしに、と思って、私ッ! お弁当つくって来ました、急いでッ! あのッ、私達の味つけだから、ひょっとしたらあなた方には美味しくないなんてコトも、あるかもしれませんけど。…これッ! 是非食べて欲しいんですッ! 受け取って下さいッ!!」

 容赦なく押しつけられてそれ以外にはどうしようもなく、フォスタートはミリルからバスケットを受け取った。
 イブとマーナが左右から覗き込む。
 バスケットの中には少々歪んだ三角形に切られたサンドイッチがぎっしりと詰め込まれていた。
 中身はたまごと野菜のサラダのようである。

「わあ、おいしそう!」

 マーナが正直に感想を述べる。
 イブもうなずいた。
 形はあまり良くないが確かに美味しそうなサンドイッチだ。

 空腹は感じないが満腹というワケでもなかったので、早速ありがたくいただこうというコトになる。
 せっかくだからとミリルを交えて、先程マーナが座っていた場所に車座になって落ち着こうとしたとき。

「ミリル!」

 険しく厳しい声が飛んで来た。
 当然全員そちらに注目する。

「お兄ちゃん…!」

 先程サイトを案内して行った青年が立っていた。

「お前は…無断で里から出て、このようなことを!」

 つかつかと歩み寄ってくる。
 とても怖いカオだ。
 ミリルの真ん前に立ちはだかって見下ろす。
 見下ろされて一旦は小さくなりかけたミリルだったが、勇気を振り絞って正面から兄を見返した。

「だって…だってッ、いくら里の決まりだからって! いくら森の中が安全だからって! こんな所で待たせておくなんてッ!」
「だからそんな物を持って来たのか!」

「ちょっと…そんなモノッて言い方はないと思う!」

 兄妹ゲンカにマーナが敢然と割り込んだ。

「ミリルちゃんが一生懸命あたし達のためにつくって来てくれたんだよ! とっても美味しそうじゃない!」

 マーナが一息に言い切ると、エルフの青年がきッと睨みつけて来た。
 イブとフォスタートはおろおろとことの成り行きを見守っている。

「私が言いたいのはそのようなことではありません!」

 妹に対するときとは声も言葉遣いもがらりと変わっている。
 無理に感情を抑え込んだような冷静な反論はかえって不穏なものを感じさせたが、マーナは怯まずに食い下がる。

「じゃあ、どういうコトを言いたいって言うの?!」

「飲み物がないでしょう! サンドイッチなのに!」

「飲み物がないぐらいッ…───え?」

「あッ…!」

 兄の言葉にミリルが今初めてそのことに気づいた表情を見せ、マーナはぽかんと黙り込む。
 イブとフォスタートが唖然としている前で、エルフの青年は持参した水筒をミリルの手に押しつけた。

「お、お兄ちゃん」
「中身はごく普通の紅茶ですから皆様の口には合うハズです」

「ど…どうも、ありがとうございます」

 …何がなんだかよくわからないが頭を下げておくイブ。
 フォスタートもほとんど無意識にそれに倣う。

「お兄さん、実はいいヒトなんですねッ?」

 マーナが屈託の無い笑顔を向けると、ミリルの兄は何とも言えない表情で視線をあさっての方向へ逃がした。
 微妙な沈黙が落ちかけたとき。

「あ!」

 聞いたことのない声がミリルやその兄が出て来たのとは逆の方向から聞こえて来た。
 ビックリして向き直る。
 三つ子がいた。

 黄色がかった明るい若草色の髪と、澄んだ水色の瞳───ミリルよりわずかだが年上と見られる、そっくり同じ容姿を持った三人の少年は、手に手に温かくて柔らかそうな毛布を抱えていた。

「な…何だ、お前達?」

 ミリルの兄に睨まれて、三人は慌てて弁解を始める。

「やっ、だってさ、お客さんが森ん中で野宿だって言うから」
「寒くはなくてもやっぱ毛布とかあった方がいいだろなって」
「そうそう。地面に直じゃカラダも休まんないと思ってさぁ」

 三つ子の言い訳が終わるよりも、早く。

「何だ何だ。いやにいっぱいいるじゃないか」

 三つ子が出て来た反対側からまた声が響いて、濃い紫色の髪を肩から胸へと垂らしたすらりと背の高い女性が、姿を見せる。

「…お鍋だ…」
「…お鍋ね…」

 マーナとイブが思わず囁き交わした通り。
 女性はその細い両手にひよこのアップリケがついたピンクのミトンをはめて、大きな両手鍋をしっかりと抱えていた。

「もちろん鍋だけじゃアないよ」

 女性の後ろから大男がのっそりとやって来た。
 暗い栗色の髪と同じ色の髭を顔中に生やした、エルフと言うよりはトロールかオーガーとでも表現したくなるような筋骨逞しい巨漢である。
 男は片手に数枚のスープ皿を、もう片方の手でミリルが持って来たものよりも一回り大きなバスケットを持っている。

「わあ…なんか、いっぱい来てくれたよ、イブ! フォスタートさん!」

「エルフッて…こんな人懐っこい種族だったっけ…」
「いえ…確か、もっと気難しくて閉鎖的だと聞いて…」

「さあさあ、ややこしいハナシはあとでにしなさいな!」

 遠い目でぼそぼそと語り合うイブとフォスタートに、紫の髪の女性が快活な笑顔を向ける。

「まずは自慢のクリームシチューが冷めないうちに夕食にしようじゃないか。ほら、アンタ達もごちそうしてあげるからさっさとおいで!」

「ホント!?」
「やった!!」
「いただきまーすッ!!」

 三つ子の少年が喜び勇んで駆けて来る。

 相変わらず何が起こっているのかはっきり言ってよくわからないまま、イブ達はエルフと共に温かいシチューといびつなサンドイッチで食事をとることになった。

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