第17章−6
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世界に存在する四つの大陸の中で、最大のソリアヌ大陸に次ぐ面積を有するアイファム大陸。
地図の南側に幅の広い三日月のような形で描かれるその大陸の北東の端。
バイアス湖畔の森のすぐそばに、善竜人間族の魔道士フォスタート・スラトが姿を変えたグリーン・ドラゴンが降り立った。
可能な限り静かな動作で着地したフォスタートは、そのまま地面にひれ伏すような体勢をとって背中に乗せていた者達が降りやすいようにする。
最初にサイト・クレイバー、続いてイブ・バーム、マーナ・シェルファードとそのビースト達。
全員が無事地面へ移動したのを見届けてから、フォスタートは人の姿に戻る。
「御苦労だった」
サイトがかけた労いの言葉に深く一礼する。
そこへイブとマーナもやって来た。
「お疲れ様、フォスタートさん」
「ありがとー! ほら、ガブくんとスバルもお礼して」
主人であるマーナに促されサーベルタイガーとダイブイーグルが律儀に頭を下げる。
人間と共に行動出来るよう訓練されているビーストとは言えモンスターに礼をされたのは初めての経験だ。
どう反応したものか迷った末、苦笑とも愛想笑いともつかない笑顔を浮かべるぐらいしかフォスタートには出来なかった。
「あ。ほら、アレがエルフの隠れ里がある森だよ」
マーナが目の前に広がる森を片手で示しながらイブを振り返った。
「うん…目の前にあるし、この森しかないし、言われなくてもわかるけど」
「あ! これこれ、ほら、前に来たときと同じ立て札。立ち入り禁止の」
「アンタはそれを無視してここに入って行ったワケね…」
「だって、この通り綺麗な森だったんだもん。それに、イブだってわかるでしょ?」
「何が?」
「『入るな』って書いてあったら余計に入りたくならない?」
「…エルフが好戦的な種族でなくて良かったね…」
「そうそう、それ!」
びしいッとイブを指差すマーナ。
「な、何よ」
指差されてたじろぐイブ。
「実のところ、あたし、エルフッて具体的にどんな種族なのか知らないの」
「一度は会ったんでしょ?」
「すぐ森からつまみ出されちゃったんだもん」
「よく詩の題材になってたりするじゃない。アンタは吟遊詩人でしょ」
「それはそうなんだけど、やっぱ詩にするときって、美化するじゃない。不都合なトコ削ったりいいトコだけふくらましたり」
「まあ、正確な姿を伝えてるんじゃないとは思うけど…」
「ねっ、皇子様は知ってますか?」
「───はっ?」
果てなく喋り続けそうな二人の女性を所在なく傍らで見守っていたサイト、思わず露骨に驚いた声で応じてしまう。
まさか自分に話題が振られて来ようなどとは思ってもいなかったのだろう。
少しばかり動揺を見せてしまいつつも、すぐに気を取り直して口を開いた。
「私も、知識としてしかエルフという種族を知らないのですが…」
「そうなんですか?」
イブが意外そうにそう言うと、サイトはやや決まり悪そうにうなずいた。
「お役に立てなくて申し訳ありません…」
「い、いえ、別に皇子様を責めてるんじゃないですよ。知らないのは私も一緒なんですし」
慌ててフォローしておく。
「私が生まれたときには、高位エルフの一人が代表として祝いの言葉を届けに来られたそうですから、父上なら私よりもよく知っているでしょうね」
「でも王様今いませんしね」
「申し訳ありません…」
「だ、だから、責めたいワケじゃなくてですね」
「フォスタートさんはエルフのこと、どのくらい知ってます?」
マーナに急に発言を求められ、先程のサイトと同じくうろたえてしまいつつも、
「私も、一般的な知識以上のことは存じません」
簡潔に答える。
一般的な知識───エルフは善竜人間族と同じく『光』の守護を受ける種族である。
世界で最もその人数が少ない種族で最も長い寿命を持つ種族。
性格は実直かつ誠実、自然と正義を深く愛する。
他種族に対しては閉鎖的…と言うよりほとんど関係を持ちたがらない。
特定の指導者は持たず、エルフの中でも特別に優れた能力を持つ高位エルフ達が開く話し合いの結果で種族としての行動を決定する───。
「そっかぁ。ま、ドラッケンみたいに危険なヒト達じゃないし、こっちには皇子様もいるんだし、こんなトコでいつまでも喋っててもしょうがないから、そろそろ森に入ろっか?」
「…このハナシ始めたのってそもそもマーナだったような気がするんだけど」
「そうだっけ?」
イブの指摘にきょとんと首を傾げるマーナには微塵の悪気も感じられない。
「と…とりあえず、現在私達がいるのは」
険悪な表情になりかけたイブの注意を自分に引きつけるために、サイトがやや声を高くして説明を始める。
「バイアス湖の南側になります」
森に背を向け、空中の一点を指し示す。
「あそこに見えるのがモルガニー山脈のリキュート山ですから」
森から山脈まで、相当な距離があったが間を遮るものはない。
天気が良いこともあって草原の向こうには山並みが見えた。
サイトが示しているのは遠く霞む高峰。
モルガニー山脈を形成する数多くの山の中で唯一名づけられたリキュート山に間違いないだろう。
サイトは深い森に向き直る。
「この森はバイアス湖を取り囲むかたちで広がっています」
木々が形作る太い輪の中心に湖がおさまっているかっこうだ。
バイアス湖自体は長方形に近い楕円形をしている。
エルフの森が周囲を覆ってしまっているせいで実際にその湖を目にしたことがある者は数えるほどしか存在しない。
もちろん、エルフを除いての話だが。
「私達の目的地である『湖の洞窟』はバイアス湖の北岸に位置しますから…」
「エルフのヒトが封印を解いてくれないと入ることも出来ないんだったよね」
「何せ、ドラゴンスレイヤーがしまわれてる場所なんでしょ?」
「メールさんが言ってたねー。さすが賢者、もの知りだよね」
「シードッて、ちょっと性格はアレだけどね」
いつの間にやら自分達の会話に没頭しているイブとマーナを、遮るでもなく咎めるでもなく呆然と見つめてしまうサイトである。
フォスタートが気の毒そうに女性二人と皇子とを見比べているが、かける言葉は見つけられないようだ。
女性が話好きなのはいずれの種族も同じか…。
ぼんやりそんなコトを頭に浮かべてしまってから、これでは駄目だと気持ちを引き締める。
チャーリーさんは自分を信頼してこの役目を任せてくれたのだから、しっかりしなくては。自分がリーダーとしてきっちり行動していかなければ。
サイトをリーダーとすることが特別に取り決められた事実はないのだが、この四人の中では自分が先頭に立って仕切るように求められていることぐらい、彼にもわかっている。
こんなコトでいちいちめげてはいられない。
イブもマーナもかなり横道に逸れやすい性格のようではあるが、悪い人間ではない。
際限ないお喋りも意図的に自分を困らせようとしてやっているコトではないのだから、ここは深く思い詰めずに軌道修正してやるのが正しい対応の仕方だろう。
何もこのような場所で、自分の説明の仕方はつまらなくてわからないから聞いてもらえないのだろうかとか、やはり自分は父上に比べてカリスマとかリーダーシップとかが欠けているんじゃないかこんなコトで将来無事に王位を継いでやっていけるのだろうかとか、こんな風にいちいちうじうじ悩んでるようではチャーリーさんに愛想を尽かされてしまうかもしれないハッキリしない性格って我慢ならないヒトッぽいしとか、妙に根本的で考え込んでも答えにたどり着けなさそうな問題を必死に掘り下げる必要などないのだ。
気持ちを切り替える。
「では、森に入ることにしましょうか」
一声かけると二人はすぐにサイトに注意を戻してうなずいた。
もともとどうでもいいおしゃべりをしているだけなのだから、呼ばれればすぐに中断出来るらしい。
「何はともあれ、エルフさんに会うことが先決だもんね」
「魔力探知も森の中まで入らないと使えませんし」
「魔力探知?」
「…何よその怪訝なカオは。それで隠れ里のおおよその位置を割り出してから、そこを目指すってことになってたでしょ」
「ああ、そーだった! だってホラ、あたしのときは向こうからすぐに来てくれたから」
「こんなでっかい森の中で偶然なんて待ってられないでしょうが」
「でも、エルフッてこの森に侵入者がいないか見張ってるワケだから、偶然ってことは…」
「この森はエルフの魔法の力に包まれていますからね。イブさん、ある程度奥まで進んだところで探知の魔法をお願いします」
「わかりました」
「よぉし、それじゃあ、森の中に出発ッ!」
元気良く歩き出したマーナの後ろに続くサイト達。
その最後尾を歩きながら、皇子がちょっと違う方向にたくましくなりつつあるなぁとしみじみ思うフォスタートであった。
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