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 夜明けの光が白々と森を照らす。
 木の幹に軽く背中をもたせかけて、ぼんやりと座り込むローゼ。
 ゆるやかに吹き抜ける風が泥にもつれ見る影もなく乱れた黒髪をわずかに揺らす。

 ローゼの目の前、少し離れた地面には、崩れ落ちたシフの姿。
 うずくまるようにして倒れているためローゼからは見えないが、その腹部には根元まで埋まったナイフが突き立っていることを、ローゼは知っている。彼の身体の下に致命的な量の血溜まりが広がっていることも。

 紫がかった藍色の瞳をとろんとシフの背中に据えて、ローゼはじっと座り込んでいる。
 身体の両脇にだらしなく投げ出された彼女の両手は、彼女のものではない血に染まっている。

 もう何も考えられない。
 悲しみも絶望も、憎悪も自己嫌悪も、…ローゼは全て通り越してしまった。

 ───………?

 不意に、どこか遠くから自分を呼ぶ声を聞いたように思ったが、ローゼはもう表情を変えることさえしなかった。

 ───…い? イクス…───?

 それでも遠い声は呼びかけを繰り返し、それはだんだんはっきりと聞こえるようになってくる。
 ローゼは相変わらず目線を動かすことさえしない。

 …声がきこえる、遠く彼方、あるいは遥かな時の向こう側、聞き違えようもなく、声がきこえる…。

 ───…たい? それを……───?

 …確かにそれを聞いた、その声は遠くまだ小さいが、それでもこの上ないほど尊く気高く、輝くばかりの確かさを伴って届いた、呼んでいる…。

 ───……イクス・シード…何……───?

 …誇らしいその声は呼んでいる、どこか遠い彼方、誰もそこにはゆけないような場所から、確かに呼んでいる…。

 ───…留まりたい? それを望む? イクス・シード───

 ローゼははっと顔を上げた。
 今この声は何を言った?
 自分に何を望むと言った?
 ローゼのその反応を待っていたかのように、声はいっそう明確に響き、先の言葉を繰り返す。

 ───留まりたい? それを望む? イクス・シード、あった場所に留まりたい?───

 留まる? あった場所に?
 …留まれる? あった場所に…?

 ローゼはまだ新しい血に汚れた両手で顔を覆った。

 そう、留まりたい。

 ずっとずっとそこにいたい、あった場所に、幸福だったところに。

 こんなことが起きる前に。
 シフがいる場所。
 こども達がいる場所。
 村のみんながいる場所。
 笑顔のシフがいる場所に。

 留まっていたい、永遠に、それが許されるのなら、それが叶えられるのなら、何を引き換えても惜しくない。

「…かえりたい…」

 知らぬ間に声がこぼれる。
 どこから聞こえてくるかもわからぬ言葉に答えるように、ローゼの声がひとりでにこぼれる。

「かえりたい…ずうっとそこにいたい…シフと一緒に…みんなと一緒に…ずっとずっと、そこにいたい…」

 ───留まりたい? それを望む? イクス・シード、それを望む? 時の果てまでもそれを望む?───

「ずっとずっとそこにいたい…! かえりたい! シフと一緒にそこにいたい…!」

 …崇高なる志を声はよろこんだ、弱く限りある心を持つ者とは思われぬ強き決意、何者にも折ることはかなわぬ不屈の闘志…。

 …ヒトの身にありながら我らの仲間となるに相応しい者である。声はよろこんだ、ヒトの内から仲間が生まれたことを、声はよろこび、そして迎えた…。

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