(3)
式に備えてよく休んでおきなさいとエルシラ達に送り出され、ローゼは一人自分の家へと道を歩く。
一瞬触れたシフの唇の感触が、頬に熱い。
どうにも気になるのでほっぺたを押さえたいのだけれども、そうすればもっともっとその熱を意識してしまいそうで、あえて手を下ろしたまま、ローゼは歩き慣れた道をゆっくりと歩む。
シフがあんな風に自分を抱きしめたりしたのは初めてのことだった。
これまではせいぜいが手をつなぐ程度、それも正確には『手』ではなく『指』をつなぐ程度にしか触れ合ったことのない彼にあんなことをされて、心臓が止まりそうなくらいビックリしたローゼだったけれど…同時に、心臓が止まりそうなくらいに嬉しかった。
「わたしは、ローゼ、あなたのことが、好きです」
琥珀色の瞳が宿した真摯な輝きを思い出す。
初めて想いを告げてくれたときのこと。
自分を真正面から見つめて、寸瞬も視線を外せないような懸命さで、言い聞かせるように告白してくれたシフ。
「ローゼ、あなたはわたしの一番大切な人です。…わたしはあなたと、ずっと、一緒にいたい…」
今も彼の一言一言が、ついさっき聞いたばかりであるかのように耳元によみがえってくる。
驚くよりも照れるよりも恥ずかしいと思うよりも、そのときローゼはとても嬉しいと思った。
ローゼもシフのことをそんな風に想っていたから。ローゼもシフのことが好きで、シフがローゼの一番大切な人で、ローゼもシフとずうっと一緒にいたいと思っていたから。
シフはもとはこの村の人間ではない。
シフがこの村にやって来て五年、彼がそのうち自分を置いて元いた場所へ帰ってしまうのではないかと、ローゼはずっと心配だったのだ。自分がシフを引きとめられる立場にはないと自覚していたから、その気持ちは口にも顔にも出さずにいたが。
けれど、シフはローゼと一緒にいたいと言ってくれた。
ずっと一緒にいたいと言ってくれた。
シフが自分からそう望んでくれた。
だから、ローゼの大好きなこの村で、ローゼは大好きなシフと一緒に暮らせる。
こんなに幸せなことはない。
ローゼはとても嬉しかった。
そのときはそれがこれまで生きてきた中で一番嬉しいことだと思ったのに…。
はっと気づいたときには片手でほっぺに触れてしまっていた。
道の真ん中で立ち止まり一人で真っ赤になって、ローゼは慌ててぶんぶんと頭を振り、頬の熱さを振り払おうとした。