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「…わたしの花嫁を…返してもらいましょうか」

 ローゼを連れた男達の行く手を突然複数の影が遮り、どこか気だるい声が背後から聞こえて来る。
 振り向く先にはゆっくりと歩み寄って来る琥珀の瞳の青年の姿。

「シフ…?」

 このような状況で何に望みを託したのか、一瞬救われたような声で呼びかけたローゼの表情が凍りつく。
 立ち止まり自分を見上げたシフの顔は血に染まっていた。シフ自身の血ではなさそうだ。

「ジール・シフ…てめえ! 影の仲間だったとはな…!」

 村人達が手に手に携えた武器を構えるが、戦い慣れない彼らの動作はローゼが見てもわかる程度に覚束なくて、到底影達を撃退出来るとは思えない。

 雑貨屋の主人はそこでようやくローゼを地面に降ろしてくれた。

「シフ…? 何をしてるんですか、シフ…?」

 せっかく大地に足がついたのに、ローゼは村に引き返すどころか自力で立つことも危うい状態で雑貨屋の主人の身体にすがりついたまま、呆然と見開いた瞳でシフを見つめうつろに呟くばかり。

「ローゼさま、走れるかね? 全力で走って逃げるんだ、コイツらは俺達が何とか引き止めておくから!」
「どうして…どうして? 何を…何が…?」
「ローゼさま、しっかりなさい! ローゼさま!」

 両肩を掴まれてゆさゆさと揺すられても、ローゼの正気は戻らない。

「ローゼさ───」

 再度呼びかけようとした男の声が不自然に途切れる。

 無意識に視線を向けたローゼの目の前で、男の首が───弾け飛んだ。

 真っ赤なものがローゼの顔に身体に降り注ぐ。
 両肩を掴んでいた手から唐突過ぎるほどいきなりに力が抜けて、頭部を失った男の身体が鮮血をまき散らしながら仰向けに地面に倒れ込む。

「───!!」

「逃げろ! ローゼさま、逃げろ!」
「走れ! 森の向こうだ、そこまで逃げろ!!」

 まるでそれが合図であったかのように−いささか不吉過ぎる合図ではあったが−男達が口々に叫び声をあげて影達に向かい殺到してゆく。
 もちろん敵う相手ではない。
 影達が本気を出せば、並の人間など一瞬で殺される、雑貨屋の主人のように、本当に一瞬に。

 だから村人達の行動には、意味などなくて───どれだけ全力で走ろうと、ローゼはどのみち逃げ切れないワケで───それでも彼らの行動を、本当に意味のないものにしてしまうわけには───。

 もう何が何だかわからない。
 頭も心も結局答えを出せなかったけれど、ローゼの足が駆け出した。
 生まれ育った小さな村に、自分をここまで運んでくれた村人達に、一番大切な人であるシフに背を向けて、何もかもを後にして、ローゼの身体はいっさんに森へ向かって駆け出した。

「逃げろ! 逃げろ!」
「ローゼさま! 逃げ切って下さい!」

 悲鳴のような泣き声のような男達の声を背中に受けて、ローゼは森の中へと駆け込んだ。
 死にたくない。
 生きたい。
 自分の身体がそう叫ぶのをローゼは確かに聞いた。
 生きたい、死にたくない、死ぬのは怖い、生きたい。
 そう叫び続ける声は…ローゼにとってはひどく遠く、どこか別の世界から聞こえて来るように、曖昧だった。

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