第9章−1
       
《第九章》
(1)

 途中で会ったターフィーにサースルーン達が揃って食堂にいると聞いたチャーリー達は、彼が一応申し出た案内を断って自分達だけで直行することにした。
 ターフィーが何故か両腕で大きな花束を抱えていて、見た目にもわかるほどに忙しそうにしていたからだ。
 それに食堂の位置はもう把握出来ていたし、サイトもいるので先に立ってもらう必要はない。

「父上、ただいま戻りました」

 サイトが声をかけながら扉を開けると、サースルーンが顔を上げた。

「ああ、よく戻った」

「…何、やってるんですか?」

 サイトの横に立ったチャーリーが冷ややかに問う。

「久しぶりだな、魔道士チャーリー。サイト皇子も」

 テーブルの上に並べられたカードを引っ繰り返しながらゴールドウィンが言う。

「お、Aが揃った」
「それではもう一度ですな」
「さっきから国王陛下ばっかり取ってるよな…」

 自分の取った八枚のカードを弾きながらラルファグが不満げに呟く。
 サースルーンがチャーリーに視線を向ける。

「なんだ、知らないのか? これはトランプのゲームの一種でな、『神経衰弱』というものだ」

「いや、それは知ってますけど」

「ダイヤのKとクラブのKだ」
「このぶんじゃ国王陛下の圧勝だな」
「まぁ座ったらどうだ? …ん、また人数が増えてるのか。椅子を持って来ないとな」

「私が言いに行きます」

 サイトがさっと出て行った。
 チャーリーが不機嫌そうなことこのうえもなくじとーっとした目でテーブルの上を睨んでいるのに気づいたからだ。
 その視線の先にあるのは、サースルーン達が呑気に遊んでいるトランプの列ではなく、テーブルの上に突っ伏し、長い黒髪を垂らして眠りこけているコランドの後頭部である。

「戸口に固まってても仕方ないぞ」

 ゴールドウィンが三つ目のペアを裏返しながら言ったのに促されて、とりあえずチャーリー達はぞろぞろと部屋の中に入った。
 ヴァシルはゴールドウィンに挨拶の言葉をかけるでもなく手近の椅子を引くと、背もたれの後ろに非常識な長さの髪を投げ出してから無造作に腰を下ろす。
 そして、真正面の席で熟睡しているコランドの方を見やる。

「何寝てんだ、コイツ?」
「昨夜の寝不足を取り戻すんだってよ」

 四組目を取り損ねたゴールドウィンがカードの上から手を引くのを待つのももどかしく、ついさっきめくられたカードの一枚ともう一枚のカードを裏返しつつラルファグが言う。

「そりゃあ何もしてなくていいとは言ったけどねぇ…」
「国王陛下、お久しぶりでござる」

 コランドに向かってつかつかと歩み寄って行こうとしたチャーリーの肩を背中側から掴んでサースルーンとゴールドウィンの方に向けて押しやりながら、トーザはゴールドウィンに深々と頭を下げた。
 二人の王は長方形のテーブルの短い辺に二つ椅子を並べて、食堂の入り口から向かって左側にゴールドウィン、右側にサースルーンが座っていた。

 トーザはチャーリーをゴールドウィンの横まで押して行くと、手のひらで頭を押して礼をさせた。
 チャーリーはむすッとした顔でトーザの手を振り払うように顔を上げる。

「相変わらずだな、魔道士チャーリー」

 ゴールドウィンは寛大な微笑を浮かべながらチャーリーを見上げた。
 チャーリーは憮然とした目でそれを見返す。

「どーしてまたこんな所に陛下がいるんです」

「お前に話があってな。落ち着かないから座ったらいいじゃないか。あの島から戻って来たばかりなんだから疲れているだろう」

 チャーリーは大人しくその言葉に従って、ゴールドウィンの一番近くにあった椅子を引いてどかッと腰を下ろした。
 トーザはチャーリーがかなり機嫌を損ねているらしい様子を横目に見ながらその隣の椅子に座る。
 テーブルの長い方の辺には椅子が三つずつ並べられていた。
 これでゴールドウィンの座っている側の三つの椅子は、奥からチャーリー、トーザ、ヴァシルの三人で埋まったことになる。
 二人の王の向かい側、もう一方の短い辺の前には椅子は置かれていない。

「トーザ・ノヴァ、久しぶりだな。剣術大会以来だろう? 妹がお前に会いたがっているよ。いや、口には出さんが会いたそうにしていたと言っておこうか」

「そっ…それは、あの、国王陛下の気のせいではござらんか?」

「話があるって何ですか? ガールディーのコトだったらやめて下さいよ。アイツのやってることは私とは無関係なんですからね」

「案外冷たいな、お前も。話の前に…そろそろお茶にしますか、サースルーン王?」
「そうですな、皆戻って来ましたし、時間もちょうどいいでしょう」

 その声を聞きながらサースルーンの方を見て、ゴールドウィンは短く声をあげて驚きに軽く目を見張った。
 テーブルの上のカードはほとんどサースルーンに取られていて、あと六枚しか残っていない。
 ラルファグが面白くないような感心したような複雑な面持ちでそれを眺めていた。

「さすがですな、サースルーン王」
「まだまだ耄碌するワケにはいきませんからな」

 サースルーンは快活に笑うと残り三組のペアも正確に捜し当て、自分の獲得したカードの山に加え、それをテーブルの上に置いてから改めてまだ扉の近くに立ったままでいたマーナ、イブ、メールの三人に顔を向ける。

「どうした? 自己紹介は後でいいから君達も好きな所に座りたまえ」
「あ、はい。でも…」

 好きな所に座れと言われても、残った椅子はあと一つしかない。
 死んだかのようにピクリとも動かず眠り込んでいるコランドと、ラルファグの間にある席。
 ここに初めて来たイブはもちろん、メールもさすがにそこには座りにくいようだ。
 マーナもなんとなくそこには座りたくなさそうな顔をしている。
 三人が自然に顔を見合わせたとき、そのタイミングを計ったかのようにサイトが食堂に戻って来た。

「すぐに椅子を持って来ると思います…あれ、どうしたんです? 皆さん」
「ううん、別に…皇子様、座ったら?」
「はあ…」

「あ。アンタはこの席の方がいいよな、代わるよ」

 トランプを箱にしまって、ラルファグが席を立った。
 サイトはその席の位置を確かめ…ラルファグがそこを自分に譲ったのはサースルーンの一番近くだったからなのか、それともチャーリーの真正面だからなのか少しだけ考えてしまった。

 しかし、サースルーンのそばだからというのは二人が父子でありまた揃って王族なのだからまあ譲るのが−部屋の奥は上座にあたり、サースルーンとゴールドウィンが一番奥に座っている以上皇子であるサイトがそこに座るのが妥当−自然ではあったが…と、そう考えてからサイトはわざわざチャーリーのことを考えている自分に気づいて一人でうろたえた。

 ラルファグは別に何も言わなかったし、特に変わった素振りを見せたワケでもなかったんだから、向かいの席のことまで考える必要はないじゃないか。
 彼はサイトが自分よりも上座に着くのが当然と思ったからそうしただけで、他意はないのかもしれない…多分、というかこれはもう客観的な視点からは純粋にそうとしか思えない。
 としたら、チャーリーのことを考えている自分というのは一体…。

「ど、どうもスイマセン」

 ちょっと早口でそう言って、サイトは自分のどうしようもない思考を振り切るように大股でその椅子に歩み寄り、腰を下ろす。
 ラルファグが不思議そうに隣からその横顔をのぞき込んだ。

 なんで耳が赤くなってんだ…?

 気にはなったが、わざわざ尋ねてみるほどのこともないと思い直したので、ラルファグはその疑問を口に出すことはしなかった。

 メールはイブの隣で腕組みをして満席になったテーブルを眺めていた…が、不意に何か思いついた様子で顔を上げて腕をほどくと、両手を上着のポケットに突っ込んで中をゴソゴソと探り出した。
 どうしたのかとイブが振り向いた目の前で右側のポケットから一冊の黒い手帳を引っ張りだす。

 擦り切れた革の表紙がついたなかなかに立派なもので、今までそのポケットの中に入っていたとは思えないほど分厚い。
 見た目にもずっしりと重そうだ。

 メールはどこか楽しげな様子で手帳を開くと、目当ての箇所を捜し出すためにページを一枚一枚繰り始めた。
 マーナが後ろに回り込み、背伸びしてその手元をのぞき込む。
 手帳のページはどれも何が書いてあるのか判読出来ないほど乱雑で細かい文字や、やたらと桁数の大きい数字、奇妙な図形などでパッと見ると真っ黒く見えるほどぎっしりと埋められている。

 マーナには何が書いてあるのかまったく見当がつかなかった。
 いや、まったくというわけでもない。
 彼女にも一つだけわかることがあった。
 それは───この手帳に彼女にとって面白いことは書かれていなさそうだ、ということだ。

 マーナが興味を失ってメールから離れたとき、ターフィーとセレイスが椅子を持って入って来た。
 この二人は雑用当番だったりするのだろうか、と思いながらチャーリーが注目しているのには気づかない様子で、二人の騎士はマーナ達に椅子をどこに置けばいいか聞いている。

「そこでいいですよ。あっ、私達でやります。シード、自分のぶんは自分でするの」

 イブはセレイスの手からさっと椅子を一つ受け取ると、彼がもう片方の手に持っている椅子の方を目線でメールに示す。
 メールはぱたんと手帳を閉じると、片手で椅子を取り、サースルーンとゴールドウィンの向かい側にあたる短い辺の右側−イブが椅子を置いた隣−に、それを降ろした。
 マーナはターフィーから貰った椅子を角を挟んだイブの隣、ヴァシルの横に置くと、残る一個の椅子に目を留めて少し考え込んだ。

「それは…コランドさんの横かなぁ? 私の真向かい」

 この期に及んでもまだ寝ているコランドの方に顔を向ける。

「でも、椅子を置けるほどスペースがありませんよ」

 ターフィーの言う通り、コランドがテーブルの角の方で熟睡しているので、マーナの正面にはとてもそんな余裕はない。

「だったらこっちが空いてるぜ。オレが詰めればもう一つ置けるだろ」

 ラルファグが立ち上がり、ターフィーの手から椅子を受け取って、自分の座っていた奴をずらしてからサイトとの間に置く。
 用を終えた二人は一礼して退出した。

「…ところで、あの椅子誰のだっけ?」

 マーナがボケたことを尋ねている。

「ノルラッティのぶんですよ。…あ、そう言えば、誰かが呼んで来ないと…」

 皇子のわりに世話好きな性質のサイトが腰を浮かしかけたとき、

「どうも皆さん、遅れて申し訳ありません…」

 先程のサイトと同じく抜群のタイミングでノルラッティが入って来た。
 戸口で立ち止まって自分の席を探す…よりも早く。

「ノルラッティの席、あそこだよ」

 マーナがサイトの隣の椅子を指さす。
 その場所を確認した途端、色白な彼女の頬にさっと赤みがさした。
 ノルラッティは顔をうつむけるようにして足早にその席に近づくと「失礼します」と小声で言いながらすとんと腰を下ろした。

「これで全員揃ったようだな。…ところでチャーリー」

 威厳ある面持ちで皆の顔を見渡してから、サースルーンが不意にチャーリーの方を見た。

「何です?」

 チャーリーはぞんざいに聞き返した。
 聞き返しながらも険悪な目つきでテーブルの上のトランプの箱を睨んでいる。

「あとで一緒にやるか?」
「何をですか?」

「トランプを」

「…どーしてやらなきゃならんのですか」

「いや、やりたそーな目でトランプを見とるから」
「これがやりたそうな顔に見えるんですかっ?!」

「おお、そうだ!」

 サースルーンに食ってかかるべくチャーリーが立ち上がりかけたのを制するようなタイミングで、突然大声を張り上げたゴールドウィン、ぽんと手を打ち合わせると、

「まだ向こうの二人の名を聞いていなかったな。ノルラッティ・ロードリングはサースルーン王から紹介してもらったし、マーナ・シェルファードは以前会ったことがあったから分かってるんだ。自己紹介をしてもらおう」

 テーブルの上に崩れ落ちたチャーリーを愉快そうに眺めているサースルーンを気にしつつ、ゴールドウィンに言われたのでイブは椅子から立ち上がり、軽く咳払いをしてから、

「えーっと、人間族で魔道士のイブ・バームです。…あの、弟が王城で幻術の勉強をさせていただいてるハズなんですけど…ご存知…ない、ですよね。やっぱり」

「弟? イブ・バーム…ああ、セプト・バームのことだな。真面目で優秀な少年だ。君は姉上か…言われてみれば、雰囲気が似ているな」
「セプトはちゃんとやってますでしょうか」
「素質があるとか言われていたようだが」
「よかったぁ、あのコ全然手紙書いて来ないから心配で…あ、私一人で喋ってますね。スミマセン。次は、シード、ほら!」

 座ってからメールを促す。
 再び手帳をめくっていたメールは、はっとしたように手を止めて顔を上げ、それから慌てたように手帳をポケットの中に突っ込んでから、ガタンと椅子を鳴らして起立した。

「え〜、私は、人間族で、セージの…」

 そこまで言ってふと言葉を切る。
 それからチャーリーの方を見て、

「このヒト、このままでいいんですか?」

 コランドを指す。
 今の今まで忘れられていた。
 イブなど彼が寝ているのをすっかり忘れて自己紹介してしまっている。

「…起こしてあげて」

 チャーリーは手袋をはめている方の手を振りながら面倒そうに言った。
 メールが言わなければ無視し続けようと決めていたのだが、言われてしまったのでそうはいかなくなった。

 ラルファグがコランドの背中に手を当てて揺さぶる。

「おい、起きろよ。そろそろ起きろったら!」

 耳元で怒鳴られてようやく跳び起きた。
 起きてから寝ぼけ眼でぼんやり周囲を見回す。
 状況がまるっきり理解出来ていないようだ。

 そんな彼の様子を呆れた目で見やってから、チャーリーはノルラッティに目配せした。
 ノルラッティはチャーリーにうなずきを返すと、コランドの方を向いて軽く両手を打ち合わせた。
 途端に、ボーッとなっていた彼の意識が正常に戻る。

「あ…」

 短く驚きの声を発してから、今度はしっかりとした目でイブとメールの方を向いた。
 イブがコランドに名前と職業とを告げる。
 彼がわかったようなわからないような顔で頭を下げるのを確認してから、立ちっぱなしだったメールは自己紹介を再開した。

「人間族の賢者、メール・シードと申します。以後お見知り置きを」

 礼儀正しくお辞儀をしてから、体を投げ出すようにして椅子に座り直した。

「イブ・バームにメール・シードか…それで何故君達二人がここへ?」

 ゴールドウィンが尋ねる。
 そこで、チャーリー達は交代しながら聖域の洞窟のある島での出来事を説明した。
 イブとメールに出会ったことから始まって、邪竜人間族のアンデッド兵士達が実は『クローン』とか何とかいうものであるらしい、ということまでを、サイトが中心になって順序だてて話していく。
 お互いの記憶を補足し合いながらチャーリー達が話し終わるまで黙って耳を傾けていたサースルーンは、話が終わると同時に口を開いた。

「それで、クローンの解説をしてもらう為にメールを連れて来たというワケだな」
「まあそういうことです。大勢で聞いた方がよさそうな話なんで」
「どういうことでござるか?」
「メールから聞いた話を誰かに説明し直すとなると大変そうな気がするんだ」

「そんな、大変そうな気がするなんて」

 メールは愛想よく笑うと、

「実際大変なんです。正確に他の人に伝えるのはハッキリ言ってあなた達じゃ無理なんじゃないですか」

「スミマセン、このコ性格おかしいんです。聞き流しておいてやって下さい」

 再びポケットから手帳を引っ張り出しているメールの横でイブがいかにも申し訳なさそうに頭を下げた。
 保護者的態度が完璧と言えるくらい自然にハマッている。
 イブは今までにもこうして何度もメールの失言に対して頭を下げてきたのだろうか。
 だとしたら大したことだ。

「それではその説明がどんなものなのか早速聞くとしようか」

 ゴールドウィンが興味ありげにテーブルの上に身を乗り出しかけたとき、

「お話し中失礼しまーす。お茶とお菓子を持って来ましたよぉ」

 明るい声と共に、金の髪を頭の左右でお団子に結って赤いワンピースに白いフリルのエプロンを着けた善竜人間族の少女が銀製のワゴンを押しながら入って来た。

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