第9章−6
       
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「なるほど…」
 ゴールドウィンの話を聞き終わり、チャーリーはありきたりな呟きを漏らした。

 手袋をしていない方の手を軽く顎に添えて、うつむき加減にテーブルの上に視線を落としているチャーリーに、皆が注目している。
 いや、ただ一人メール・シードだけは自分の話が終わったので後のことには何にも興味がないと言いたげな様子で、膝の上に載せて開いた黒い手帳から目を上げようとはしなかった。

「陛下の話からすると、それは間違いなく八つの宝石の内の一つだろうね。異常な光り方といい、誰にもさわれないところといい…もしかしたら、たまたま王都にその翡翠の本当の持ち主、つまり勇者の一人が来てるのかもしれない。それで、宝石が自分の存在を主張してるのかも…」

「それでは、その翡翠は四大の宝石の内の一つだということですか?」

 サイトが発言する。
 チャーリーが顔を上げると、彼は続けた。

「アクアマリンの話によると、四大の宝石以外の宝石は、四大の宝石と接触するまでは普通の宝石と何ら変わりがないということでしたよね」

「まさか。いくらなんでも、四大の宝石があの洞窟にあるワケがない」

 ゴールドウィンがすかさず言って首を振る。
 チャーリーはその言葉に同意するようにうなずくと、両手をテーブルの上に置いてから口を開いた。

「それでも、その宝石が八つの宝石の中の一つなのは確かだよ。…ひょっとしたら…これはあくまでも憶測だけど、八人の勇者の一人が四大の宝石の一つを手に入れていて、それを持って王家の洞窟に入ったことがある、とか…」

「ということは、四大の宝石を持っていた彼だか彼女だかも宝石を集めていたワケだな、四大の一人には当然事情を説明されただろうから…とすると、何故王家の洞窟に入ったそのときにその翡翠を持ち出さなかったのだろうな?」

 サースルーンが言うと、チャーリーは不機嫌そうに目を細めた。

「そんなコトわかりませんよ。持ち出せないワケでもあったんじゃないですか」

「…でも、そうするとおかしいでござるよ。王家の洞窟の入り口には番人がいるでござろう? 四大の宝石と残り四つの宝石とが接触すれば何らかの反応が起こるはず。そういう変わったことがあったのであれば、国王陛下に当然報告が入るのではござらんか?」

「いや、そういう話はまったく聞いていないな。私が即位する前にもなかった」

「だからあくまでも憶測だって言ったでしょうが…ところで、賢者メール・シード、君の意見は?」

 不意に名前を呼ばれて、メールはビックリした様子で顔を上げた。
 不思議そうな目でチャーリーを見てから、膝の上の手帳を閉じ、それをポケットに入れてからあっさりとした口調で言う。

「それは、最初のところで間違ってるんじゃないですか」

「間違ってるって…どこで?」

 チャーリーは探るような目をメールに向けた。

「だから最初のところで、ですよ。四大の宝石の一つに接触するまで残りの宝石は普通の宝石のままであるというのが違ってるんでしょう。アクアマリンに聞いたとおっしゃいましたね?」

 メールの顔がサイトの方に向けられる。
 サイトは少し慌てたようにうなずいた。
 チャーリーに話を振られたときの驚いたような反応はこれまでの話を全然聞いていなかったからだと思っていたのに、しっかりと聞いていたらしい。

「アクアマリンに宿っているのは四人の宝石の精霊の中でもまだ年若いブレスラウです。間違ったことを言うのも無理はないでしょう。森の翡翠に宿るカムラードは大森林が過ごしてきたのと同じだけの年月を生きてきた大精霊です。本来の主がすぐ近くに来たとなればこういう世界の非常時に自分の存在をアピールするのは当然のことでしょう」

 本の中の一節を朗読するように一瞬の迷いもなくメールが言い終えると、それを待ち兼ねたかのようなタイミングでボーイソプラノのひどく動揺した声が一同の頭の中に飛び込んで来た。

『どーしてアンタッ、ボクの名前を知ってるの?!』

 決して口にしてはならないと太古の昔から決められていた言葉を耳にしてしまったように取り乱した声だ。
 しかし、メールはアクアマリンの精−ブレスラウの慌てぶりなどどこ吹く風といった感じで淡々と応じる。

「すべて残されてありますよ、遠い昔から伝えられて来た様々な物語の中に。その気になって調べればわからないことなどありません」

『まさか! ボク達のことを描いた物語なんて、聞いたことがない!』

「エンサイクロペディアの中に全ては記されています。その情報を拾い出せるかどうかは読み手次第というワケです。わかりますね?」

『エンサイクロペディア…あの中に……』

 ブレスラウは曖昧な口調で呟くと、それきり黙り込んでしまった。
 アクアマリンの精が何も言わなくなったのを確認するだけの間をとってから、メール・シードは椅子を立った。

「申し訳ありませんが、少し休ませていただけませんか。久しぶりに外の空気に触れたもので、疲れてしまって」

「それでは、私が客間の方へご案内します」

 ノルラッティがすっと立ち上がる。
 メールは眼鏡を外すと手帳をしまったのとは反対のポケットの中へ滑り込ませた。

 そうするところを見るとメールはあまり視力の悪い方ではないのだろうか。
 それとも、もうすぐに眠るつもりだから少し気が早いけれども今眼鏡を外しただけなのだろうか。
 そういえばガールディーの小屋で初めて見たときも眼鏡はかけていなかった。
 眠るときにはたとえどんな姿勢をとるのであっても眼鏡を外すことにしているのだろうか。

「それでは、行きましょう」
「スイマセン」

 ノルラッティが颯爽とした足どりで先に立ち、メールが軽く頭を下げて後に続く。

 容姿も立ち居振る舞いも可憐で女らしいノルラッティと並ぶと、メール・シードはまるっきり男に見えた。
 しかし例えばヴァシルのそばなんかに立つと、メールはちゃんと女に見えるのだ。
 どっちつかずの不思議な風貌である。

 チャーリーは興味深くメールの背中を目で追った。
 ノルラッティが廊下に出るドアの前に立ったとき、突然その目の前でノックもなしに扉が開かれた。
 ノルラッティはもちろん、食堂に入って来ようとした人物も、お互いにビックリして足を止める。

「あっと…ノックを忘れてましたな、スンマセン」

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