第9章−4
       
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 食堂を出て来たマーナとイブは、シルヴァリオンのいる城門の所までやって来た。
 長い首を地面に投げ出すようにして寝そべっていた空色の飛竜は二人の姿を認めるやパッと顔を上げて嬉しそうに尾を振った。

「リオン君、遊ぼう!」

「ちょっと、飛竜と何して遊ぶってのよ」
「えー? 色々出来るよ。ジャンケンとか、あやとりとか」
「そんなのしてる飛竜なんか見たくない」
「あと、腕ずもう」
「んなコトしたらこっちが死んじゃうでしょッ?!」
「大丈夫だって、ちゃんと加減してくれるもん。ねぇ?」

「アンタッて、ホントーに何とでもすぐ仲良くなるんだから」

 イブは呆れたように呟いてから門のそばの芝生に腰を下ろした。
 誰とでも、ではないところが少しただごとではない。
 ガブリエルが彼女の隣にやって来てころんと丸くなる。
 イブが手を伸ばして背中を撫でてやると、長いしっぽでゆるく芝生を叩きながら気持ち良さそうに目を閉じた。

「そー言うイブだって、新しいお友達ちゃんと作ってるじゃない」

 言いながらもマーナは早速飛竜とあやとりを始めていた。
 さっきもこんなことをしていたのだろうか。
 イブはシルヴァリオンが意外に器用なのに驚きつつ、ガブリエルを撫でる手を止めて口を開いた。

「シードのこと? …そうね、新しいお友達と言えば言えるけど…」
「本当はあんまり仲良くなかったりするの?」

 マーナが顔だけ振り向ける。
 イブは少し戸惑って視線を落としてから、再び目を上げてマーナを見つめた。

「仲良くないってコトはないわ。けど、実は私にもシードのこと、よくわからないから」

「よくわからない…って?」

「どこの出身だとか、家族構成はどうなってるだとか、自分のことは全然話さないの。聞いても真面目に答えてくれないし。だから最近じゃあきらめてる。変なヤツだけど害はないからね、ほっといても」

「いつ知り合ったの?」
「マーナが王都を出て行ってからすぐ。だから一年ぐらい前」
「一年? もうそんなになる?」
「一年なんてあっという間よ。そりゃまあ、今回はちょっと長いなァって何度かディースと話したことはあったけど」

 シルヴァリオンの指から麻の紐をゆっくり外して、マーナはくるりと向き直った。

「ディースは元気?」
「さぁ。どうかな」
「どうかなって…ディースもどっか行っちゃったの?」
「半年くらい前にね。修業に出るとか何とか言って勢いだけで旅に出ちゃった。それっきり連絡ナシ」
「ふ〜ん…セプトくんは相変わらずお城で勉強中なんだよね」
「そう。私一人おじさんの所でお手伝いしながら地味に生きてたの」

 イブの叔父は王都で宿屋を営んでいる。
 人の行き来が激しい都には宿屋が何軒もあり、イブの叔父の宿は大きなものではなかったがそれなりに繁盛していた。
 イブにはディースという一つ年下の妹とセプトという五つ年下の弟がいる。
 両親はいない。
 正確に言うなら、父親が十年前のある日家を出て行ったきりどこへ行ってしまったものか帰って来ず生死不明の状態、母親は二年前に肺を患って命を落とした。
 イブ達の母は夫が蒸発してから女手ひとつで働いて必死に三人の子供を育てて来た。
 が、一番下のセプトが王城へ幻術の勉強をしに行くことになって手元を離れた途端、それまで張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れてしまったように急激に衰弱して行き、ほとんど寝たきりの状態になってしまう。
 倒れてしまった母の代わりにイブとディースの生活を助けてくれたのは、同じ街に住んでいた母親の弟、つまり叔父だった。

 病に倒れて間もなく母が他界してからも、三十代も後半にさしかかっているというのに未だに独り身の叔父は、家族が増えると賑やかでいいと言ってイブ達を実の子供のように優しく温かく見守り続けてくれていた。
 そんな心優しい叔父に世話になる一方では心苦しいからと、イブとディースはせめて宿屋の手伝いをすることにした。

 様々な場所から王都にやって来る色々な旅人達と触れ合って過ごす日々はとても充実した楽しいもので、父に捨てられ母を失った悲しみや辛さをいっとき忘れさせてくれるには十分過ぎるほどの刺激に満ちていた。

 そんな毎日の中で、イブとディースは各地を旅して歩いていたマーナに出会ったのだった。
 二人が宿屋の手伝いを初めてから半年後のことだから、約一年半前のことである。

「イブも何かしなきゃ。旅なんて若いうちじゃなきゃ出来ないんだしさ。そうだ、チャーリーさん達の手伝いをすればいいのよ。世界を『闇』から救うために」

「宝石集めを手伝うの? …でも、きっと足手まといになるだけだと思う。私なんて大した魔法使えないし…魔法使えるったって、あのチャーリー・ファインがいるんだったら全然イミないでしょ?」

「そーでもないと思うけどなァ。食堂にいたメンバー見た限りじゃ、魔道士ってチャーリーさんだけだったじゃない。皇子様も攻撃魔法が使えるみたいだけど、イブよりはレベル低いと思う」

「けどなァ…」

「いいじゃない、ついておいでよ。こう言っちゃなんだけどメールさんなんかもっと役に立たなさそーじゃない?」

「確かに」

 一瞬の躊躇もなくイブは首を縦に振った。
 そして考える。
 確かに、シードは賢者だけあって剣術や格闘なんかは全然出来なさそうだし、知識だけはズバ抜けてあるけれど魔法も実際には使えなさそうだ。
 彼女が戦ってるシーンを一度も見たことがないので断言は出来ないが、マーナの言う通り自分よりも役に立たない人間である可能性はかなり大きい。
 のだが…。

「シードはそもそもついて来ないんじゃないの…?」
「そうなの? あたしが見たとこじゃ、メールさんってチャーリーさんのこと結構気に入ってそうだったからついて来るかもしれないと思ったんだけど」
「シードが気に入ってそうだった? …チャーリーさんを?」
「うん。そんな感じがしたよ」

 言葉の通じない魔物を常時相手にしているビーストマスターの観察力や洞察力にはなかなか侮れないものがある。
 イブは少しの間無言で考え込んだ。

 気に入ってるのなら、シードはチャーリーについて行くだろう。
 それがどんな目的の旅であろうとも。

「…もしシードがついて行くんだったら、私もそのときは一緒に行くわ」

「じゃあ決まりだね! ノルラッティも行くんだよ。ノルラッティは八人の勇者の中の一人なの。ちょっとうらやましいよね」

「まァ、ちょっとだけね」

 答えてからふと顔を動かすと、門の陰から顔だけ出してこちらを覗いていた善竜人間族の子供達とちょうど目が合った。

「あッ…」

 思わず声をあげて立ち上がりかけると、子供達は慌てふためいた様子で門の陰に身を隠してしまった。

「待って! 逃げなくてもいーじゃない」

 マーナが明るい声で言いながら門の陰に走り込んで行く。
 イブは芝生の上に立ち上がってそっちを見ていた。
 一分と経たないうちにマーナは四人の子供を連れて戻って来た。

「やっぱりリオン君と遊びたいよね。一緒に遊ぼうよ、大勢の方が楽しいし」
「でも…」

 子供達は身を寄せ合ってうつむき加減になったまま、門の中までは入って来ようとしない。
 上目使いにマーナを見ている。

「どうかした?」
「勝手にお城に入ると叱られちゃう…」

 端っこにいた背の高い−もちろんそれでもマーナよりは背の低い−男の子が小声で言った。

「なぁんだ、そんなこと」

 マーナはニコッと微笑むと、

「大丈夫、心配いらないって。サースルーン様はそんなことで怒ったりするような方じゃないでしょ? それにもし他の人が怒ったりしても、あたしとそこのおねーちゃんとで全部責任とるから安心して」

 無邪気な顔をしてさりげなくイブを巻き込んでいる。

「ねー、イブ?」

 イブはやれやれといった調子で小さくタメ息をつくと、

「お城に入るってのは建物の中に入ることを言うんじゃない? 門の中にちょっと入るくらいなら全然平気だと思うけどね」

 子供達に微笑みかけた。
 年長者のこういう態度が親のしつけを台無しにしていくのだと思いつつ。

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