第9章−3
       
(3)

 ラルファグは柔らかなソファに座ってコランドの作業を眺めていた。
 背もたれに深く身体をもたせかけ。

 うつむくように首だけを前に出して、まばたきをするのも忘れがちになるほど熱心に、床に直接座ってトーザから受け取って来た紙を透かして見たりその紙の端の方を掴んだ手を少しずつ動かしたりしているコランドを見下ろしている。

 二人がいるのは最初にラルファグとラーカがチャーリーとヴァシルに会った部屋だ。
 部屋の中にちゃんとソファとテーブルがあるにも拘わらずコランドがカーペットの上に胡座をかいて仕事をしているのは、ただ単にその方が彼にとっては作業がやりやすいからである。

 コランドは思わず感心したくなるほどの慎重さで、地図の表側を覆っている厚紙を本当にわずかずつ剥がしていた。
 彼の視線は驚くべき集中力でもって自分の手元だけに据えられている。
 周囲の他のものには一切惑わされない鋭さを持っていた。
 見ている方まで緊張してしまうような張り詰めた雰囲気が彼のまわりをひっそりと取り巻いていた。

 最初のうちはこれがプロのシーフの仕事ぶりかと息を呑む思いで見物していたが、そのあまりの真剣さに次第に居心地が悪くなってきたラルファグは、何気なくソファから立ち上がると、そばにあった窓に歩み寄った。
 そこからちょっと中庭を見下ろしてから、ここで自分が光を遮っているとコランドの仕事の邪魔になるんじゃないかとはっと気づいて、左側へ動こうとする。

「すんませんけど、ちょっとそこに立っといてもらえまっか」

 不意に小さい声が背中側から彼の動きを止めた。
 ラルファグは言われた通り外の光を遮る位置に立ったまま、首だけを捻ってコランドの姿を視界の端に入れると、

「オレがここにいると暗いんじゃないか?」
「薄暗い方がやりやすいんですわ」
「暗い方が? 猫みたいだな」

「ネコ…ねぇ」

 気のない口調で反復しながらも神経質に思えるくらい小刻みに指先を動かしているコランド…食い入るように自分の指先を見つめている彼の瞳は、猫のそれに似ていなくもない。

「そー言えばそんな宝石もありましたか…」

「ネコの宝石?」

 ラルファグは窓の方に顔を戻した。
 青い空のところどころに白い雲がぽっかりと浮かぶのどかな風景が目に入る。
 実にいい天気だ。
 このぶんだと当分雨は降りそうにないな。

「猫目石、ですわ…キャッツ・アイゆうて…ん? キャッツ・アイ…? あっ!」

 いきなりコランドが大声をあげたかと思うと、それとほぼ同時にビリッと紙を引き裂くような音がしたのでラルファグはビックリして今度は体ごと振り向いた。

「お前、地図破ったんじゃねーだろうな?!」
「そんな恐ろしいコトやりますかいな」

 コランドは両手に一枚ずつ持った二枚の紙を振って見せた。
 どちらも完全な正方形をしていて、コランドが右手に持っている方の表には世界地図が描かれている。

「最初の方だけ丁寧にやってやればあとは一気に剥がせるようになっとるんです」
「なんだ、おどかすなよ…それじゃ、さっき大声出したのは何なんだ?」

「いや、ワイの夢に出て来た紫の光、アレはもしかしてキャッツ・アイの光やったんかな…なんてひらめいたもんで。そーやったら、あそこに何か印がついとるハズ…」

 早速地図を確かめる。
 さっと見てから満足げに大きくうなずいた。

「やっぱり盗賊の洞窟にマークがついてますわ」

「? 何だ、それ…」

 ラルファグはソファを回り込むとコランドの後ろから地図をのぞき込んだ。

「ほら、ここ」

 コランドが片方の手を離しても地図は正方形にぴんと張ったまま曲がったりはしなかった。
 裏に貼りつけてある台紙がなかなかに丈夫なものであるらしい。
 離した方の手の人差し指で地図の上を押さえる。

 地図の南西から北東に向かって伸びるソリアヌ大陸の中央を走るラフニー山脈上の、地図の中央に近い一点。
 コランドの指の先には乱雑に描かれた赤い二重丸があった。
 ガールディーが書き込んだものだろうか、まるで幼児のイタズラ書きのようないい加減なものでどこを示しているのか判断に悩んでしまうぐらいである。

「聖域の洞窟は魔道士のレベルを試すところ…盗賊の洞窟は要するにそれのシーフ版ですわ。別名が罠の洞窟で、最下層には値打ちモンの宝物が山ほど貯め込まれとるんです」

「誰が貯めるんだ?」

「最下層に到達することの出来た盗賊が置いて行くんですわ。記念に…とはちょっと違うんやけど、それまでに自分が盗ったお宝の中で一番価値があるヤツとか思い入れのあるヤツを置いて行く。別に決まりっちゅうワケやないんですけど、皆そうしてますわ。そうしておいたら、何や知らんけど運が良くなるとかで…まァ縁起かつぎみたいなモンですな」

「それで、そこにその、キャッツ・アイがあるんだな?」

「ええ。そらもう確実ですな」
「ヤケに自信ありげだな」
「何でかって、それを置いて来たんは他ならぬワイ自身でっから…」

「え?」

 ラルファグが眉を寄せて聞き返すと、コランドは地図上の他の赤丸の位置を注意深く確かめながら、愛想の良い声で説明した。

「ワイがまだ駆け出しやった頃にレセッシーの大金持ちの屋敷から盗み出したんですわ。それ持ってると不思議と幸運に恵まれるんでこれはちょっと特別な宝石なんとちゃうかとぴんときて…手元に置いといたらいつどうなって失くすか知れませんから、盗賊の洞窟に保管しとこうと思って」

「保管って…盗賊が出入りするようなトコに置いといたら余計に危ないんじゃないか? いつ誰が持ち出すか分からんのに…」

「それがそういうことはないんですわ。盗賊の洞窟の最下層にある宝は持ち主以外の持ち出しを禁ずるゆう規則がシーフ・ギルドの方にちゃんとあるんです」

「盗賊がそんなモン守るかぁ?」

「守るしかありませんもん。規則違反者にはギルドからの厳しい制裁が加えられますから…あの洞窟から他人のお宝を持ち出したりなんかしたら、それこそどんな目に遭うかわかりませんで」

「…勝手にやってるように見えて盗賊も結構大変なんだなァ…」

 しかし、誰がどの宝を持ち出したかなんて果たして分かるもんなんだろうか?

「あ。それより、内緒にしといて下さいや」
「何を?」
「せやから、キャッツ・アイをあの洞窟に置いたんがワイやってコト」
「あー。わかったわかった。特にチャーリーやヴァシルにバレると何言われるかわかったもんじゃないもんな」
「また殴られますわ」
「ともあれ、これで宝石一つ確保したようなモンだな」

「そうですな、これはワイが取りに行くとして…」

 地図上には盗賊の洞窟のある場所の他に七ケ所に乱雑な赤い丸が書き込まれている。
 ラルファグはその印を一つ一つ見ていった。

 西から順に…まず海辺の洞窟。
 赤い二重丸の上に一本斜線が引かれてある。
 ここにあったのは、ノームの緑色の宝石。

 次の赤丸はバルデシオン城のある辺りを大きく囲んでいる。

 この地図には町や洞窟を示す記号は一切描き込まれていない。
 記されているのは、山脈や河川、湖など地形に関するものばかりだ。

 …世界の中心、ラゼット大陸の東側にも丸がついている。
 これがゴールドウィンの言っていた王家の洞窟にある石を指しているのだろう。

 チャーリー達の住むシェリイン村があるアイファム大陸にもマークがあった。
 大陸の北東部に位置するバイアス湖の北側に一つ。
 この印にも斜線が引いてある。

 そこからさらに東に目を転ずると、今度は世界の北端にある小さな島がまるごと赤丸で囲まれていて、島を斜めに切断する勢いで斜めの線が書き込まれている。

 次の印は…。

「あれ…おい、これって」
「そーですわ。困ったことに、ゲゼルク大陸にあるみたいですな」

 さして困ってもいなさそうな声で言ってうなずくコランド。
 それもそのハズ、宝石がどこにあろうと彼自身は特に困らない。
 困るのは常に他の誰かだと思っているらしい。
 確かにそうだろう。
 よりにもよってドラッケンの本拠地にある宝石を取りに行く役目がコランドなんかに回って来るワケがない。
 何をどう間違おうとこれは絶対だ。
 ゲゼルク大陸の西側にある印にも斜線が被せてある。

「そんでもって、これ…」
「ああ、それも変ですな」

 ゲゼルク大陸の南、アイファム大陸の東、何にもない海のど真ん中に二重丸があった。

「海の底に沈んでるってコトか…?」
「さあ…? せやけど、この斜線が引かれとる印のとこに四大の宝石があるらしいってコトはわかりますな」
「四大の宝石の一つがゲゼルク大陸にあるぞ」
「それは何とかなるんとちゃいますの? …さて、そしたら」

 コランドは床に片手をついて立ち上がる。

「あのセージはんの話もそろそろ終わってるやろ。この地図を持って行かんと」
「そうだな。それじゃオレは昼寝でもするか」

 再度ソファに腰を下ろすと装備していた赤い鞘の剣を外して足元に置く。

「昼寝て…もうじき夕方でっせ?」
「メシまではまだ時間があるだろ。それまで寝る」

 ブーツを脱ぐとソファの肘掛けに頭を乗せて横になり、足を組む。

「そんなトコで寝たら風邪ひきまっせ」
「こういうトコで寝るのは慣れてんだよ」

 ラルファグは大きな欠伸を一つすると目を閉じた。
 コランドは軽く肩をすくめると、廊下へ出て行った。

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