第2章−7
        
(7)

 チャーリーが持って来たナベごとヴァシルはビーフシチューをむさぼり食らい始めた。

「まったく…この男はッ!」
「ヴァシルはん言うたらシェリイン村の…無事やったんですなァ」
「危ういところをサイト殿が助けてくれたんでござるよ」
「私は何も…ところでチャーリーさん、こちらは?」
「盗賊のコランド」
「おッ、その名前聞いたことあるぞ」
「もしかしたら善竜人間族の皇太子殿下で? ひえぇ、チャーリーはんスゴイ方と交友関係を持ってらっしゃる…」
「昔お世話になりまして…」

 とまァ、そんな風にしてチャーリー達はお互いを知らないコランドとサイトを引き合わせ、一通りどうでもいいような会話を済ませたあとで、いよいよ『本題』に入ることにした。

 レフィデッドの死体をとりあえず屋外に出し、寝室から椅子を二つ持って来て、五人はテーブルのまわりに座った。

「さて」

 チャーリーはヴァシル、トーザ、サイトの三人の顔を見回し、

「どうしてここまで? 特に、サイトがどうして二人と一緒にいるの?」
「順に説明していきましょう。まず、私がシェリイン村に行った理由から…」


 ガールディー・マクガイル乱心の噂、特に邪竜人間族を扇動して云々と言ったあたりは、世界中のどんな種族によりも善竜人間族に一際大きい衝撃を与えた。
 バハムートとドラッケンは遥か昔から正反対の属性を担う者として対立を続けてきた。

 秩序と平和を好む『光』の一族バハムート。
 混沌と争乱を好む『闇』の一族ドラッケン。

 ことあるごとにぶつかり合い、数え切れないくらいの争いを繰り返してきた。
 ドラッケンには自分達が世界の支配者として君臨するという野望があった。
 自分達こそが、世界で最も優れた種族なのだという自負があった。
 傲慢なプライドに駆り立てられて、ドラッケンは度々自分達以外の種族に戦争を仕掛けた。
 もともと戦闘能力が高いうえに、恐るべき力をもった巨大な竜に姿を変えるドラッケンに対抗出来るのは、各種族の中でもほんの一握りのエリートと、同じ能力をもったバハムートのみ。
 バハムートはドラッケンのブレーキ役としてのつとめを忠実に、的確に果たし、どの種族がドラッケンの襲撃を受けようとも必ず助けに駆けつけた。

 邪竜人間族の仕掛けた戦争はすべて善竜人間族側の勝利に終わっていたが、彼らは決して諦めなかった。
 戦争の後に百数十年続く平和な時代のスキを突くように、何度も戦いを挑んだ。
 ドラッケンが存在している限り世界は恒久の平和を手に入れることが出来なかったが、だからと言って他の種族が一致団結して邪竜人間族を滅ぼす為の戦争を起こすことはなかった。
 ドラッケンが定期的に戦争を仕掛けてくるおかげで、それ以外の種族間での争いが起こらないのは、肯定するしかない現実だった。
 ドラッケンという共通の敵に立ち向かうことによって、残りの種族は協力関係を自然に形成することが出来た。
 『必要悪』としての邪竜人間族の存在。それは善竜人間族でさえ認めなければならないものだった。

 しかし、今回は少し事情が違う。
 これまでドラッケンはどんなときでも自分達だけで戦っていた。
 だが、今回はガールディー・マクガイルという『人間』を仲間にしている。
 ドラッケンがガールディーを引き入れたのか、ガールディーがドラッケンにくみしたのか…どちらなのかはわからないが、他種族の者の力を借りるというのは今までにないことだった。
 しかも、ガールディーはチャーリーを除くと世界最高最強の魔道士であり、実戦経験という点ではチャーリーよりも遥かに上の人物なのだ。
 何かが違っていた。

 善竜人間族の王、サースルーン・クレイバーは言いようのない不安を隠すことが出来なかった。
 このままでは絶対にとんでもないことになってしまう。
 早く、一刻も早く対策を考え出さねばならない。
 しかし、どうすればいい?
 どうすればこの状況を打破出来る?
 焦り、悩むバハムート王が一人の少女の名前と存在をひらめくのに、そう時間はかからなかった。

 ガールディーの唯一の弟子であるその少女は、つい一年前、病の床に臥せっていた自分を救うための薬草を採りにある洞窟に行き危うく命を落としかけた自分の息子、サイトを助け、薬草採集の邪魔をしていた大蛇を見事退治したのだった。
 その薬草のおかげでサースルーンは一命をとりとめることが出来た。
 いかに狭い洞穴の中での不慣れな戦闘だったとは言え、そして竜が蛇に弱いものだとは言え、ドラゴンに化身したサイトをどうにもならない所まで追い詰めるような大蛇を、その少女−チャーリー・ファインはいともアッサリと片付けてしまった。
 彼女にはバハムート以上の力がある。
 彼女を味方にすることが出来れば、あるいはこの状況を改善出来るかもしれない。

 そうとなれば、即刻使者をやらねばならない。
 ガールディーはチャーリーの師匠なのだ。
 いつ、ガールディーがチャーリーをもドラッケン側に引き入れてしまうかわからない。
 チャーリーまでもが邪竜人間族についてしまうようなことがあってはならないのだ。
 万が一そんな事態になれば、世界の崩壊を回避することは不可能となる。

 使者となってチャーリーが住むシェリイン村まで行くことを志願したのは、サイトだった。
 ほんの短い間ではあるがチャーリー、ヴァシル、トーザの三人組と旅をしたことのあるサイトには、仲間の顔を久しぶりに見たいという強い気持ちがあったし、すでに善竜人間族に対しての監視を始めていたドラッケン達の囲みを突破して世界の南端まで行くことの出来る能力も十分にある。
 チャーリー達に生命を救われた一年前から、生来努力家だったサイトはさらに精進を重ね、あの頃とは比べ物にならない力を身につけていた。
 強くなった自分を見てもらいたいとも、その力が一体どの程度のものなのか知りたいともサイトは考えていた。
 サースルーンは息子の申し出をすぐさま承諾し、シェリインへ向かって旅立つよう命令した。
 サイトは王の間から出たその足で善竜人間族の居城・バルデシオン城を出、竜に姿を変えて南を目指し、シェリイン村へやって来た───。


「私がドラッケンにつくかもしれないなんて、んなコトあるワケないじゃないか!」

 サイトの長い話を聞き終わったチャーリーは、心外でたまらないといった様子で口を開いた。

「ええ、もちろんそうです。父上だって、本気でそんな事をおっしゃっているワケではありませんよ。ドラッケン達の不可解な動きに焦っておられるだけなんです。それだけですよ」

 サイトは静かな声でチャーリーをなだめた。

「まァいいけどさ…とにかく、それでサイトがここに来たワケはわかった。そっちのお二人さんは何なの?」

「何なのってコトはねーだろ、お前は…」
 すっかり空っぽになったナベの底を名残り惜しそうにスプーンで引っかいていたヴァシル、じろっとチャーリーを見る。
 まだ食べ足りないようだ。
 チャーリーは軽く肩をすくめた。
「まァ…ホントにどうしてここまで来たのか、拙者達にも分からんのでござるが」
 はなはだ頼りない声で言って、トーザは情けない笑顔を見せた。

「アンタ達が来てもしょーがないじゃない。ヴァシルやトーザはドラッケンとは互角に戦えないんだから! 私はすぐにでもゲゼルク島に行って邪竜人間族と決着をつけるつもりでいる…聖域の洞窟にガールディーがいないってわかったからね」

「へ? いつ見に行ったんでっか?」
 コランドが驚いたように声をあげるが、チャーリーはそれには答えない。

「二人に出来ることはないよ。サイト達バハムートの力は借りなきゃならなくなるかもしれないけど…ヴァシルもトーザも、ちゃんと自分でわかってるでしょ?」

「…わかってるよ。オレ達じゃ竜に変身した邪竜人間族にはまるで太刀打ち出来ないってことぐらい…さっきサイトに助けられたばっかりだかんな」
「わかってはいるんでござるが…」
 二人は複雑な顔で視線をテーブルの上に落としている。
 チャーリーも何と言っていいのか分からない様子で二人を見比べている。

 せめてドラゴン退治用の武器があれば、この二人の力を借りられるのだが、そう簡単に手に入れられる物でもない。
 サイトはじっと黙って三人の様子を見守っている。

 重苦しい沈黙がその場を支配しようとしたとき、コランドが突然口を開いた。

「ワイなんかが口出ししてえーもんなんかどうか迷いますけどな」

 全然迷っていない視線をチャーリーに向ける。

「せやけど、お教えしといた方がよろしいかと思いまして。…チャーリーはん、ワイの話まだ覚えてはりまっか」

「『闇』のハナシね。ガールディーが『闇』に憑かれていたとしたらって言う、あれのコト?」

「さいです。ガールディーはんが『破壊者』として選ばれたんやとしたら」

「そんな…ガールディーが『闇』の力をも身につけたのだとしたら、さすがにチャーリーさんでも…」
 サイトが小声で言うのを、コランドが片手で制する。

「そうです、絶望的なコトですわ。しかしですな、ガールディーはんが自分の意志でなく『闇』の意志でドラッケン達のリーダーの座についたんやとしたら…こういうコトになりますな、『闇』を追い払えばガールディーはんは正気に戻る、と」

「理屈はそうでござるな」

「『闇』を追い払う…?」

 トーザが呑気にうなずいている横で、チャーリーは予想外の言葉に思わずコランドの顔をまじまじと見つめた。

「そんな方法…」

「あるんですわ、これが」

 声を潜めるようにして、コランドは残り四人の顔を見回して、咳払いをひとつ。

「まァ、あると言い切ってしもたら語弊があるかもしれまへんけど」

「何か、あるにはあるんですね?」

「盗賊連中の間で昔から伝えられて来とる…要するに噂にすぎへんのですけど、ワイらみんな信じとりますから、結構ホンマなんかもしれまへんし…ええでっか、この世界のどこかに三つの宝石があるんですわ」

 チャーリーは真剣な瞳でコランドの話に聞き入りながら、椅子に深く腰かけ直して腕を組む。
 ヴァシルはようやくスプーンを放してテーブルの上に置いた。

「どこにあるんかはもちろんわかりまへんし、そないに特殊な宝石でもないみたいですな。クズみたいにちっぽけなモンやって聞いたことありますからな…せやけど、三つ揃うとごっつえらいパワーを発揮するらしいんですわ。ものすごい力…『闇』を封じる位の力を、ですな」

「…聞いたことないな」

 探るような口調で、チャーリーが言う。

「そうやと思いますよ。もう、この話を知っとるのは一部の年寄りと一獲千金を狙うシーフくらいのもんになったんとちゃいますかね? ホンマかどうかわからん話やから、文書にも残されませんでしたからな。『闇』を封印する力を秘めた宝石があるなんて、ちょっと信じられへんですからなぁ」

 それだけ『闇』が強力であり、恐れられているということだ。
 『闇』の存在は断固としたもので、何者にもどうすることも出来ないというのがこれまでの定説だった。
 ただ『闇』が復活しないことを祈る…それだけが、恐怖を緩和する唯一の手段とされていた。

 チャーリー達もずっとそう思い込んでいたので、このコランドの話は本当に驚くべきものだった。
 世界が誕生する、遥か昔から在り続けた『闇』に対抗し得る力が…この世のどこかに隠れている。
 ありそうもない話のように思えた。
 コランドが言った通り、本当かどうかも分からない…むしろ、根も葉もないデタラメである可能性の方が高いような話だ。

 しかし、その反面いかにも真実のように聞こえる話でもあった。
 世界はバランスで成り立っている。
 強い光が濃い影を生み、冬の寒さが春の暖かさを呼ぶように、どんな物にでもそれとはまったく逆の性質を持つ何かが必ず存在している。
 世界に存在するあらゆる物と同じ法則が、『闇』にも当てはまるものだとしたら…。

 自らの力に絶対の自信を持ち、『世界最強』の称号も自分に相応しいと断言してしまえる性格のチャーリーだったが、ガールディーと敵対して自分が勝利出来るとはいくらなんでも思えなかった。
 使える呪文はガールディーと同等、魔力の点では彼の数段上なのだとわかってはいるが、それでもなお勝てる気はしなかった。
 チャーリーには、ガールディーと戦う気がまるでなかったから…口ではヒドイことを色々言っていたが、彼はチャーリーの育ての親なのだ。
 ガールディーを殺さずに済むなら、どんなものにでも賭けてみる価値はあった。
 宝石を捜してみるべきだ。
 散々捜したあげくその話がガセネタだったとわかったとしても、何にもしないでガールディーと戦うことになるよりはずっといい。

「どうすれば見つけられる?」

「取れるとこにあるんやったらワイがとっくにいただいてますがな」
 コランドがニヤッと挑戦的な笑みを見せる。

「場所はわかってるんだな」
 チャーリーが間髪入れずに念を押す。
 彼は大きくうなずいた。

「前々から狙っとったんですけどな、手強いモンスターがおりまして一人ではどうにも出来まへんのや」
 いかにも嬉しそうな様子で言う。
 長い間手に入れたかった宝に、やっと片手がかかったといった感じの表情。
 ───あのコランド・ミシイズがそこらにあるような高価なだけの宝石のコトでこんなにニコニコとするハズがなかった。
 コランド自身が手に入れたいだけの宝石を得るためにチャーリー達を口先だけで丸め込んで手伝わせようとしている…とも考えにくい。
 彼は確かに、何か不思議な力を持った宝石のありかを知っているのだろう。
 それがさっき彼の言った三つの宝石のうちの一つだと、そこまで信じるワケではなかったが…もしかしてもしかしたら、三つのうちの一つである可能性もまるっきりないワケではないではないか。

「よしっ、お前にはオレとトーザがついて行ってやろう」

 チャーリーの思考が中断される。
 ヴァシルの方に顔を向ける。

「ここまで来て何にもしないで村に帰るってのもつまんねーからな」

「ホントは店番すっぽかして来たんで帰りづらいんでござろう」

「うるせーな…おいコランド、そのモンスターッてのは魔法しか効かないとかそーいうのじゃないんだろ?」
「へえ、もうそれは、ヴァシルはんとトーザはんが協力してくれはるんやったらチョロいもんですわ」
 やたら愛想がよい。
「だったら決まりだな。トーザもそれでいいだろ?」
「拙者は構わんでござるよ。その宝石がコランド殿の言った通りの物なのかどうか確認せねばならんでござろうし…」

「その間にチャーリーはバルデシオン城に行ってりゃいいんだよ」

「なるほどね…それじゃあ、そういうことにしようか?」

 チャーリーは仲間達の顔を見回す。
 皆、それぞれにうなずいて同意を示す。

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