第2章−3
        
(3)

 カタナを鞘に戻したトーザの前へ、白い竜はゆっくりと降下してきた。
 自分の翼が起こす風で、トーザや広場にいる人達を吹き飛ばしてしまわないよう、細心の注意を払って。

 トーザは忘れていたが、井戸のそばと雑貨屋の前にはまだ人がいたのだ。
 彼らは逃げることも隠れることも忘れて、ただ成り行きを見守っていた。

 地上三メートル位の所で、竜は人間に姿を変えた。
 いや、戻ったと言うべきか。

 危なげもなく着地して、トーザの方にまっすぐ向き直った人物…上等な布地で出来た純白の服に、銀糸縫い取りの青いマント、真夏の海の波が真昼の光を砕いて放ったような銀色をした髪に、透き通った蒼い瞳。

「あなたは…」

 トーザは驚いて姿勢を正した。
 トーザよりも少しだけ背の低いその人物のことはハッキリと記憶していた。

「お久しぶりです、トーザさん」

 青年が頭を下げて挨拶する。
 トーザも慌ててお辞儀しながら、

「サイト殿がどうしてこんな所へ…?」

 遠慮がちに問う。

 その姿を見ただけで二体のドラッケンが恐れをなして逃げ出したこの青年こそ、邪竜人間族の対極に位置する『善』の種族、善竜人間族の『皇子』だった。
 サイト・クレイバー。
 善竜人間族をまとめるクレイバー王家の二代目、サースルーン王の一人息子。
 光の化身としての『ホワイトドラゴン』に姿を変える能力を持つ。

「チャーリーさんにお話ししたいことがありまして…しかし、危ないところに間に合って良かった」
「そ…そうでござった、危ういところをどうも…」
 頭を下げようとするトーザを、サイトは慌てて止める。
「いいんですよ、バハムートのつとめですから。それより、いつもご一緒のあとのお二人の姿が見えないようですが…」
「え…あッ!」

 トーザはすっかり自分がヴァシルの存在を忘れていたのに気づくと、青くなって幼ななじみが飛ばされた方向へ駆け出した。
 彼はまだ倒れている…と言っても、飛ばされてから少ししか時間が経っていないのだから当然だろう。

「し、しっかりするでござるよ」

 言いながら、ヴァシルの身体の上に広げた両手の平をかざす。
 白く柔らかい光がにじみ出し、ヴァシルの全身をスッポリと包み込む。
 数秒後、すっかり元気を取り戻した様子でヴァシルは起き上がった。
 トーザは回復魔法を使うことが出来るのだ。
 それ故に、傷を癒す呪文がまったく唱えられないチャーリーやヴァシルにとってトーザは大変心強い存在だった。

「う〜…ちっきしょー、情けねェなぁ!」

 ヴァシルはかなり不機嫌だった。
 ドラッケンと対峙する以前、奴らが竜に変身したときの衝撃波を食らっただけで戦闘から外れてしまった自分が悔しくて恥ずかしくてたまらないのだ。
 しかし、トーザの後ろに立って自分を見ているサイトに気づくと、不機嫌そうな表情は一変して驚いた顔になった。

「あれ? アンタ、確かバハムートの皇子さんの…」
「お久しぶりです、ヴァシルさん。サイトです」
「チャーリーに話があるそうでござる」
「チャーリーに…あぁ、そうか」
「えっと…チャーリーさんは?」

 キョロキョロと辺りを見回すサイト。
 そんな彼に、ヴァシルは沈痛な面持ちで言ってやった。
「アイツはもう死んだんだ」
「ええッ!?」
「サイト殿、ヴァシルの言うコト真に受けてはいかんでござるよ…」

 とにかく、こんな所で立ち話もなんだから、と三人はトーザの家でお互いの事情を説明し合うことにした。
 ヴァシルの頭の中には、もちろん自分が店番を言いつけられていたということなど既にこれっぽっちも残っていなかった。

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