第18章−1
       
《第十八章》
(1)

 娘のサフィアを腕に抱いたままのディルシア・フーシェに案内されるまま、サイト・クレイバーは食堂と思しき一室にやって来た。

 長方形の大きなテーブルのまわりにいたエルフ達が、サイトが部屋に入ると同時に揃って立ち上がる。

 ディルシアはサフィアを丁寧に床へ降ろすと、これからとうさん達は大事なお話をしなくてはいけないからお前はお外で遊んで来なさい気をつけてな、と娘を廊下へ送り出した。
 父親とサイトと部屋の中の全員とに大きく手を振ってから、サフィアはすぐに表へ飛び出して行った。

 緩み切ったカオでその後ろ姿を見送るディルシア。
 自分の背中を呆れ顔で見つめている仲間達にもすぐそばでぽかんとしているサイトにもまるで関心を払わず、とっくにサフィアが出て行って閉ざされてしまっているドアに向かって小さく手を振ったりなどしている。

「ディルシア。サイト皇子が困惑しておられますよ」

 冷ややかな声が響き、隻眼の大男は慌てて皆に向き直った。

「すまんすまん。何せサフィアの奴が理性を失うほどに可愛すぎて。お前にもわかるだろう?」

 まだほんの少しだけだらしない表情で先程の声の主に同意を求めている。

「それを認めることに異存はありませんが、ときと場合とを考慮していただきたい。特にこのような場面ではそのような態度は厳に慎むべきです」

 真正面から斬って捨てるような物言い。
 どんな人物が発言しているのかとディルシアの視線を辿って、サイトは思わず驚きを表情に出してしまう。

 ディルシアを険しい目つきで見上げていたのは、立ち上がっているにも関わらず胸から下がテーブルに隠れてしまっているような小さなこどもだった。
 サフィアよりわずかには年上かもしれない。
 もちろん長命のエルフのこと、実際の年齢はサイトと同じくらいかそれ以上である可能性も考えられるが。

 サイトが自分を見つめていることに気づき、背の低いその人物は折り目正しい動作で一礼してから、やや声の調子を和らげて言う。

「ようこそいらっしゃいました、『光』の竜の皇子。私達は同じ『光』の種族としてあなたを歓迎します。私はラーフォタリア・シェイド。以後お見知りおきを」

「お会い出来て光栄です。私は…」

「ああ、じゃあ、堅苦しいアイサツとかはこの際すっぱり抜きにして。アンタもそこの空いてる椅子にとりあえず座ってくれ」

 言い終わらぬうちにディルシアが大きな手で強引にサイトの背中を押してきた。

「まだ全員の名乗りを済ませてもいませんよ」

 ラーフォタリアが咎めるように言うが、ディルシアは全く意に介さない。

「いいんだよ、名乗りなんか。話してりゃそのうち覚えるだろう」

 それはあまりに乱暴な意見なのではないかと思ったが、もちろんサイトには口に出せない。
 戸惑っているうちに座らされてしまう。

「それにいっぺんに名前言われたってアンタも覚え切れないだろ?」

 見下ろされて返答に詰まった。
 いえ大丈夫ですと応じるのも大人げないし、だからと言ってはい無理ですとも答えられない。

 うやむやの内にディルシアも自分の席に落ち着いてしまい、他の高位エルフ達も特に抗議するでもなく着席しなおす。
 ラーフォタリアが一人最後まで釈然としない表情のままだったが、結局それ以上は食い下がらなかった。

「まずは俺の話を聞いてくれ」

 サイトはディルシアに視線を戻した。

「ガールディー・マクガイルがここへ来たときのことを話す」

 無造作に声に出されたその名前。
 自分が一気に緊張したのがわかる。

 ガールディーがここへ来ていた…エルフ達のところへ。
 いつのことだ?
 何の目的で?

「三年前のことだ」

 短く続けて、長く間を空けて。

 ディルシア・フーシェはゆっくりと語り出した。

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