第18章−6
       
(6)

「ディルシア」
「何だ」
「サイト皇子以外は里に入れないことにしたのでは」
「いやもういいじゃねえかそんな堅苦しいコト言わなくてもよ。えらく怖い目に遭っちまったんだしせめて今からでももてなすぐらいはしても」
「それにしてもいきなりこの状況は」

「コラ! 食べるだけじゃなく補充しなさい、取ったモノは足す! そうしないと鉄板の上がからっぽになっちゃうでしょう?!」

 エスレーフィアの大声にラーフォタリアがびくりと肩をすくめる。

 ディルシア・フーシェの家、最初にサイトが案内された食堂。
 ディルシアとケーフグレスはマーナ達を連れてラーフォタリア達高位エルフが待っているところへ戻って来た。

 どやどやと帰って来るなり一騒動あって腹が減ったからメシにするぞと宣言したディルシアに誰一人逆らえず逆らう理由もなく、急な展開について行けないサイト達がおろおろとしているうちにテーブルには巨大な鉄板が設置されて、肉だの魚だの野菜だのが適当な大きさに切り揃えられたものが大皿一杯に運び込まれ、炎の精霊(サラマンダー)の水晶で熱された鉄板の上にたっぷりのバターを落としていつの間にやら夕食が開始されてしまっていた。

 サイトやマーナ達だけでなくミリル達も一緒に食事をとって行くよう強引に引き止められ、そこへサフィアとディルシアの妻も入って来て、決して狭くはない部屋だったのに過密状態に陥っている。
 高位エルフ達も全員が残っているので当然のごとくに椅子の数は不足し、ディルシアを除く男性陣はサイトやフォスタートも含めて立食を余儀なくされていた。

 ディルシアが着席しているのはその膝に愛娘を座らせているからだ。
 サフィアは熱々のとうもろこしをふうふうと冷ましながらどこから口をつけようか悩むようにくるくると回している。

「まったくアンタ達は、さっき食べたばっかりだってのに…野菜も食べなさい、野菜も」

 三つ子の取り皿に有無を言わせぬ勢いでピーマンだのにんじんだのを放り込んで行くエスレーフィア。
 バーンローヴィッツ、バーンルトリック、バーンルジールは一斉に不満の声をあげたが、肉ばっかり食べてるとバカになるわよと真剣な口調で返されて大人しくなった。
 エスレーフィアの後ろでやはり肉ばかり取っていたノールドールがやたらにむせている。

「皇子様、何も食べてないんでしょ? あたし達、さっきミリルちゃんやエスレーフィアさんにサンドイッチとかシチューとかごちそうになったんだよ。色々あるけど基本は健康! 食べられるときに食べて力つけておかないと!」

 マーナがはしゃいだ声でまくしたてながらサイトの皿に手当たり次第のものを取り分け始めた。

「あ、あの、マーナさん、お気持ちはありがたいのですがとてもそんなには…」
「って言うかマーナ、その魚明らかにまだナマだって! あとそれバターのかたまりだよ!」
「フォスタートさんもいーっぱい食べなくちゃダメだよッ、腕ちぎれちゃったんだから一回!」
「食事中にそんな生々しい話題持ち出さないの! ああもう、サイト皇子もフォスタートさんも自分なりのペースがあるんだからアンタがそんな世話焼かなくても」

 山盛りになった皿をマーナに押しつけられサイトと同じく困惑顔のフォスタート。
 その背後に音もなく忍び寄るのは、ケーフグレス。
 切り落とされた方の腕を唐突に掴まれてビックリして皿をひっくり返しかけて、フォスタートは慌てて振り向く。

「なっ、何ですか、ケーフグレスさん、後ろから?!」
「あ、いや、別に大したコトないんやけど…もしかしたらズレてへんかなーとか思ったモンやから」

「ええッ?!」

「あの状況やしくっつけたとき焦っとったやん? ひょっとして失敗しとったらかわいそーやなと…でもマトモに動いとるみたいやし大丈夫そうやね」

 細身の青年は人懐こく笑ってフォスタートの肩をしきりに叩いている。

「一度ちぎれた腕をくっつけちゃうなんて、ケーフグレスさんってすごいんですね!」

 素直な感嘆の気持ちをマーナが口にすると、ケーフグレスはたちまち赤くなってますます無防備な笑みを浮かべて、

「いやいやいや、斬られてすぐやったから。アレが時間経っとるとボクでも難しかったかも…」
「ケーフグレスは高位エルフの中で一番の治癒魔法の使い手だ。俺も一目置いてるぜ」

 ディルシアが声だけで会話に混ざって来た。

「褒めすぎですって〜。ええコト言ってもらっても何も出ませんよ」

 しきりに照れるケーフグレス。
 評価され慣れていないのだろう。

 素晴らしい力を持っているのに何故かと考えて、エルフは病気も怪我も滅多にしない種族であることにマーナは思い至る。
 きっとこれまで実際に治癒魔法を使う機会はほとんどなかったのだ。
 高レベルの回復魔法など使わずに済めばそれに越したことはないが、皆からこうまで感謝してもらえるのは貴重な体験だ。

 フォスタートがケーフグレスに改めて感謝の言葉を述べ、周囲の皆も口々に琥珀の髪の青年を褒めそやした。

「でも、スゴイと言えば吟遊詩人さんが使った魔法もスゴかったよな」

 三つ子の一人、真ん中にいたバーンルトリックが発言すると、皆は自然とマーナに注目する。

「え? あたし?」

 本人は急に話題の中心に据えられつつあるのを知って少しばかり狼狽し、思わずそばにいたイブの表情をうかがう。

「そうだよ、マーナ。すごかったじゃない、あの魔法!」
「ま、魔法?」
「そッ、そうですっ、魔法ですよ! マーナさんがびしッて指さしたら」

 黒い瞳をしきりにまばたかせて戸惑うマーナに、じれったそうにミリルが続ける。
 一体何をとぼけているのかと言わんばかりの勢いで。

「そーゆうたら、ボクらが到着するちょっと前に誰かが『光』の魔法をつこたみたいやったけど…そしたらアレは君やったんか?」
「『光』の魔法…神聖魔法ですか?」

 ケーフグレスとサイトの半ば問い詰めるような語調にたじたじとなりつつも、ようやくそこでマーナは皆の言っていることが理解出来たらしく、ああそういうコトねと大きくうなずいてから説明を始めた。

「あれはね、正確には魔法じゃないの。ただのまねっこなのよ」

「真似?」

 イブが少し眉を寄せて訊き返す。

「そう。あのときあたしが歌ったのは、『水の精霊(ウンディーネ)が奏でる過去見の調べ』って歌なんだけど」

 水がその面に映した全ての景色を記憶するように、水の精霊の力を込めた歌は吟遊詩人がそれまでに目にしたあらゆる情景をよみがえらせることが出来る。
 よみがえった情景がどの程度の現実感を伴ったものになるのかは歌い手の力量次第。
 ガールディー・マクガイルがバルデシオン城に姿を見せたとき、サースルーン・クレイバーが使ってみせた『光』の矢の魔法を思い出したマーナは、通用するレベルでの再現が可能かどうかはわからなかったがこの歌に賭けてみようと思い立ったのだ。

 マーナ・シェルファード程の吟遊詩人だったからこそ神聖魔法の力さえも記憶の中から呼び戻し現出させられた。
 彼女の狙い通り、不完全ではあったものの『光』の魔法は再現され白髪赤衣の魔道士に反撃するチャンスを生んだ、ように思えたのだが…。

「でも、結局ちっとも効いてなかったみたい。皇子様達が来てくれてなかったらきっと今頃は…そうだッ、皇子様、すっごくカッコ良かったよ、さっき! 本当は強かったんだね! いつもボーッとしてるから意外だった、見直しちゃっ」

 天真爛漫に相当失礼な言葉を重ねるマーナの口をイブが懸命に押さえ込んで封じる。
 もちろんもうすっかり手遅れなのだが失言を続けさせるよりはマシだろうと信じて。
 マーナ本人には爪の先程度の悪気もないとわかっているのでサイトは黙って苦笑するだけだが、イブとしては冷や汗モノである。

 彼が取り立てて主張しなくともサイト・クレイバーが善竜人間族の皇子であることは動かせない事実。
 サイトがあまりにも普通に接してくれるのでつい忘れがちになるが本来ならば一介の人間族であるイブ達が同等に話の出来る人物ではないのだ。
 ましてやここは善竜人間族と同じ『光』の種族であるエルフの隠れ里、このような場所でサイトに無礼をはたらこうものならエルフ達にまで悪い印象を持たれてしまうかもしれない。
 それはきっとマズイだろう。
 と、イブは考えたのだが。

「まったくその通りだな、てんで頼りなさそうな見た目なのに剣の腕は立つようだ。親父さんとあまりにも似てねえモンだから実のところ内心ちょっとばかし不安だったんだが…これだからヒトは見かけで判断しちゃいけねえな」

 ディルシア・フーシェが豪快に笑い飛ばす。
 少なくとも彼に関しては外見から見当がつくそのままの性格であるらしい。
 とうもろこしに夢中になっている娘の口のまわりをまめに拭いてやっているさまも、体格には似つかわしくないくらいに優しい表情を見せる空色の瞳を見ればとても自然な行動だと思える。

「私など、まだまだです…ディルシアさんが奴の魔法を封じて下さったから、あの場はおさまったのだと思います」
「封じた? あぁ、あの魔法な。駄目だったぜ、効いてなかった」

「え?!」

 何でもないことのようにさらりと言ってのけるディルシアを、サイト達は仰天して振り返る。
 白髪の魔道士の魔法が封じられていなかった、と言うのは、それは…?

「てめえの魔法が通用したかそうでなかったかぐらいわかる。攻撃されたらもちろんマズかったが、俺を振り向いたときのアイツの様子からしてもう手は出して来ないとわかったからな。下手に刺激するのもヤバイと思ってこっちからもそれ以上しかけるのはやめといたんだ」

「とうさまの魔法、すっごく強いんでしょ?」

 膝の上からサフィアが見上げると、ディルシアは娘の頭を大きな手でよしよしと撫でてやりながら、

「サフィアの言う通り、俺の魔法は強力だが、最高ではない。どんなものでも上には上がいる。俺より強い奴にならこっちの魔法が通用しなくともおかしくはない」

「敵はそれほどまでの力の持ち主だったのですか?」

 ラーフォタリアが尋ねる。
 甘く焼けたたまねぎをわっかごとにばらしながら。

「そういうコトになる。何者なのかはわからない」

 ディルシアが慎重な口調で告げると、少しの間沈黙が訪れた。

 会話がそこまで進んだのなら、当然次にふれられるべきは白髪の魔道士が残した台詞について。
 しかしその話題を切り出す者はいない。
 チャーリー・ファインについてほとんど何も知らないミリル達も、サイト達の表情の微妙な変化を見て口にするのをためらっている模様。

「…な、何ですか?」

 マーナとイブが自分をじっと見つめているのに気づき、思わず少し身を引いてしまうサイト。

「え。あの…何って」

 ややうろたえ気味に視線を逃がす二人を蒼い瞳で静かに見つめて、サイトはごく普通に落ち着いた様子で言った。

「あの魔道士が言い残して行ったことについて、ですね?」

 穏やかに響く声。
 感情をすぐに表に出してしまうサイトの発言とも思えない淡々とした調子に、イブとマーナは不安そうに顔を見合わせる。

 そばに控えるフォスタートまでが何とも言えない複雑な表情を浮かべているのを目にして、サイトは思わず───小さく笑ってしまった。

 張り詰めた空気を破った短い笑い声に全員の視線が一斉に集まる。
 その反応にはっと我に返ったサイトは耳まで赤くしてから失礼と軽く咳払いして、それからまっすぐに顔を上げて居並ぶ皆を見渡した。

「真に倒すべきは自分でもガールディー・マクガイルでもない…あの魔道士はこのように言いました」

 寸瞬の淀みもなく滑らかにはっきりと。

「敵対すべきはチャーリー・ファインである…何故なら彼女は人間ではなく、彼女こそが『闇』そのものであるからだ、と」

 言い切って、言い切ったばかりのその言葉を、首を左右に振って自分で否定する。

「馬鹿げた話です。私達を動揺させ迷いを生じさせてその隙を突こうという考えがあったのかもしれませんが…ひどいデタラメです」

「どうしてそこまで断定出来るんだ?」

 ディルシアが問いを投げて来た。
 決めつけてしまおうとしているサイトを咎める口調ではない。
 その根拠を純粋に知りたいのだと感じさせる尋ね方。

「マーナさんにはおわかりでしょう?」

「へッ? あ、あたし?!」

「ご覧になりましたよね」
「え…えっと…見たって、何を、かなァ…?」
「チャーリーさんが、ガールディーの暗黒魔法で…」
「あ! あの、片腕を消されちゃった」
「そうです」
「そっか、アイツが言った『「闇」そのもの』って言葉が本当なら、チャーリーさんに暗黒魔法が効くワケないって…そういうコト?」

「なるほどなァ」

 サイトがうなずくよりも早く、ディルシアが再度口を開いた。

「私の考えは間違っているでしょうか」

「いや、正しいだろう。チャーリー・ファイン…名前と通称だけは聞いたことがある。史上最強にして最高の大魔道士…サイト皇子はそいつのことを知ってるのか?」
「私達はチャーリーさんの指示でここへ来たのです。あの方が敵だとは…私にはどうしても思えません」
「ふむ。…そうか、サイト皇子がそう言うんなら、そうなんだろうな」

「そ…それで良いのですか?」

 ラーフォタリアが唖然とした表情を隠し切れないまま口を挟む。
 ディルシアはあっさり大きく首を縦に振った。

「良いんだよ、それで。サイト皇子の言った通り馬鹿げた話だ。問答無用でヒトに暴力を振るうような奴の言うことを真に受けて仲間を疑うなんてのは愚の骨頂だな。そもそも、俺達はそのチャーリーッて魔道士が具体的にどんな人間なのか何も知らないんだ。付き合いの長いサイト皇子の意見の方が正しいと考えて問題があるか?」

「いえ、私は特に長くお付き合いしているワケでは…」

「可能性を検討する必要はあります。チャーリー・ファインという人物について先入観を持たない私達だからこそ思い至る事柄もあると言いたいのです」

「ラーフォタリア。誰かを信じるってコトは理屈じゃねえ。信じるって決めたら信じるんだ、そういうモンだろ? サイト皇子が信じると言ってる以上は、俺達が口出しするような…」

「ちょっと発言させてもらってもいいかしら?」

 次第に険悪な雰囲気になり始めたディルシアとラーフォタリアの会話を、エスレーフィアの張りのある声が中途で遮った。
 どこまでもまっすぐな明るい声。

 言い争いになりつつあった二人はそれを聞いた途端毒気を抜かれたようにぴたりと黙り込み、続きを促すように揃ってエスレーフィアを見返す。

 濃い紫色の髪を肩口から胸に流したエルフの女性は、真面目な顔でサイト達に向き直る。

「ひとつだけ確認させてほしいんだけどね」
「何でしょう?」

「結局、そのチャーリーッて子が生まれたのは…十七年前だったのね? 世界の魔力の均衡が崩れて、妖精達が滅びた…あの年に、その子は生まれたのね?」

「そのように、聞いています」

「そっか。…ありがと」

 にっこりと微笑んだエスレーフィアに軽く一礼して、サイトは少しの間それが何を意味するのかについて考え込んだ。

 チャーリー・ファインが十七年前のいつ生まれたのか、細かい日時をサイトは知らない。
 そのような話を交わす機会がこれまでになかったから。

 しかし妖精がほぼ全滅するという大変な事態を招いた異変が起きたときのことであればよく覚えている。
 ほんの十七年前。
 人間族の約五倍の命を生きる竜人間族にとってはそれほど昔の出来事ではない。

 チャーリー・ファインの誕生日と、世界の魔力が均衡を失った日。

 その口ぶりから察するに、あの白髪の魔道士は二つの出来事が同じ日の同じ時間に起こったのだと示唆したかったのだろうが。

 仮にそれが同じ日の同じ時間に起きたことだとして…。

 そのことが意味するものは───何なのだろう?

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