第18章−7
(7)
大勢でにぎやかに済ませた夕食の後、サイト達四人はディルシアの案内で湖の洞窟へ行くことになった。
食後のお茶の時間までたっぷりとってしまったので表に出たときにはすっかり夜になっている。
歩き出した一同の間を昼間よりもずっと冷えた風が無遠慮に吹き抜けて、思わず首をすくめたマーナの足元にガブリエルが温めてやろうとするかのように擦り寄った。
「バイアス湖畔の洞窟がどんな場所か知ってるか?」
先頭を歩くディルシアが、サイト達の方を首だけで振り返って気さくに話しかけて来る。
「エルフが大事なものを保管してる場所なんでしょう?」
間髪入れずにマーナが応じる。
「ずいぶん大雑把な認識の仕方だな」
その答えを聞いて、彼は呆れた表情を隠そうとする素振りも見せずに苦笑する。
「だって、エルフのことなんかあたし達ほとんどわかんないんだもん。皇子様は?」
ディルシアの反応に不満顔のマーナがいきなり話題を振ってくる。
唐突に過ぎる彼女の話の切り替え方にもそろそろ慣れてきて、さほど慌てずに対応出来るようになりつつあるサイト。
「私も詳しくは知りませんが…湖の洞窟をつくられたのは、エルフの初代にして最後の女王であったとか」
「そうだ。『湖水の女王』ラーファーム・エリアス様があの洞窟をひらかれた」
「湖水の女王って、あの、有名な歌にもなってる?」
マーナが興味深そうに確認するのにうなずいてから、ディルシアはサイト達が耳にしたこともない不思議な響きを持つ言葉で、何かの詩の一節と思われるものを朗々と詠じてみせた。
歌ではなく、しかしただ暗唱しているだけでもない、独特の節回し。
湖水の女王を称えるものなのだろうか。
ディルシアの声は高く静かな夜空に吸い込まれるようにして消えてゆく。
「偉大なお方だ」
ぽつりと呟き、ディルシアは暗闇の中で眩しそうに片目を細める。
「俺達の最初にして最後の指導者。───ひとりめの『光の具現者』」
「『光』の…」
サイトとフォスタート、マーナとイブが一瞬互いの瞳を見交わす。
四人の反応には気づかぬ様子で、ディルシアはどこか遠い彼方を眺めているようなまなざしのまま、一人言葉をつないでゆく。
「『光の具現者』は『選ばれる』ものだ。ある日突然髪と瞳の色が変化を始めて、その運命が自分に与えられたのだと知る。しかしラーファーム様だけは違う。あの方は自ら『選んだ』。『光の具現者』であることを」
「選んだ…」
無意識にサイトが反復した単語に大きく首を縦に振って、しかしディルシアはそこでぴたりと黙り込んだ。
直前までの口調からするとまだまだ滔々と喋り続けそうな雰囲気だったのに、それきりぷっつりと沈黙してしまう。
無言になったのは気分を害したからではなさそうだ。
ただ続けるべき台詞を単純に突然忘れてしまったかのような…それともこれ以上言葉を重ねることは無意味なのだと気づきでもしたかのような。
不自然な静寂に皆が多少の居心地の悪さを感じ始めたとき、
「着いたぜ」
ディルシアが立ち止まり体ごと向き直った。
同時に周囲の景色が一変する。
ディルシアの家を出て里からも出て、四方を木々に囲まれた深い森の中を歩いていたのに、先頭を行く彼がそう告げた途端、周囲の森が綺麗に消失した。
サイト達は大きな湖のほとりに立っていた。
波の静かな海と見間違うほどに広く月の光を映す湖面を、夜風がさざ波と共に渡ってゆく。
白さの勝る薄青さに包まれた幻想的な湖の美しさ。
少しの間何も言えずその場に立ち尽くした。
湖を取り巻く森は夜の中に黒く沈んでいる。
心を奪うその美景から視線を引き剥がすには相当な努力が必要だった。
緩い風が過ぎる度水面の青は微妙に表情を変えて見る者をますます魅了する。
サイトはゆっくりと月に光るバイアス湖からそのほとりに口を開ける湖の洞窟へと、視線を移動させる。
「この湖は世界のはじまりからあると聞く」
誰にともなくディルシアがそう言う。
低くよく通る声で。
「素晴らしいことだ」
サイトの目の前、湖に正対する洞窟の入り口はそれほど大きなものではなかった。
二人並んで入るぶんには不自由ないが三人並んで入ろうとすると身動きがとれなくなりそうなぐらいの横幅。
高さは約二メートル、天井で頭を打つことを気にせずに普通に立って歩ける程度の余裕はある。
一見したところはっきりそうとわかる封印のようなものはどこにも施されていない。
自然に出来たもののように見える。
その奥に貴重な宝物が無数にしまわれている重要な場所だとはとても思えない。
「そろそろ行こう。この湖に感動してくれるのは嬉しいが、夜が明けちまう」
そう言って歩き出したディルシアの後に続き、サイト達も歩み寄って行く。
目的地であったその場所───八つの宝石の内の一つが眠る、その洞窟に向かって。
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