第18章−5
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銀色の風。
横合いの茂みから飛び出して来たそれは最初そう見えた。
マーナはすぐに見間違いだったことに気づく。
猛然と白髪の魔道士に飛びかかり手にした剣で斬りかかったのは、サイト・クレイバーだ。
彼の銀色の髪と白を基調とした服装がそのように見せたのだろう。
背には鮮やかに青いマント。
素早い動きを妨げるのではないかと気にかかるが、上質の布はそれ自体が意思を持つ生き物であるかのようにサイトの小柄な身体のまわりで華麗に舞う。
次から次と息をつく間もなく繰り出されるサイトの剣先を、魔道士は全て紙一重のきわどさで回避している、ようだ。
二人の動きは速すぎてマーナには正直よくわからなかった。
サイトが押しているようだけれど白髪の魔道士は余裕の表情を浮かべているように見えるし。
ただ、反撃を許さないサイトの連続攻撃に圧倒されて、白髪の魔道士がじりじりと後退を始める。
「イブ! …イブ!!」
大声で呼びかけると、凍りついていたイブ・バームがハッと我に返りマーナのもとへと駆け寄って来た。
その間もサイトは剣を振るう手を休めない。
斬り伏せ、斬り上げ、水平に払い、斜めに返す。
それを追う視線の方がもつれてしまいそうになるくらい激しく複雑な身のこなし。
普段のぼんやりとした頼りなさはどこへ行ってしまったのか、サイトは危なげもない剣士の動きで魔道士を少しずつ追い詰めてゆく。
「無事かッ?! うわあ無事じゃねえな全然」
サイトが出て来た茂みが騒がしく割れて隻眼の大男が現れた。
そのおっかない見た目に敵が増えたのかと身体を硬直させかけたマーナだったが、
「ディルシアさんッ!! み、みんながあッ!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔でミリルが呼びかけたのを聞いて、彼が味方であることを知る。
「大丈夫だ、ミリル。ケーフグレス、出番だ、急げ」
ディルシアが振り向くのを待たず、琥珀色の髪の青年が同じ茂みから姿を見せた。
「うへ。ど…どっから手ェつけたら」
目前の惨状に戸惑って立ち止まるケーフグレス。
ディルシアは毅然とした足どりでフォスタートに近寄る。
「どっからってこの兄ちゃんからに決まってるだろうが。早く! 急げ!」
地面に落ちていた片腕を無感動に拾い上げあろうことか無造作に投げつける。
咄嗟に身をかわすことも出来ず落とすことも出来ずにそれを受け止めたケーフグレスは、引きつった愛想笑いのようなものを浮かべながらフォスタートのそばに寄ってひざまづいた。
「サイト皇子! 下がれ!」
一喝。
すぐさまサイトが白髪の魔道士から飛び退って離れる。
「『封じろ』!」
エスレーフィアが使ったのと同じに聞こえる呪文。
こちらは効果を発揮したようだ。
蒼い瞳を静かに燃やして白髪の魔道士がディルシアと対峙する。
少し離れたところではサイトが肩で息をしながらも下げないままの剣先を魔道士に向けて構えている。
その間に琥珀の髪の青年は治癒の魔法でフォスタートの腕を元に戻し、あちこちで倒れている同族達を助け起こして回る。
マーナとイブのそばにはいつの間にかミリルと三つ子も集まっていて、六人は固唾を飲んでことのなりゆきを見守る。
「何者だ?」
「あなた方に会いに行こうとしていたところですよ」
「何?」
「手荒な真似をしてしまい申し訳ありません。───このように脆いとは思わなかったもので」
「…ケンカ売ってんのか?」
凄みのある声で低く重く言われても露ほども動じずに、白髪の魔道士は微かに笑んでディルシアに対し気障に一礼して見せる。
「お目にかかれて光栄です、ディルシア・フーシェ。そして───サイト・クレイバー」
「何者だって訊いてるんだよ。何のためにここへ来たんだ」
ケーフグレスの魔法で傷を塞がれ意識を取り戻した面々が土の上に座り込んだまま見つめる前、寄り集まって不安げな表情を浮かべることしか出来ないでいるマーナ達にもハッキリと聞こえる声で、白髪赤衣の魔道士は言った。
「忠告して差し上げようと思いまして。そのためには高位エルフと直接話をした方が早いかと…もっとも私の言葉を信用していただけるとは最初から考えてはおりませんが」
「何を忠告しようってんだよ」
「『敵』ですよ」
「あ?」
「あなた方が真に敵対すべきなのは、この私でもガールディー・マクガイルでもない」
白髪の魔道士がはっきりと笑った。
微笑でも冷笑でもない、笑い声が聞こえて来そうなくらい、朗らかな笑顔。
明るくて幼くて、別人になってしまったかのようなその表情で、彼はさらりと言い切った。
「チャーリー・ファインですよ。あなた方がまず倒すべきなのは」
先刻の冷酷な振る舞いもその台詞の衝撃的な内容も忘れて、マーナは白髪の魔道士の笑顔をとても優しいと思った。
嘘偽りのない、心底温かな笑顔。
それが何を意味するのか、どうしてそんな笑顔を見せるのか、皆目見当もつかなかったけれど───。
「ふざけるなッ!!」
怒声がマーナの思考を遮った。
怒鳴りつけたのはサイトだ。
殺気さえ漂わせて魔道士を睨みつけている。
☆
「ふざけてなどいませんよ。真実を語っているまでです。彼女は『闇』そのもの」
「黙れッ!」
「サイト・クレイバー。あなたはご存知なんですか?」
不意の質問に無言で見返すことしか出来ないでいるサイトに、白髪の魔道士は丁寧に言い聞かせるように続ける。
「チャーリー・ファインの両親が誰なのか」
「………」
「ガールディー・マクガイルではありませんよ。彼はあくまで育ての親です。それでは彼女の父親は? 母親は?」
どこかとても楽しそうにたたみかけて、白髪の魔道士は嬉しそうに空を見上げ、言い放った。
「奇妙な話です、チャーリー・ファインには両親がいない。既に他界したということではなく…最初から存在していない。調べてみて下さい、時間が許す限り気の済むまで。私の言っていることが嘘ではないと理解していただけるでしょうから」
反論しようと試みて、サイトは相手にぶつけるべき台詞を自分の胸の内に探ったが───論破することなど出来そうにない。
実際サイトはチャーリーの本当の家族について何一つ知らないのだから。
サイトよりもチャーリーと付き合いが長いヴァシル・レドアやトーザ・ノヴァも彼女の実の親については知らないと言っていた。
「人間ならば、父親と母親がいて初めて生まれて来るものですよね? 人間ならば」
空を見上げたまま、白髪の魔道士はもはや誰の反応も気にせずに言葉をつなぐ。
「彼女は『闇』そのもの。人間ではありません。考えてみましょうか。ガールディー・マクガイルが何故彼女を育てていたのか? 彼女は何故ガールディー・マクガイルのもとを離れたのか、それと時を同じくしてガールディーがディルシア・フーシェを訪ねて来たのは何故なのか。難しいですか? ではヒントを差し上げましょう、ひとつだけ」
蒼い瞳をすいと細めて。
「十七年前、この世界に満ちた魔力の均衡が大幅に崩れました。それは妖精という一つの種族を消滅させてしまうほどに大規模なものでした。しかし世界の実力ある魔道士達はこの件について騒ぎ立てようとはしなかった。それどころかなかったこととして処理してしまおうとした。何故でしょう? これは重大なことだったはずです」
魔道士は満面の笑顔で向き直った。
「チャーリー・ファインは今年で何歳になりますか?」
剣を握る手にきつく力を込める。
考えるより先に足が地面を蹴っていた。
裂帛の気合いと共に斬りかかる。
青白い光が閃いた。
銀の刃は空を斬り、勢い余ってつんのめり転倒しそうになったサイトが何とか踏みとどまり体勢を立て直したときには、白髪の魔道士はいなくなっていた。
「ここで移動魔法は使えないハズなんだがな…」
ディルシアが疲れ果てた声で呟く。
サイトもぐったりとした気分で剣を鞘におさめた。
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