第16章−1
       
《第十六章》
(1)

 コランド・ミシィズ、アシェス・リチカート、ラルファグ・レキサス、カディス・カーディナルの四人は、チャーリー・ファインの指示に従い盗賊の洞窟へ向かった。

 レッド・ドラゴンに姿を変えたカディスの背に乗り、バハムートの居城バルデシオン城を発った一行は、途中何度か休憩を挟みつつまる一日かけて港町フェデリニにやって来た。

 手頃な宿を見つけて部屋に入った途端、カディスはベッドにぶっ倒れて動かなくなってしまう。
 いかに竜の翼とは言え、高速での長距離飛行はカラダにこたえたのだろう。
 王家の血を引いているならまだしも、カディスは一介のドラッケンである。
 ちょっと無理をさせ過ぎたかもしれない。

 …が、他に方法はなかったのだから仕方がない。
 コランドとラルファグは飛行魔法を使えないし、アシェスとカディスには彼ら二人を抱えて目的地まで到達出来るほどの精神力の余裕はない。
 アシェスもドラゴンに姿を変えられるが、ダーク・ドラゴンなど人目に立って仕方がない。
 最も手っ取り早い移動魔法と転送魔法はガールディー・マクガイルに封じられているそうだし…。
 ───で、カディス・カーディナルが酷使されることになったのである。


「だ、大丈夫でっか、カディスはん」

 コランドが気遣わしげに声をかける。
 何の反応もない。

「あんだけの距離を一日で移動したんだからムリもねぇよな…」

 ラルファグが腕組みして呟く。

「しばらく休ませてやれ」

 重たい色の布のフードを脱いで、アシェスが言った。

 アシェスは邪竜人間族の皇子だ。
 王家の血を引く者の特徴として、暗い赤色をした髪と焦茶色の瞳を持っている。
 これは邪竜人間族の王族だけが持つ組み合わせなので、誰が見てもすぐに彼が皇子であることがバレてしまう。
 厄介に巻き込まれないよう、他人の目のある場所ではフードを被って隠すことにしたのだ。

 ちなみにアシェスの髪を隠した方がいいんじゃないかと気づいたのはフェデリニに着いた直後。
 コランドが代表して先に町へ入りフードを買う間、残りの三人は町の外で待っていたのだが、コランドがフードを値切りたおしていたため異様な長時間待機させられることになり、それがカディスに要らぬダメージを与えたとか与えなかったとか。

 とにかくそのおかげで、日没前のまだ明るい時分には到着していたにも関わらず、宿に入った頃には既に真っ暗になっていた。
 懸命に飛んだカディスの苦労はかなり報われていない。

「せやけど、竜になれる、言うんは便利なもんですなァ。あんなに早ように飛べるんやから」

 そのおかげで立ち上がれなくなっている人物がすぐそこにいることを気にも留めていない能天気さで、コランドがアシェスを見る。

「いや、いっぺん訊いてみたかったんですけど、ドラゴンになる、ゆーんはどんなカンジですのん?」

「さぁな。口では説明出来ん」

 冷たく言い捨てると、アシェスは四つ並んだ質素なベッドのうち右端のものに腰を下ろした。
 カディスが使っているのは左から二番目のベッド。
 彼は枕に顔を埋めたまま、眠ってしまったらしい。

「じゃあ、竜になるときはどうしますのん? アタマん中で思うんでっか?」

 コランドはなおも気安い調子で食い下がった。
 アシェスが少しムッとした表情で、人懐こい盗賊を睨む。

「そんなコトはサイト・クレイバーに訊いたらどうだ? 竜になると言う点では向こうも同じだろう」
「同じ? 違うかもしれませんやん!」

「…何?」

「アシェスはんもサイトはんに訊いたコトありませんのやろ? そしたらわかりませんな。バハムートとドラッケンやったら、竜に変身する方法、全然ちゃうんと違います?」

「そいつは言えてるな。なんせ創造の混沌の時代から憎み合ってる『光』と『闇』の種族だ。同じところがあると考える方が不自然だな」

 ラルファグは言いつつ左端のベッドに寝転んだ。
 コランドは部屋の入り口の前に立ったままだ。

 二人の言葉に、アシェスは気分を害したように視線を逸らした。

「…まッ、それはおくとしても、疑問は尽きへんなァ〜。変身しとる間、服はどうなっとるのか。元に戻ったらちゃんと着とるし…」

 そこまで言いかけて、コランドは自分が決してしてはいけない質問をしてしまっているような恐怖に囚われ、はッと口を閉ざす。
 わざとらしく咳払いなどして気を取り直し、

「そ、その他にも、例えばドラゴンのときにたらふく食料を詰め込んで元に戻ったらどないなるかとか…」

 再び何とも形容し難い罪悪感が込み上げて来る。
 コランドは青ざめて黙り込むと、

「すっ、すんまへん! もうアホなことは訊きまへん!」

 虚空に向かって土下座した。

「ど…どうしたんだ、コランド?」

 ラルファグが呆れた顔で見つめる。

「い…いや…な、何でも」

 立ち上がり笑顔を見せるコランド。
 額から冷や汗がだらだら流れ落ちている。

「…具合でも悪いんじゃないのか?」
「いや、体調の問題とはちゃうんです。と、ともかく心配はいりまへん」
「そうか? ならいいけど」

 ラルファグはあっさりとコランドを気遣うのをやめた。
 自分で言ったコトとは言えちょっと傷ついてしまうコランドである。
 しかしまァここで食い下がったところでミジメになるだけだ。

「…そんじゃ、ワイはこれからちょいと情報収集に行きまっけど」

 気を取り直していつもの声で言う。

「情報収集? 酒場か?」

 寝転がっていたラルファグが勢いよく起き上がった。
 耳も尻尾もぴんと立っている。
 狼人間族は感情が顔ではなく耳や尾に出てしまう傾向がある。
 同族の間では子供っぽいと少し馬鹿にされる表現方法だが、他種族相手にはこうする方が親切なのを、旅慣れたラルファグは知っている。
 知っているからと言ってわざとそうしているのだとは限らないが。

「そうですなァ、もうこんな時間ですからな。人の集まってるトコなんて、そこぐらいのモンでしょう」
「オレもついて行くぜ! お前一人じゃ不安だからな」

 コランドの返事を待たず、ラルファグはブーツを履きなおすとベッドから降りた。
 片手に愛用の両手剣をしっかり握っている。

「いや、お気持ちは嬉しいんやけど、ラルファグはんがワイについて来てもたら、アシェスはんに万一のことがあったとき…」

「護衛など必要ない」

 慌ててラルファグを思いとどまらせようとしたコランドの台詞を、アシェス・リチカートの冷ややかな声が遮る。

「貴様らはうるさくてかなわん。いない方がいい」

「そ…そーは言いますけどな、今ドラッケンは種族を挙げてあんさんを捜しとるトコやと…」
「なァコランド、皇子サマもああ言ってるコトだしよ」
「ラルファグはん」
「万一、があったとしても、あちらはダーク・ドラゴンに変身出来るドラッケン王族のご出身だぜ。自分の身ぐらい自分で守れるって」
「ま…まァ…そうですやろうけど…」
「だったらこんな所でグズグズ言ってないで、さっさと酒場に行こうぜ! あんまり遅くなっちまったら酔っ払いばかりになって聞き出すものも聞き出せなくなるってもんだ!」

 ラルファグはコランドの腕を掴むと、有無を言わせぬ勢いで歩き出した。

「ちょ、ちょっと…そしたらアシェスはん、大人しくそこにおって下さいよ。下手に出歩いたらあきまへんで!」

 その台詞を言い終わるより先に、コランドは廊下に引っ張り出された。
 …コランドがラルファグを連れて行くのを嫌がったのは、本当はアシェスが心配だったからではなく、ラルファグが以前バルデシオン城下町で酔って大暴れしたことがあると聞かされたのを思い出してのことだったのだが。


 コランドとラルファグは宿屋を出ると、この町で一番大きな酒場へ向かう道を肩を並べて歩き出した。
 しばらく進んだところで、ラルファグが急に真剣な眼差しを隣の盗賊に向ける。

「コランド、気づいたか?」

「へ? 何のことでっか?」

「まだお前が気づくほど近くまでは来てないか…」

「な…何がでっか?」

「ドラッケンだよ。オレ達は早々に見つかっちまったみたいだぜ」

「ええッ?!」

 衝撃の一言に思わず間抜けな声を張り上げてしまうコランド。
 慌てて自分の口を両手で塞ぎ…それから、表情を引き締める。

「ワイには何にも感じまへんけどな」

「無理もない。オレにだってわからないんだ」

「それは…」

「コイツが教えてくれるんだ」

 ラルファグは右手に握り締めている大振りの剣にちょっと視線を向けた。
 複雑な細工が施された、黄金色の飾りがついた赤い鞘に納まっている両手剣。

「…それが?」

「コイツはちょっとした魔剣なんだ。『竜』が近くに来たら教えてくれる。それが『光』か『闇』かも。いま、アシェス皇子とカディスではない『闇』の竜が複数、はっきりとオレ達を目標に集まって来てる」

「敵の数は?」

「そこまではわからない。剣が教えてくれるのは『光』か『闇』か、『一人』か『たくさん』かだ。もっとも皇子を相手にしようってんだから二、三人じゃないだろう」

「そ…そしたら、いまワイらが出て来たらやっぱりアカンかったんとちゃいますん?」

 コランドがはたと立ち止まった。ラルファグが数歩行き過ぎて振り向く。

「いいんだよ。あの皇子の言う通り、もしドラゴン同士の戦闘になったらオレ達は近くにいない方がいい」

「いや、だから、その前にアシェスはんを逃がすなりせなあかんかったんや…」

「…お前、シッカリしろよ。オレ達はあの皇子を守って逃げ回るためにこの町へ来たんじゃないだろ?」

 ラルファグは少し苛立ったようにコランドに向き直った。

「オレ達がこの町へ寄ったのは何のためだ?」

「それは…罠の洞窟の最新の情報を入手するため、でっけど…」

 コランドは腑に落ちない表情で少し沈黙した。
 …ハッと顔を上げる。

「そうや! 確かにこうしてはおられへん、早よ訊くモン訊いてこの町から出られるようにしとかな!」

「やっとわかったか。行き先は酒場でいいんだな?」

「ええ、それは。ワイの師匠は呑んべで酒場の裏手に住んどるんですわ。そしたら急ぎましょか!」

 ラルファグの考えていることがようやく理解出来たらしい。
 コランドは先程までとは打って変わって率先して夜道を急ぐ。

 ラルファグの言いたかったのはこういうことだ。

 邪竜人間族の追っ手がこの町にやって来れば間違いなく大騒動になる。
 アシェスと追っ手が衝突して竜対竜の戦いになれば当然のごとく、コランド達がアシェスを連れて逃げたところで、追っ手が射程距離内に捕らえた獲物を大人しく放っておいてくれるハズがない。
 邪竜人間族がこの町に入って来た時点で混乱は生じる。
 居所を嗅ぎつけられているようだからそれは避けられないことだ。
 だったら、アシェスを守って何の情報も得られないまま逃げ出す羽目になるよりも、多少なりとも知識を入手してから合流して逃走した方がマシだと、ラルファグは考えたのだ。

 コランドも同感だった。
 うまく運べば騒ぎが起こるより早く宿に戻れるかもしれないし、多少遅くなってもアシェスのことだから大丈夫だろう。

 そんな理論に基づき目的地へと急ぐ二人だが、彼らのアタマの中からは自力で起き上がることすら出来なくなっているカディス・カーディナルの存在がすっぽりと脱落している感じがしないでもない。

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