第16章−6
       
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「…?」

 見上げる間さえ与えずに、ラルファグとティリアの向かい側、コランド達の横に、舞い降りた人物が二人。

「あなた方は…」

 青年がわずかに目を見開く。
 反応から察するに、彼は突如出現した二人のことを知っているらしい。

 そこにいたのは、見分けることが不可能なくらいにそっくりな容姿を持った双子の姉妹だった。
 善竜人間族の証である、金色の髪と緑色の瞳。
 ショートヘアの姉妹は一人が軽装の鎧を、もう一人が質素な法衣を身に着けている。

「はじめましての方ははじめまして。あたしはジル・ユース」

 法衣姿の少女が一歩前に出て名乗る。

「あ…あの、ジェン・ユースです、あの、はじめまして…」

 鎧姿の少女は少し後ろに控えたまま、もじもじとまるで独り言のように呟いた。

 双子の姉妹は顔だけでなく声もほとんど同じに聞こえるものだったが、その性格には天と地ほどの開きがありそうである。
 口調や態度から見て、最初に声をかけてきたのが魔道士姿のジルの方であったのは間違いないだろう。

「ジルさん。どういうことですか」

「どういうコトもこういうコトもないわよ、ハースティ?」

 ジルと名乗った少女は、自分よりも頭一つ分は背が高いその青年を腕組みして見上げる。

「そこのウェアウルフさんの言った通りだってコト。つまり、アシェス皇子にあたし達善竜人間族が協力するのは、王が決められたコトなの」

「まさか…!」

 ハースティと呼ばれた青年は驚愕も困惑も隠さぬまま、アシェスとカディスに顔を向けた。
 彼の後ろに控えている二人の善竜人間族も戸惑いをあらわに視線を交わしている。

 狼人間族の族長の息子から聞かされ、同族のジルに繰り返されてもなお、三人にはこのことが信じられないようだ。
 邪竜人間族がフェデリニを襲撃したのを目の当たりにしたばかりなのだから、すぐに受け入れられなくても無理はないかもしれない。

「まさかも何もないの! あたしとジェナはアシェス皇子のお力になるようにって命じられてこのヒト達を追っかけて来たんだから間違いないのよ!」
「あ…あの、ジルちゃん?」
「何よ、ジェナ?」
「あの…わたし達が主張するより、あの、王様からお預かりして来た、お手紙を読んでもらった方が、いいんじゃないかな…」
「あぁ! そうだった!」

「…手紙?」

「ちょっと待ちなさいよ?」

 『王様からのお手紙』なんてかなり重要なものの存在をジェンに指摘されることで初めて思い出したらしいジルは、腰の後ろに着けていたポーチを前に回して、その中をごそごそと探り出した。

「これよッ!」

 十数秒かかって引っ張り出した一枚の紙切れを、何故か得意そうにハースティの鼻先に突きつけるジル。

 王からの手紙をそんなこまごまとした物と一緒にしまうなよ…とその場にいた全員が思った。
 誰も口には出さなかったが。

 それはさておき、ハースティはやや強張った表情で紙片を受け取ると、丁寧にそれを広げた。

 一同が真剣な面持ちで見守る中、彼はそこに記された文面をよく通る声で読み上げた。

「───材料、薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、塩…」

 ジルは無言でハースティの手から紙切れをひったくった。

「ジルちゃん…!」

 ジェンが泣きそうになっている。
 皆にもその気持ちがよくわかった。

「間違いよ、間違いッ! 誰にだって間違いくらいあるでしょッ! いいじゃない、今のはスコーンの作り方よ、今度彼氏に焼いて差し入れしてあげるんだからいいじゃないッ!」

 王からの手紙とスコーンのレシピを間違えるなよ…とその場にいた全員が思った。
 今度はコランドあたりが口に出しそうになったが、それを言ってしまうと収拾のつかない騒ぎが巻き起こってしまうような気がしたのでぐっとこらえた。

 耳まで真っ赤になってポーチを探っていたジルが、もう一枚の紙片を取り出した。

「コレよ、コレ! 似てるから間違えたの! ハイ、読んで!」

 呆れて言葉も出ない様子のハースティにそれを押しつける。
 押しつけられるまま受け取ったものの、ただぽかんとしているハースティに、
「さっさと読んでッ!」
 理不尽な怒鳴り声を浴びせている。

「ジルちゃん…! あの、あの、ごめんなさい、ハーストレアさん…」

「い、いえ…」

 ハースティ───ハーストレアは四つ折りにされた紙片をそっと開いた。
 さっと目を走らせただけで、それが紛れもなくサースルーン王自身がしたためた文書であることがわかった。

 バルデシオン城に入り兵士となった善竜人間族は皆、王の筆跡を熟知している。
 重要な命令は王の直筆からなる文書をもって下されるため、書類の真偽を各自で見抜けるよう、城に入ってすぐに基本的な規則と同時に叩き込まれるのだ。
 もっとも、善竜人間族の王の文書が偽造されたことなど、歴史を振り返ってみてもこれまでにただの一度もなかったのだが。

 ハーストレアは自分達の王への敬意を表すために姿勢を正した。
 そして、ゆっくりと読み上げる。

「『光』の竜、クレイバー王家サースルーンの名において…我等『光』の竜の一族は、此度の世界的な危機を回避もしくは打破するために、人間族の魔道士チャーリー・ファイン、『闇』の竜、リチカート王家アシェス皇子に、全面的な協力を惜しまぬこととする…」

「ねッ? どお?」

 すっかり立ち直った様子のジルが自慢げに胸を張る。

「これは…確かに、王よりの文書」
「わかったでしょ、ハースティ?」

「…しかし」

 ハーストレアの右後方、それまで無言だった男が不意に口を開いた。

「王はご存じないのだ、フェデリニが襲撃されたことを!」

 その言葉に、サースルーンの親書の登場に一旦肩の力を抜きかけていたコランド達が再び緊張し、ジルとジェンの姉妹はビックリしたように顔を見合わせた。

「しゅっ…襲撃ィ?!」

 ジルが素っ頓狂な声音でその単語を反復する。

「なっ…ど、どういうコト、それ?!」

 双子の姉妹は移動魔法を用いてここまでやって来たようだ。
 港町の惨状を知らないらしい。
 魔法で一瞬にしてここまで来た二人が知らないということは、バルデシオン城にいるサースルーンもまた、このことを知らされていないということである。

「邪竜人間族は戦う術を持たぬ無力な人間を竜の姿で襲ったのだ! かような暴虐が許されるワケはない!」
「そうです、この事実が伝われば王のお考えも変わるでしょう」
「せやから、ワイらには話せば長い事情が…!」
「ちょっとちょっと、どうなってるのよ、一体ッ?!」
「フェデリニの町を守ったのはアシェスとカディスなんだぞ!?」

 コランドとラルファグ、三人の善竜人間族が一斉に言い争いを始めた。
 そこにティリアとジルが乱入する。
 どうにもしようがないほどの騒ぎになった。

 カディスはこの隙にアシェスを逃がそうか等と考えかけた。

 そのとき。

「静まりなさいッ!!」

 凛とした声が一喝でその場を制した。

 それぞれの台詞を途中で飲み込んだ皆がほとんど同時に注目する先、全員の視線を一身に浴びても臆する気配すらなく堂々と背筋を伸ばして立っているのは───一瞬前まで、口論に加わることも出来ずただ半泣きでうろたえまくっていた、ジェンだった。

「ハーストレア」

 しっかりと落ち着いた声がその名を呼ぶ。

「は…はい」

「『光』の竜の王家の名において、我等の王が下される命は、いついかなるときも絶対。そのことを忘れましたか」

「い…いえ…!」

「クレイベルク、イラルド、あなた方は王に背くおつもりですか?」

「そのようなことは断じて…!」

「では、騒ぐのをおやめなさい。よろしいですね」

 毅然と言い放ち、続いてジェンはアシェスとカディスに向き直る。

 先程までの内気で弱気な態度は何処へ行ってしまったのかと問い詰めたくなりそうな、自信に満ちた確かな動作で。

「ご無礼を、アシェス皇子」

 優雅に一礼する。
 アシェスは何も言わず短くうなずいた。

「剣士ジェン・ユース、魔道士ジル・ユース、あなたのお力になります。───王の命ある限り」

 すっかり別人になってしまったジェンの射竦めるような強い眼差しを、アシェスは怯むことなく受け止め、再び短いうなずきを返した。

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