第14章−6
       
(6)

「ラーカ殿、リンド殿」

 今度は後ろから声をかけられた。
 慌てて振り向く。
 口調で誰なのかはすぐにわかった。
 予想通り、目の前に立っていたのはトーザだ。
 頬についた大きな十文字の傷に似合わぬにこにこ笑顔。

「おう、何だ?」
「サイズの合う防寒着があるかどうか見るので、一緒に来てほしいとのことでござるが…」

 トーザが視線を向けた先には、ラーカ達と氷の洞窟に行くことになっているノルラッティ・ロードリングと、いつの間に入って来たのか雑用係の騎士(実は料理人)セレイスとが並んで立って何やら話している。

「そうか、向こうは寒いからな…」
「陛下がこの城にある防寒着を持って行くように言って下さったのでござるよ」
「ねえねえ、ゆき降ってるかな?」

 椅子から立ち上がりながら、リンドはトーザの顔を覗き込んだ。

「それはもう、目一杯積もってると思うでござるよ。なにしろ、『氷の洞窟』があるような場所でござるから…」

「ホントッ? おにいちゃん、ゆきだるま作ってもいい?」

 ゲゼルク大陸に降る雪は極端に水分の少ない、まるで砂のような粉雪で雪ダルマを作るのには全く向いていない。
 炎の色をした髪と瞳を持つ邪竜人間族と水の精霊ウンディーネとはあまり相性が良くないようだ。
 言い換えればウンディーネは善竜人間族とは相性が良いワケで、冬が来ればバルデシオン城の周辺一帯は世界でも類を見ない豪雪地帯になる。
 しかしリンドにとっては残念なことながら今はまだその季節ではなかった。

「雪ダルマねぇ…そりゃ、一コくらいなら…」

 トーザの表情をうかがいながら曖昧にうなずく。

「わーいっ! うんっとでっかいの作ろーっと。ドラゴンになったおにいちゃんとおんなじくらいのヤツ! トーザさん、手伝ってね。もちろんおにいちゃんもね」

「いや…リンド…それはいくらなんでもデカすぎるんじゃないか…?」

「たっのしみだなぁ♪」

 兄の言葉はまるで聞こえていない様子で、リンドは上機嫌の足どりでノルラッティ達の方に歩いて行ってしまった。

「やれやれ…」

 肩をすくめて短くタメ息をつくラーカ。

「明るい良い子でござるな」

「交際は認めんぞ」
「せ、拙者、そのようなつもりで言ったのでは…」
「冗談だ、冗談。さっ、オレ達も行こうぜ」

 気さくに言ったラーカにぽんと背中を叩かれて、なんだか呆気にとられたようなカオで歩き出すトーザ。
 ノルラッティ達と一緒に部屋を出ようとドアに近づいたちょうどそのとき、ドアは廊下側から開かれサイトが顔を出した。

「おっと。失礼したでござる」

 身を引くトーザ。

「あ。どうも、スイマセン…」

 サイトは軽く頭を下げてドアをくぐる。
 その後からアシェス・リチカートも食堂に入って来た。

 豊饒な大地の色を連想させる焦茶の瞳をやや伏せがちにした邪竜人間族の皇子は、左手に巨大な戦斧を握っていた。
 ずしりとした重量感のある黒っぽい鋼鉄の刃に、同じく相当重そうな、頑丈な金属で出来た柄。
 無駄な装飾は一切施されていない実用主義そのもののデザインである。
 アシェスは片手だけで軽々と提げているが、これは彼の怪力のなせる業、この戦斧人間二人分くらいのウェイトはゆうにある。
 それだけに攻撃力も高いのだが、並の戦士に使いこなせる代物でないことは確かだ。
 ましてや普段は軽量の剣や槍ばかりを扱っているサイトなどには到底取り扱える武器ではない。

「出発されますか?」

 サイトがトーザに尋ねる。

「いや、まだもう少しかかるでござる。これから防寒着の支度をするんでござるよ」
「そうですか…目的地が『氷の洞窟』ですからね。しっかり準備して行かれた方がいいでしょうね」

「皇子様、それどうなさったの?」

 リンドがアシェスの持つ武器を指して問う。

「武器を何も持って来なかったからな…バルデシオン城の武器庫にあった物をお借りすることにした」
「良い品でござるな。刃の輝きが違うでござる」
「そうでしょう…私も一目でわかりました。貴重な物です」

 アシェスは戦斧の幅広の刃をトーザ達に示すべく、ひょいと持ち上げて見せた。

「ご存知の通り、善竜人間族には他の種族と比べると戦士の数が少ないので…剣や槍ならもっと良い品があるのですが」

「いや、とんでもない。これで十分ですとも」

 微笑しつつ言葉を交わすサイトとアシェス。
 一片のぎこちなさも感じさせないごくごく自然な動作の連続で成り立っているかのようなその会話も、子細に検分してみれば底に流れた険悪さを完全に隠し切れてはいなかった。

 微妙に相手の瞳から外れた視線───微妙に距離を空けている、二人の立ち位置。
 昨日初めて出会った二人だというのに、まるで生まれ落ちたそのときから憎しみ合っているかのような───片方が『光』の竜の一族の皇子として生まれ、もう一方が『闇』の竜の王家の血筋に生を受けた、ただそれだけのことなのに。
 二人はお互いを理解しようとするそぶりさえ見せずに目を反らし合っている。

 その雰囲気を敏感にキャッチして、バハムートであるノルラッティとセレイス、ドラッケンであるラーカとリンドは気まずく沈黙する。
 彼らの内心も、二人の皇子のそれと比べると及びもつかないとは言え、複雑であった。

「───では、拙者達はこれで…」

 唐突にトーザが口を開いた。
 その言葉に、サイトの表情がふっと緩む。
 蒼い瞳が頬に傷を持つ剣士の姿を見つめる。

「あまりグズグズしていると、またチャーリーにどやされるでござるからな」
「チャーリーさんに…本当ですね」

 サイトは少しだけ笑ってみせた。

「…それでは、皆さんお気をつけて───ノルラッティ、トーザさん達のお役に立てるよう、頑張って来てくれよ」

「あ。は、はい。当然のことです、皇子…」

 急に声をかけられて、ノルラッティは真っ赤になって下を向いてしまった。
 感情が顔に出やすいというのは善竜人間族共通の特色だったりするのだろうか。
 リンドが不思議そうにノルラッティを見上げている。

 そうして、トーザ達は食堂を出て行き、入れ替わりに部屋に入った二人。
 アシェスはコランドやカディス、ラルファグ・レキサス達が何やら話し込んで入る方へと歩いて行き、サイトはテーブルの上に広げられた地図を見ておこうと進んで行った。

「うわっ?」

 その足元に、音もなく忍び寄ったガブリエルが身体を擦りつける。
 もはや『かわいい』等とは表現出来そうにないサイズのサーベルタイガーになつかれた場合、どうリアクションすればいいのか…ガブリエルの気持ちを傷つけまいと戸惑う彼のところへ、ダイブイーグルのスバルを頭に乗せたマーナ・シェルファードと、ゴールデンハムスターのちゅちゅを手の平に乗っけたイブ・バームがやって来た。

「皇子様、あたし達も作戦会議しようよ」

 能天気な声でマーナが提案する。
 サイトはますます困惑した。

「作戦会議と言われましても…」

 バイアス湖畔の森に行き、魔力探知の魔法を用いてエルフの隠れ里の位置を割り出し、身分と事情を明かして宝石を借り受ける…これだけの行動のどこに話し合う余地があるというのだろう。

「例えば、皇子様、森まではどうやって行くおつもりなんです?」

 イブが尋ねる。

「え。それは、もちろん…」

 何を言ってるんだとばかりに答えかけたサイト、途中ではっと思い当たって口をつぐんだ。

「普通のドラゴンならともかく、ホワイト・ドラゴンの姿でうろつくのは、やっぱりちょっと気が進まないですよね…」
「そ、そうでした。と言って、魔法を使うワケにもいかない…仕方がありませんね、誰かに送らせましょう」

 陸路や海路を用いたのでは時間がかかり過ぎる。
 チャーリーならば飛行の魔法で世界のどこまででも飛んで行ってしまえるのだろうが、サイトやイブにはそれはかなり厳しい。
 飛行魔法を使用中に術者の精神力が尽きれば待ったなしでその時点で墜落してしまう。
 やはり、普通のドラゴン(ホワイト・ドラゴンとダーク・ドラゴンとを除いた全てのドラゴンのこと)に変身出来る者を一人連れて行った方が何かと便利だ。

 サイトは適当な人間を連れて来るため再び食堂から出て行った。
 マーナとイブはサイトが見ようとしていた地図に近づき、バイアス湖の位置を確かめる。

「行ったことある?」

 イブが問うと、マーナはこっくりうなずいた。

「ミレファーに行ったとき、ついでに見に行ったの。すごく静かできれいな所だよ。ピクニックなんかするのには、もう最高の場所」
「ピクニックなんかじゃないってば。…それじゃ、森は? どんなだった?」
「すごく大きくて、深いの。入り口には立ち入り禁止の立て札があって…方位磁石も狂っちゃうんだよ。やっぱりエルフの魔力のせいかな」
「う〜ん…たとえ隠れ里の位置がわかっても、森の中じゃ直進するワケにいかないもんねぇ。回り道するうちに迷っちゃう、なんてコトもあるワケだ」
「迷っても大丈夫だって。エルフは一日に二回、森の中を見回ってるの。もしものときには絶対助けてもらえるから」
「へえ。───でも、なんでそんなコト知ってんの?」
「前行ったとき迷って助けてもらったから」

「…………」

 立ち入り禁止の札が立てられている、方位磁石もおかしくなるような森に、どーして踏み込むかなこのコは…。

 イブが思わず沈黙したとき、ちょうどサイトが戻って来た。

「お待たせしました」

 二人は振り向いてサイトの連れて来た人物を見る。

「あれっ…」

 そして、同時に声をあげた。
 不思議な紋様の織り込まれた布を巻きつけた杖を手にして立っている、優しげな風貌の善竜人間族の魔道士。

「フォスタートさん!」

 イブがその名を呼ぶ。
 フォスタート・スラトだ。

「おや、ご存知でしたか?」

 サイトは少し意外だという表情で両者を見比べた。

「うん。門の所でストーン・ゴーレムに襲われたとき、助けてくれたの」
「そうでしたか…それでは、紹介の必要もありませんね。彼に湖のそばまで送らせます」
「隠れ里にも一緒に来てもらおうよ」

 ふと思いついたように、マーナが提案する。

「えっ?」
「いいでしょ、どうせ帰りも送ってもらわなきゃならないんだし…隠れ里なんて、バハムートでも一生に一度行けるかどうかわからないトコなんでしょ?」
「そ、それはそうなんですけど…」
「でしょ? じゃ、決定ね。フォスタートさん、改めてヨロシクッ 」
「はあ…こちらこそ…」

 目一杯愛想笑いを振りまくマーナに、フォスタートは戸惑いつつも頭を下げる。

「それじゃ、そろそろ行きましょうか。…にしても、何か私達って一番ラクしてない?」
「ところで、エルフから宝石を受け取った後って、どうすんだろ? やっぱりここに戻って来るのかな?」
「……、でしょうね。チャーリーさんは何も言われませんでしたが、やはり」
「まっ、いっか、そのときのコトはそのとき考えよっと。ってなコトで、出発!」

 マーナを先頭に、四人は食堂から出て行った。
 それに気づいて振り向いたコランド、

「おっと…いつの間にやらワイらだけになってしまいましたな。そしたら、こっちもそろそろ出かけることにしましょか」

 皆を促した。
 うなずくアシェス、カディス、ラルファグの三人。
 そして廊下へ。

前にもどる   『the Legend』トップ   次へすすむ

Copyright © 2001 Kuon Ryu All Rights Reserved.