第14章−7
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誰もいなくなった食堂に、しばらくしてからヴァシル・レドアが入って来た。
室内に一人も残っていないのを見てちょっとの間ビックリしたように戸口に立っていたが、すぐに気を取り直すとテーブルについて、放置してあった地図を眺めながらついさっき厨房で料理人に作ってもらったミックスサンドを頬張り出した。
皆と一緒に食卓について、皆の倍以上の量の朝食をとったばかりだというのに、実に食欲旺盛な男である。
これだけ際限なく食べていて、そのくせ余分な脂肪がまったくついていない引き締まった身体をしているのだから、彼の一日の運動量は推して知るべしといったところか。
ただ、仲間の誰も彼が一体いつどこでそんなに体を動かしているのかは知らない。
特大のミックスサンドを五つも持って来たヴァシルが、三つ目を口に放り込んだとき、ドアが開いて人の入って来る気配。
ヴァシルは扉を背にする椅子に座っていたがそのまま振り返りもせずに、
「みんな行っちまったみたいだな」
「ああ。ついさっきエントランスホールでトーザ・ノヴァ達とすれ違って来たところだ。大変だな、『氷の洞窟』とは」
「大丈夫だろ、トーザの奴夏より冬が好きってタイプだから…あっ、それ、オレのだぞっ!」
ゴールドウィン・レッドパージは皿の上からミックスサンドを一つ素早く掠め取ると、一口に平らげてしまう。
彼も、ヴァシルよりは少ないかも知れないがそれでも他の皆と比べたら十分過ぎるぐらいの量の朝食を終えたばかりのはずなのだが。
「ちぇっ…国王陛下のクセにヒトの食いモン盗るなよな」
「ヴァシル・レドア、メール・シードはどこにいる?」
「メール? …知らねーな、見かけなかったぜ」
「ふむ…まさかいなくなったワケではあるまいな…」
「いなくなったぁ? 何でだよ。ドラゴンスレイヤーを譲るってのは、アイツの言い出したコトだろ。それとも何か、急にオレに渡すのがもったいなくなったとか?」
「いや、そうではなく…やはり、気になるのだ。サイト皇子の守護石、アクアマリンの精霊ブレスラウの言葉が」
「?」
最後のミックスサンドをもぐもぐやりながら、ヴァシル、きょとんとゴールドウィンの顔を見返す。
「ブレスラウは、メール・シードは『何でもない』のかも知れないと言った。それは一体どういうことなのか…」
「種族のことか? いーんじゃねえの、そんなの、どーだって…本人がヒューマンだっつってんならヒューマンだろ。現にそうやってドラッケンだって名乗ってた奴もいたんだからよ」
パンくずのついた手をパンパンとはたいて、ヴァシルは立ち上がった。
「それより、チャーリーは? もう出て来たか?」
「いや…まだらしいな。神聖魔法のスペルを教わっているのであれば、まだ当分かかるだろう。いかに魔道士チャーリーと言えど」
「そっか…それじゃ、もうちょっと寝直すとすっかな」
食ったら寝る。
実にうらやましい生き方をしている。
「そんな時間ないよ」
不意の声に振り返ると、いつの間にかドアの所にチャーリーが立っていた。
「もう済んだのか?」
「済んだというか、諦めたというか…それはもういいから、私達も出かけよう」
「魔道士チャーリー、メール・シードの姿が見当たらんのだが…」
「さっきそこで会いましたよ。城門で待ってるって」
「よしっ、行くか!」
「その前に、お皿ちゃんと片づけて来なさいよ」
「なんだよ、細かいなァ…まるで女みたいな奴だな」
「アンタ、今何を…」
「わ、わかった、魔道士チャーリー、今はそんなコトでもめてる場合じゃない。一刻も早く王都に向かおう」
「…………」
こうして、チャーリー達もバルデシオン城を離れた。
その夜、王都で一行を待ち受けていた出来事を知る由もなかった四人は比較的和やかな雰囲気の中旅立ったのだった。
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