7.意外な内情
ヴァシルは地下牢の暗がりで待ち構えていた完全武装の兵士にあっけなくねじ伏せられ捕らえられていた。
抵抗しようにも、全身を鉄の鎧に覆われた人間に素手でダメージを与えることなど不可能だ。
さっきの兵士は鎧で包まれている部分より服が出ている部分の方が多かったからなんとかなったのだが…。
ともかく、ヴァシルの方からは他の二人にここに来るな、という合図を送るだけで精一杯。
これから自分がどうなるのか、殺されてしまうのか、それさえ考える余裕がない。
それでも大して心配はしていなかった。
保証はないが、他の二人がきっと助けに来てくれるだろう。
あくまで保証はないのだが…。
「おい、お前ら、何で地下牢で待ち構えてやがったんだ?」
「そちら側のパーティーに魔道士がいるのはわかっていたからな。直接レイ王子の身体を取り戻しに来るに違いないと、メフィル王子のご判断だ」
「で、これからオレをどうするつもりだ?」
「安心しろ、殺す気まではない」
ヴァシルは首を曲げて自分の両腕をひねり上げて自由を奪っている兵士を見上げた。
残念ながら、兜と頬当てのせいで表情はわからなかったが、心なしかもう敵意は感じられないようだった。
☆
トーザは柱の陰に身を隠しながら、二階に行ってみようと考えた。
兵士たちの話ではなかなかの好人物とみえたメフィルだが、その彼が地下牢に罠を仕掛けるような真似をするなど、腑に落ちない。
兵士たちの話が嘘なのか、それとも本当に深い事情があるのか。
問いただして確認する必要がある。
上り階段はすぐに見つかった。
ただし、そこには大勢の頑丈そうな鎧カブトに身を固めた屈強そうな兵士たちがひしめき合ってトーザを待ち構えていたのだが…。
「なるほど、兵士は皆二階にいたのでござるか」
独り言じみた調子で呟きながら、トーザは腰の鞘からカタナを抜き放った。
銀の光が刃から滴り落ちる。
「拙者たちのうちの誰かが地下牢の兵士に捕まってから行動を開始する手筈になっていたのでござろうな」
あくまで冷静に状況を分析する。
チャーリーの声に地下から上がって来て二人を追おうとした兵士のうち、一人が上へ行って残りの兵士たちに知らせる。
知らせられた兵士たちは、侵入者が二階へ上がって来るだろうことを予測して階段で待ち受ける。
簡単な作戦である。
が、この兵士たちを一人で突破するのはいくら名剣士のトーザといえど難しい。
的確に鎧の隙間をついて刀を振るい、そのどれもに確実に気絶するだけの打撃を与えていくとなれば…。
「これは、チャーリーに任せた方が賢明でござるかな…」
口の中でボソボソ言いながらも、トーザにはもう自分が退却出来る状態にはないというくらいちゃんとわかっているのである。
都合良く加勢に来てくれるような仲間でもない。
多少キツイが、一人でなんとかする他にあるまい。
兵士たちがジリジリと詰め寄って来る。
重そうな銀色の武器防具が鈍く光る。
☆
ヴァシルが引っ立てられ、トーザが十数人もの鎧の兵士に囲まれている、ちょうどその頃、チャーリーは二階にいた。
それも、王の間で問題のメフィル王子と対峙していた。
あの階段を離れて逃げ出した後、酔っ払った兵士たちがいる部屋に間違って乱入してしまった。
騒がれてはマズイとばかりに威力を抑え気味にした魔法で全員を気絶させて窓から出ると、飛行の呪文を使ってその真上の窓から二階へ入り込んだ。
すると、そこがちょうど王の間だったという何の苦労もない展開になってしまったワケだ。
「あなたは…」
二人はほぼ同時に口を開き、同じ言葉を口にした。
「メフィル王子ですね」
さっき自分が開けた窓を静かに閉めながら、チャーリーは尋ねた。
上等な服に身を包み、上品な雰囲気を漂わせる根っからの王子様らしいメフィルはただ黙ってうなずいた。
メフィルからはレイのような高飛車さがまるで感じられない。
兄弟でもここまで性格が違うものだろうか。
「私、あなたのお兄さんのレイさんに言われて来たんです」
「そうですか」
突然の侵入者にも彼はまったく動じる気配がない。
それどころか、チャーリーが来るのが前もってわかっていたかのような様子さえうかがえる。
「レイさんのお話によると、あなたが魔道士を雇ってレイさんの魂を人形に乗り移らせたとか…」
メフィルはまたもや無言でうなずいた。
「その通りです。兄さんをあんな姿にしたのは他の誰でもない、この私です」
「どうしてそんなことを?」
「…兄さんは、まだ死ぬには早すぎる人なのですよ」
メフィルが寂しげにポツリと言い放った。
「…え?」
一瞬、言葉の意味が理解出来ずにポカンとなってしまうチャーリー。
彼女が再度尋ねようとしたとき、立派なドアが荒々しく開けられた。
振り返ると、鎧の兵士が何人かとその中の一人に羽交い締めにされたヴァシルが開けられたドアの向こう側にいた。
「ヴァシル!」
「おおッ、チャーリー! コイツらなんとかしてくれ!」
ヴァシルを抱えているヤツの後ろに控えていた兵士たちがどやどやと前に出て来て、チャーリーに武器を向けた。
王の間に見知らぬ人間がいるのだから敵だと見られて当然なのだが、そのときばかりは彼女もヤケに頭にきた。
だから、メフィルがその兵士たちを制するよりも早く得意の爆烈呪文が炸裂してしまうような事態になってしまうワケである。
兵士たちはヴァシルを捕まえているのを除いて皆フカフカの絨毯の上に倒れてしまった。
それらを見回し、チャーリーはふと、力の加減をすっかり忘れてしまっていたことに気づいてサッと青ざめた。
「おお、さすが! ついでにコイツもサッサと片付けちまってくれよ!」
「ま、待って下さい!」
メフィルは慌ててヴァシルを捕らえていた兵士を下がらせた。
兵士はすっかりおびえきってしまっていて、逃げるように部屋から出て行った。
「あんな呪文など使わずとも…もとより戦わせるつもりはなかったのですが」
「だって…なんか頭にきちゃって」
そんな曖昧な理由で城の兵士を吹っ飛ばされたのではたまったものじゃあない。
さっきの魔法で城が壊れなかったのは不幸中の幸いだったが…。
「とにかく、兄さんの魂を人形などに移しかえた理由をお話します。…その前に、もうお仲間は…」
言われて、二人は顔を見合わせた。
「トーザがいる」
「アイツ、何やってんだ?」
ちょうどそのとき、抜群のタイミングで開け放たれたドアから刀片手にトーザが顔を出した。
「おや、二人とも先に着いていたんでござるか」
「遅かったじゃない。何してたの?」
「何、大したことではござらんよ。行く手を邪魔した兵士を皆峰打ちで気絶させて来ただけでござるから…」
ニコニコと笑いながら言う。
メフィルは頭痛を感じながら、レイがこんな人たちに助けを求めに行ったと知っていたなら最初から自分が出迎えたものを…と、しても仕方のない後悔に頭を悩ませ始めた。
☆
「実は、戴冠式の日に王子の命を頂くという脅迫状が舞い込んだのです」
椅子に座り込んでしまったメフィルを囲むようにして三人は大人しく耳を傾けた。
「四方手を尽くしたのですが犯人が見つかる気配はなく、戴冠式の日にちは迫ってくる…そこで、私が身代わりに殺されようと思いたったのです。どうせ生まれたときから病弱で先も長くはないこの身、いつ果てても惜しくはないと…」
「ありがちなハナシで酔わないで下さい、王子様…」
「…申し訳ありません、つい…。とにかく、私が代わりに王位継承者として戴冠式に出席することで兄の命を救おうと考えたのです。そのためには、それまで兄さんにはどこかに行っていてもらわなくてはならない。しかし、あの兄の性格からして、大人しく隠れていてくれるとは思えない…脅迫状の存在を兄は知りませんでしたが、教えれば余計に忠告を聞かなくなるに決まっていますからね」
深く同感出来る。
「そこで仕方なしに城の魔道士に頼んでそのようにしてもらったのです。私が殺されたときに犯人を捕まえれば、もう兄が狙われる心配はないのですから、その後で兄の魂を身体に戻すようにと言いつけて…」
「なるほど…」
三人はしばし黙り込んだ。
ありふれた筋書きだが、レイを助けようとしたメフィルの気持ちはよ〜くわかった。
そして考えた。
こんな素晴らしい兄弟…いや、弟を悲しい目に遭わせてはいけない!
「メフィル王子、そんな、自分が長くは生きられないんだから身代わりになろうなんて縁起でもないコト考えちゃいけませんよ」
チャーリーが珍しく優しく言葉をかける。
「しかし、他に方法が…」
「簡単なことです。私たちを雇えばいいんですよ」
微笑みを絶やさずに彼女は言った。
ヴァシルとトーザがあっと顔を見合わせる。
…そうか。
そういう商売の仕方もあったか。
「私たちのせいで城の兵士の大半が負傷してしまい、申し訳ないことをしてしまいました。そのお詫びの気持ちも込めて、格安で戴冠式の警護役をさせていただきますが…どうでしょうか?」
本来ならタダでやって然るべきところをちゃっかり金儲けのネタにするあたり、三人組が正義の味方などではないことの証明であろう。
偽りの微笑を信じたか、それとも頭が混乱して思考能力が低下していたのか、メフィルはチャーリーにだまされているとも気づかず値段交渉を始めていた。
それを、ヴァシルとトーザの二人は呆れ顔で眺めている。
…なんて頼もしい魔道士なんだろう、などと思いながら。
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