番外編1−6

       

 

6.城内探索

 モルガニー城に着いたのは、元いた村を出発してから二日が経った夕方のことだった。

 城の明かりが夕闇に映え、なかなかロマンチックでファンタスティックな光景だったが、そんなものに酔っているような暇はない。
 人数も置かれた立場も日が暮れるとともにデートに来たカップルとは別なのだ、三人組は。
 ちゃんとした目的があって、闇に沈もうとしている巨大な城を見上げているのである。

「さて…これがどの位壊れるかな」
「何よ…その言い方は」
「じゃ、お前壊さずに済ませる自信あるのかよ?」
「…しょうがないじゃない、好きで壊してるワケじゃなし…魔法使うと、どうしても勢い余ってってコトがあるでしょ」

 チャーリーの唯一の欠点。
 それは、戦闘も佳境にさしかかると自分で自分の魔法の威力がコントロール出来なくなり、見境のない暴走を始めてしまうことだ。

 実際に、チャーリーはその『欠点』で城を一つと森を一つ、それに船を一隻大分過去に完膚無きまでに破壊した経験を持つ。

 これは欠点では済まされない問題だ。
 なんとかして改善してもらわなければ、パーティーを組んでいるメンバー全員が危険なのである。

「…ま、今日は出来るだけセーブしてくれよ」
「よっぽどのことがない限り拙者たちが引き受けるでござるからな」
「わかってる…今回は、魔法はレイ王子の身体を探すことだけに専念させます」
「城吹っ飛ばしたらさすがに礼は請求出来ないからなァ…」
「しつこいなぁ、今日は気を付けるって言ってんだからいいじゃない!」

 一度チャーリーの流れ弾…ならぬ流れ魔法を食らって半死半生の目に遭ったことのあるヴァシルは、このこととなるとヤケにこだわる。

「口ゲンカしてる場合ではござらんよ。今が忍び込むには絶好の時間なんでござるから…」

 次第に険悪な雰囲気になっていく二人の間に、トーザが割って入る。

「それもそうだ…サッサと用事終わらせちまおう」

 自分がケンカを仕掛けていたということなど、キレイさっぱり忘れたかのようにヴァシルは城に近寄って行った。
 城壁の真下まで来て上を見上げる。
 壁はかなりの高さがあり、容易にはよじ登れそうにない。
 近くに、登るときに利用できる木でもないかと見回すが、木どころか植え込みすらない。
 恐ろしいくらい殺風景な城である。
 もっとも、敵の侵入を防ぐために建てられた城壁の周りに足掛かりになりそうな木を植えるバカもあるまいが…。

「まいったなァ…おい、出番だぞ」
「わかってる」

 チャーリーは城壁のそばまで行くと、石造りの壁面に手を触れた。
 指先が触れた部分を中心にして、半径二メートル程の穴が一瞬にして空く。

「さ、ここから入ろう」
「相変わらず見事な手並みでござるな…」
「どうやってるんだ?」
「指に触れた場所からある範囲までの石を瞬間的に目に見えないくらい粉々に砕いただけだよ」
「それさえできりゃ、魔道士として食いはぐれても泥棒やって生きていけるな」
「ヴァシルは格闘家としてダメになっても追いはぎやって生きてけるよね」

 そんなことをブツブツ言い合いながら、三人は城内に忍び入った。
 幸い周囲に見張りの兵士の姿はない。

 薄暗い庭を横切って、大きく豪華な窓の下まで走る。
 そっと覗くと、兵士たちが酒を酌み交わしながら談笑しているのが見えた。
 ヴァシルが手を伸ばして気づかれないように観音開きの窓を押し開け、三人揃って窓の下にかがみ込んで中の会話を盗み聞いてみることにする。

 しばらくは上司の悪口やら他愛ない冗談やら聞くに堪えない会話が続いたが、そのうちメフィルのことに話題が及んだ。

 酔っ払った大声で話しているので相当注意していないと聞き取れないが、メフィルの評判はなかなかのもののようだ。
 酒の席で褒められているのだから、かなり良い人間なのだと思わなければならない。

 三人は窓の下から離れた。

「どうなってんだ? こりゃあ…」

 ヴァシルが首を傾げる。

「兵士たちの話を聞いた限りでは、メフィル殿はレイ殿の魂を人形に移し変えてしまうような悪人ではないようでござるが…」

 トーザも当惑顔だ。

「何か事情があるのかも知れない」

 とにかく、こんな所で下っ端たちの評判を探っていてもこれ以上得る所はないようだ。
 三人はいよいよ本格的に城の中に忍び込む覚悟を決めた。

 二階建の城。
 当然、王や王子がいる部屋は二階にあるハズ。
 メフィルに直接事情を聞くとすると、まず一階に入り込み城の人に見つからないようにに二階に上がり、そこからまた人知れず二階に上がり…と、結構手間がかかりそうだ。
 それよりはここから魔法を使ってレイ王子の身体を見つけ出す方が簡単だろう。

「レイ王子の身体の方を先に見つけよう」
「出来るか?」
「出来るから言ってんの」

 チャーリーは地面に胡座で座り込むと目を閉じて精神を集中させる。
 見つけ出したい物をイメージして、そうして念を送り込む。
 彼女はレイ王子の顔形を知らないが、それでもなんとかしてしまえるあたりが世界第二の魔道士たる所以であろう。
 ヴァシルとトーザはじっとチャーリーの様子を見守る。

「…わかった」

 しばらくしてから、彼女が呟く。

「わかった? どこだ?」
「…地下牢だ。罪人のカッコウをさせられて、地下牢に入れられてる」

 わかりやすい隠し場所だ。
 が、侵入するのは容易ではなさそうだ。
 牢獄であれば当然見張りの兵士がしっかりといるだろうし、牢には堅固な鍵もかかっているに違いない。
 そこへコッソリ忍び込んで牢を開け、レイ王子の身体を抱えて逃げるというのは…。

「やっぱあのガキ連れて来た方が話が早かったかなァ…」
「冗談じゃない。あの態度のデカい子供が地下牢に自分の身体があるなんて聞かされて、大人しくしてるワケないでしょ。それこそ大騒ぎになってかえって苦労するよ」
「それもそうでござるかな…」

 チャーリーたちは城の入り口へ回り込んだ。

 明かりの漏れている入り口の両脇に槍を持った兵士が退屈そうに立っている。

 自分たち寄りにいる方の兵士はヴァシルかトーザがなんとか出来るとして、向こう側にいるのは…やはり魔法で仕留めるしかなさそうだ。

「大丈夫かなァ…最近人に対して魔法使ってないから、加減の仕方忘れちゃったんだけど」
「まあ、相手は防具をつけてるんでござるから、並大抵の事では死なないでござろう」
「いいか? オレがこっちのを気絶させるからな」

 ヴァシルが身構える。
 チャーリーも呪文を唱え始めた。
 トーザが邪魔にならないよう数歩下がる。

「いくぞッ!」

 ヴァシルが地面を蹴った。
 人間離れした速さで兵士の間近に迫ると、手刀で首筋を一撃。
 兵士はあっけないくらいアッサリと地面にくず折れた。

「!」

 もう一人の兵士の方が気づき、慌てて槍を持ち直す。
 そんな彼を拳大の雷球が直撃する。
 彼は悲鳴をあげる間もなくバッタリと倒れ伏してしまった。

「楽勝だな」
「力の加減間違えたかもしれない…」

 防具の隙間からブスブスと煙をあげている兵士を心配げに見やりながらも、三人は急いで城の中に入った。

 注意深く様子をうかがいながら奥へと進んで行く。
 ちょうど夕食時なのか、城のホールをうろついている人間はいない。
 他には兵士にも出くわさないし、中は気味が悪いぐらいに静まり返っている。

「妙でござるな…この静けさは」
「いいじゃねェか、人がいないってコトは騒がれる心配がないってコトだ」

 ヴァシルは怪しむ様子もない。

 程なく、地下に降りる階段が見つかった。
 地下牢に続いているらしいのだが、見張りが立っているワケでもなく普通の階段と何ら変わりなく見える。

「おかしいよ、これ…」
「おかしくないだろ? きっと下に見張りがいるんだ。考え過ぎだって」
「それにしても…」

 まだ煮え切らない態度の二人に苛立って、ヴァシルはサッサと階段を降りて行ってしまった。

「降りて行っちゃったよ…」
「仕方ないでござるなァ…」

 顔を見合わせて言葉を交わしたものの、すぐに後を追って行こうなどとは思わない。

 しばらく経ってから声をかけてみる。

「おーい、大丈夫?」

 ヴァシルの返事はない。
 代わりに、何か壁を思い切り叩くような音が返って来た。

「捕まったようでござるな…」
「何に?」
「わからんでござるよ。しかし…」

 階段を荒々しい足音が上がって来る気配。
 さっき声をかけたのだから当然だ。
 このままここにいればヴァシルの二の舞いだ。

「それじゃ、逃げようか」
「そうでござるな」

 二人は左右に別れて素早く逃げ出した。

 
       
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