番外編1−5

       

 

5.違うらしい。

 ドアを叩くと、トーザが顔を出した。

「おや、もう見つかったんでござるか?」

 少し妙な喋り方だが、性格の方は至ってマトモな人間である。

「見つからないから来たの。どうやらそんな魔法、ないみたいなんだもの」
「それはおかしいでござるな」
「おかしいでしょ。だから、レイ君に詳しい話でも聞けば何かわかるかと思って」

「『くん』づけで呼ぶんじゃない」

 いつの間にやらトーザの背後にレイが立っていた。

 とにかく家の中に入り、テーブルを囲んで魔法をかけられたときの状況を細かく説明してもらうことにする。
 やはり、ロクに事情も聞かずに仕事を引き受けてはいけない。

 レイは外見からは想像もできないくらいに大人びた口調で語り出した。
 それを一通り聞き終えて、チャーリーはまた改めてタメ息をついた。
 術をかけられたときの状況、引き起こされた症状、その後の経過まで含めて考えても、ピッタリくる魔法はない。

 本当に一体どういうことなんだ?

 困り果てて首を傾げたとき、チャーリーの頭の中に一つの考えがひらめいた。

 もしかしたら、レイが子供になったのは、『魔法』のせいじゃないのかも知れない。
 そう、例えば呪術とか幻術とか…魔法でなくとも、人に危害を加える不思議な力はいくらでもある。
 もしそれらが原因ならば、これはちょっと面倒なことになる。
 大体、魔法と呪術では働いている力そのものが違うのだ。
 違う力同士をぶつけ合って解除するとなれば、相当てこずるのは間違いない。

 だったら知り合いの呪術士か幻術士かを紹介して任せてしまえばいいようなものなのだが、せっかく訪ねて来てくれた払いの良さそうな客をこのまま帰す手はない。
 多少苦労してでも助けてやって恩を着せ、たんまり謝礼をとるに限る。

 先程の話で、城内の様子や家臣の顔ぶれなど、城の人間でなければ知るハズのないことを次々と述べ立てたことから、チャーリーはレイが間違いなく王子だというのをほぼ確信していた。

 少し厄介だが、力になってやって損はない。

 最近目ぼしい仕事がないために生活費が思うように稼げず、金銭の面で荒み始めた彼女の判断に狂いはない。

 この依頼は金になる!

「お話はよくわかりました」
「何とかする方法が思いついたか?」
「それはまだですけど…ともかく、あなたをそんな姿にしたのは、魔法じゃないみたいなんです」
「魔法じゃない?」
「呪術とか、幻術とかかも知れないってコトです」
「何でも構わん。早く戻してくれ」
「簡単におっしゃいますけど…」

 いい加減疲れ始めたチャーリー、投げやりに反論しかけて、ふとあることに気づいた。

「レイ王子。…ちょっと、立ち上がっていただけませんか」
「なんだ、一体?」

 レイは椅子から降りると割合に大人しく床に立った。
 そのレイを見て…チャーリーは自分の目の悪さにほとほと呆れ果てた。

「何かあるのか? 立ち上がったら」

 ヴァシルが呑気に尋ねる。

「何かって…わかんないの? よく見て!」

 いまいちピンときていない様子のヴァシルとトーザ。
 チャーリーはレイを指さしてもっとよく見ろと注意を促した。

「指さしたりして…無礼な奴だな」
「王子もご自分の身体を見られておかしな所に気づきませんか?」
「おかしな所…?」

 王子は両手を胸の前で広げてジッと見てみる。
 それから足元に目を落とし、続いて顔に触れる。

「おかしな所などないではないか。まったくもって普通の子供のからだ…」

「どこが普通ですか! 身長三〇センチの子供なんているもんですか!」

「あ! そう言えば…」
「どこかおかしいとは思っていたでござるが…」

 ヴァシルとトーザがやっと気づいて声をあげた。
 この二人もチャーリーと同じくかなり抜けている。

「だったら、俺の身体は何なのだ?」
「まだ気づかないんですか? あなたのその身体! それは、人形のものじゃないんですか?」
「人形…?」

 その言葉に改めて見直して、レイは初めて驚きを表情に出した。

「本当だ、これは人形だ! 俺は人形にされていたのか!」

 鈍感にも程がある。
 いくら自分の姿が突然変えられて動転していたとはいえ、それが子供なのか人形なのかぐらいの区別はついたハズだ。
 もっとも、じっくり見なければそれに気づかなかった三人組にそれを責め立てる権利はまるでないのだが…。

「人間が人形にされたのか?」
「そうじゃない。これは…身体から魂だけを引っ張り出されて、人形に移されたんだ」
「そんなコト可能なんでござるか?」
「ある程度の修行を積んだ魔道士にならね。かなり難しい技なんだけど…でも、これになら打つ手がある。ハナシは断然簡単になった」
「打つ手? どうするってんだ?」
「分かり切ったことよ。レイ王子の身体を見つけ出して、この人形と引き合わせるの。体を目の前にすれば当然魂は元に戻ろうとするからね」

 やっと解決の糸口が見つかって、彼女の目も生き生きとしてきた。
 この事件を解決すれば確実にそれまでに請け負った仕事で貰ったのにとは比べものにならないくらいの莫大な報酬を要求出来る。
 そうしたらしばらくは働かずとも食べて行けるようになるから、思い切り遊んでやろう。
 久々に観光名所を巡るのもいいかも知れない…。

 心はすでに謝礼を受け取った後の日々へと飛ぶが、まだ何も解決したワケではないことぐらい彼女にもちゃんとわかっている。

 問題点はある。

 第一に、レイの体は一体何処にあるのか。
 …これは多分、城の中のどこかだろう。
 弟が王位を狙っている以上、魔法で魂を抜かれた兄の身体が戴冠式前に見つかれば不利なことになる。
 誰の目にも触れない場所へ隠しておかねばならない。
 しかし、城の外へ出しておけばいつどんなきっかけで見つかるかもしれないのだ。
 当然、勝手知ったる城内に保管してあるハズ。
 それを奪還せねばならない。

 当然メフィルの腹心の家臣たちが阻止しようとするだろうから、一戦交える覚悟はしておかねばなるまい。
 城に真正面から入って行けるはずがないから、当然理由をごまかしたり身分をごまかしたりして不法に侵入せねばならない。
 それがバレたら普通の兵士たちも敵に回すコトになるかもしれない…。
 いずれにしても一暴れせねば片付かない事件のようだ。

「よし…それじゃ、レイ王子の身体を取り返しにお城まで行きましょうか。ヴァシル、トーザ、アンタたちも手伝ってね。人を殺さない程度に魔法使うのって難しいんだ」

「拙者は別にいいでござるが…」

「やめてくれよ、オレはこれ以上悪い評判を広められたくない! こないだの、ワガママなお姫さんに頼まれてモンスターどもの住処からヤツらの宝物奪って来た一件のせいでタダでさえ悪人扱いされてるんだぜ。戴冠式間際の城に押し入って勝手放題したりしたら…」

「報酬は山分けにするけど」

「…行こうじゃないか。人にどう思われようがオレは全然構やしねえ。生活が大切なんだ、生活が!」

「な、なかなか正直でよろしい」

 三人ともそれぞれに用心棒やら人探しやら何らかの仕事を引き受け、それによって得られる礼金で不安定な暮らしを営んでいる身だから、いくら世間で悪評をたてられようが高額の仕事には飛びつくしかないのだ。
 何しろいつ仕事が来なくなるかわからない毎日、少しでも貯えておかなければ犬死にの危険性がある。

「では、任せたぞ。城を多少ぶっ壊しても良い。あのとんでもない弟を叩きのめしてやってくれ」

 いくら中に入っている魂が王子様のものだとわかっていても、人形に指図されるのはやはり気分のいいものではない…。

 
       
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